41 お前のような弱者が王家の血を汚すなど、許されないのだ!さっさと出ていけばいい。奈落の底から見上げる光。追放された王女の逆転
色とりどりの花や空を舞う鳥たち。絵の中の世界だけがシアルーンにとっての秘密の楽園だった。
「役立たずの出来損ないめ!」
冷たい石畳に叩きつけられたシアルーンは、背中に走る激痛に顔を歪めた。
「うぐっ」
苦痛に声をあげる。豪華絢爛な王宮の一室は彼女にとって今はただの冷酷な牢獄。
痛みに耐えている女に容赦なく降り注ぐ悪意。兄である第一王子、エドガイの嘲笑う声が頭上から降り注ぐ。
「はは!惨めなものだなシアルーン」
隣にはの婚約者であり、今はエドガイの寵愛を受ける美貌の令嬢シャルレーリナが勝利者のように微笑む。
シアルーン・ディロ・ライゼンブルグ。この国の第三王女でありながら、生来の魔力の弱さゆえに家族からは冷遇されてきた。唯一の味方だった母后は数年前に病で他界。
文字通り孤独の中に置かれていた。彼女に与えられた婚約は隣国の王子との政略結婚。その婚約もシャルレーリナの陰謀とエドガイの策略によって、破棄されたのだが。
「お前のような弱者が王家の血を汚すなど、許されないのだ!さっさと出ていけばいい」
エドガイの言葉がシアルーンの胸に深く突き刺さる。彼にとってシアルーンはただの邪魔者でしかなかったのだろう。
幼い頃から兄は常に優秀だった。剣術、魔力、人望。全てにおいて完璧な兄と比べられ、シアルーンは常に劣等感を抱えて生きてきた。
それでも、いつか家族に認められたいと懸命に努力してきたつもりだったけれど。
「今日限り、お前は王家の人間ではない。二度とこの王都の土を踏むな!」
エドガイの宣告と共に衛兵たちがシアルーンを引き立てようと近づいてくる。
抵抗する力も湧かず、シアルーンはただされるがままに連行された。最後に見たのは勝利に酔いしれる兄とシャルレーリナの姿。
そして、冷酷なまでに無関心な父王の背中。引きずられた後は背中を突かれて郊外へ。
王都の外へと続く道をシアルーンは一人、歩き続けた。冷たい風が吹き付ける。行く当てもなく、ただ足の向くままに歩いた。
王女としての教育は受けたものの、サバイバルスキルなど持ち合わせていない。空腹と疲労で意識が朦朧としてくる。
「死んでしまう」
どれくらい歩いただろうか。森の奥深くでシアルーンは力尽き、倒れこんだ。
「く」
どさり。冷たい地面がじわじわと体温を奪っていく。
もう、何もかも終わりだ――そう思った時、微かな光が彼女の目に映った。
***
温かいスープの香りがシアルーンの意識を呼び覚ました。ゆっくりと目を開けると、そこは見慣れない簡素な小屋の中。傍らには優しそうな眼差しを向ける、初老の女性が座っている。
「気が付かれたかえ?よかった」
女性は穏やかな声で話しかけた。
「わしはテレーザ。この森で一人で暮らしておる」
テレーザによると、森の中で倒れているところを彼女に助けられたらしい。数日間、高熱を出して寝込んでいたという。
「ありがとうございます」
自分が王国の王女であること、そして家族に追放されたことを慎重に話した。テレーザは驚くことなく静かに頷く。
「そうか……辛かったじゃろうな」
テレーザの温かい言葉がシアルーンの凍てついた心にじんわりと染み渡る。生まれて初めて、誰かに心から心配してもらった気がした。
テレーザの小屋での生活は質素ながらも温かかい。これまで触れたことのなかった家事や薬草の知識、簡単な魔法の使い方などを教わった。
最初は戸惑うことばかりだったが、
辛抱強い指導のおかげで少しずつ出来ることも増えていく。何よりも大きかったのはテレーザとの心の交流。
テレーザは過去を詮索することなく、彼女の存在を受け入れてくれた。
共に食事を作り、森を散策し夜には暖炉の火を囲んで様々な話をしたり。そんな日々の中で徐々に傷ついた心を癒していった。
テレーザとの生活の中で、自身の内に眠るまだ見ぬ力に気づき始める。何気なく触れた植物が異常に成長したり、微弱ながらも魔法の力が発動したりするようになったのだ。
テレーザはシアルーンの才能に驚きつつも、優しくその力を伸ばす手助けをしてくれた。
