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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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39 【前編】最低な妹と連れたちにボコボコにされていたら運命に助けられて姉は仕返しと悪どい罪を罰で殴りつけにいくことにした。私は怒っているので許しませんよ?

番/姉妹格差

 薄暗い路地裏に絶望が濃く立ち込めていた。冷たい雨が容赦なく降り注ぎ、石畳