「シアルーン様は、まだご自身でも気づいていない、素晴らしい力を持っている。焦らず、ゆっくりとそれを開花させていけば良いのじゃ」
テレーザの言葉は希望を与えた。家族に見捨てられた自分にも、まだ何かできることがあるのかもしれない。胸の奥にこれまで感じたことのない、熱い思いが湧き上がってきた。
それから三年の月日が流れた。シアルーンはテレーザの元で魔法の腕を磨き、薬草の知識を深め。内面の強さを育んでいた。
過去の弱者の王女は、凛とした美しさと内に秘めた強い意志を持つ女性へと成長していたのだ。
ある日テレーザは一つの手紙を渡した。それは遠い商業都市から届いたもの。
「シアルーン様……この手紙を……」
手紙を開くとそこには見慣れない誰かの筆跡で、招待状として書かれていた。差出人はその商業都市を拠点とする、裕福な商会として有名なオーナー、アンミス・エルヴァインという人物だ。
手紙にはシアルーンが王宮で少しだけ見聞きしたことのある、珍しい魔道具に関する研究への協力依頼が書かれていた。報酬は破格で。
研究に必要な資金や設備は全てアンミスが提供するという。最初は警戒したシアルーンだったが、テレーザは彼女の背中を優しく押した。
「シアルーン様……これは、貴女にとって新たな一歩になるかもしれん。恐れずに、自分の可能性を試してみるのも良いじゃろう」
テレーザの言葉に勇気づけられ、アンミスからの招待を受けることにした。
「分かりました」
温かい日々を過ごした小屋を後に、シアルーンは新たな世界へと足を踏み出す。商業都市に到着したシアルーンを待っていたのは、想像以上の温かい歓迎だった。
アンミス・エルヴァインは黒髪で深い青い瞳を持つ、物腰の穏やかな美青年。シアルーンの持つ珍しい魔力と、王宮で培われた幅広い知識に、深く感銘を受けている様子だった。
「アンミス様、よろしくお願いします」
「こちらこそ、依頼を受けてくださり嬉しいです」
アンミスの研究室はシアルーンがこれまで見たこともないような高度な設備で溢れている。
そこで、シアルーンは自身の魔力を活かし、アンミスと共に様々な実験や研究に取り組むことになった。
最初は慎重に接していたシアルーンだったけれど、アンミスの誠実さと研究に対する情熱に触れるうちに、徐々に心を開いていく。
アンミスはシアルーンの過去については一切触れず、才能と努力を心から尊敬してくれた。共に研究を進める中でシアルーンはアンミスの知性と優しさに惹かれていった。
難しい研究に行き詰まった時でも、決して諦めず常に新しい視点を与えてくれた。共同事業としてこの上なくやりやすい人物だ。
また、シアルーンの自信のなさにも注意深く気づき、優しく励ましてくれた。
一方、アンミスもシアルーンの聡明さと、困難に立ち向かう強い意志に惹かれていく。
王女だったという背景を感じさせない、彼女の謙虚さと努力家な一面に、深く心惹かれていく。
商業都市での生活はシアルーンにとって明るい日々。アンミスとの研究は進展し、珍しい魔道具の開発に成功することもあった。
自分の才能が誰かの役に立っているという実感を得て、徐々に自信を取り戻していく。
そんなある日。商業都市に、予期せぬ客が訪れた。それはシアルーンの兄、エドガイ。
彼は、商業都市の裕福な商会との政治的な交渉のためにやってきたらしい。
街中で偶然、エドガイを見かけたシアルーンは、衝撃で息を呑んだ。
あれから三年。兄の顔には、以前のような冷酷さの奥に、隠された焦りのようなものが感じられた。
やつれている。シアルーンは、すぐに身を隠した。今の自分の姿を見られたくなかった。
自分を追い出した兄に、今の自分がどう映るのだろうか。弱者の妹は、果たしてふさわしい人間として彼の目に映るのだろうか。
同時に、シアルーンの胸には以前のような恐怖だけではなく、見返してやりたいという秘めたる願望が湧く。
見つからないように走った。
夜。シアルーンはアンミスに、自分の過去について全てを話した。家族に追放されたこと。テレーザとの出会い、今の自分の気持ち。
アンミスは、シアルーンの言葉を静かに聞き、最後に温かい眼差しを向けた。
「シアルーン……君はもう、あの頃の弱々しい少女ではない。君は、自分の力で掴み取った、強い女性だ。過去に囚われる必要はない。だが、もし君が望むなら、僕は君の力になる」
アンミスの言葉は、シアルーンの背中を力強く押してくれた。彼女は、もう逃げないと決意し自分を嘲笑した家族に。
自分を陥れたシャルレーリナに、自身の成長を見せつけてやる。
数日後。シアルーンはアンミスと共に、エドガイが滞在するホテルへと向かった。
ホテルのロビーで、落ち着いた足取りでエドガイの前に立つ。以前のような怯えは、彼女の瞳には微塵も感じられない。
「兄上」
シアルーンの声に、エドガイは驚いたように顔を上げた。三年ぶりに見る妹の姿は、彼の記憶の中の弱者の王女とは別人だ。
明るい瞳には強い色が宿り、立ち姿は凛として。周りの空気を変えるほどの美しさを放っていた。
「シアルーン!?なぜ、お前がここに……!」
エドガイの声は、以前のような軽蔑ではなく、明らかな動揺を含んでいた。シアルーンは落ち払った声で言う。
「私は今、アンミス・エルヴァイン様の元で、魔道具の研究をさせて頂いています。今日は、兄上にご挨拶させて頂きたく参りました」
アンミスは、シアルーンの隣に立ち、礼儀正しくエドガイに挨拶をした。
「初めまして、エドガイ殿下。シアルーン様は、私の研究にとってかけがえのない協力者です」
エドガイは、シアルーンの堂々とした態度と、隣に立つ高貴な雰囲気の青年。彼の言葉に言葉を失っていた。見下していた妹が、今や輝かしい才能を持つ研究者として裕福な商会のオーナーと肩を並べている。事実に、彼は深く衝撃を受けていた。
シアルーンは、さらに畳み掛けた。
「商業都市での生活は、大変充実しています。温かい方達に囲まれ自分の力を活かせる場所を見つけることができました。これも全て、あの時兄上が私を王宮から出してくださったおかげです。心から感謝しています」
シアルーンの皮肉たっぷりの言葉に、エドガイは顔を赤くした。彼の脳裏には、三年前にシアルーンを冷たい石畳に突き落とした自分の行為が、鮮明に蘇る。
そこに、さらに予期せぬ人物が現れた。
シャルレーリナ。彼女は、エドガイの腕に親しげに絡みつきながら、シアルーンを軽蔑的な目で見下ろした。
「あら、シアルーンじゃない。こんなところで何をしているの?まさか、まだ兄上に未練があるわけ?」
シャルレーリナの挑発的な言葉に、シアルーンは微塵も動じなかった。シャルレーリナを見つめ返し、微笑んだ。
「シャルレーリナ様。ご心配ありがとうございます。私は今とても幸せに暮らしています。以前の私とは違いますよ」
シアルーン落ち着いた自信は、シャルレーリナの心をざわつかせた。いつも怯えていたシアルーンが、別人のように堂々としている。
その変化に、彼女はグッと隠れながらも、不安を感じ始めているらしい。
いじめていた相手が、堂々としているのだ。シアルーンは、最後にエドガイにもう一度だけ視線を向けた。
「兄上。商業都市での交渉、成功されることをお祈りしています。それでは、これで失礼いたします」
そう言ってシアルーンはアンミスと共に、ホテルを後にした。
「お兄様っ!」
背後で、エドガイとシャルレーリナが何かを言い合っている声が聞こえたが、シアルーンは振り返らなかった。
「会えたら言おうと思ってました」
商業都市の温かい夜風が、シアルーンの髪を優しく撫でる。隣を歩くアンミスの横顔は、優しさに満ちていた。
「シアルーン……君は本当に強くなったね」
アンミスの言葉に、シアルーンは穏やかに微笑んだ。
「はい。温かく受け入れてくれたあなたと、温かい皆様のおかげです」
「そうかい。でも、僕は少し怒っているから、きっと彼らの商談はうまくいかないよ。多分」
アンミスはむしろ、状況がどんどん悪くなるよ、と笑みを浮かべた。
シアルーンはくすくすと笑って、そうなのですね、と無関心な気持ちでそれを聞く。奈落の底に突き落とされたシアルーンは、今や、自身の力で夢を掴み、温かい愛を見つけていた。
以前の家族に対する復讐心は、すでに薄れている。彼らが危機感を心配するほど、今のシアルーンは幸せだったから。
二人は笑って会場に背を向けた。




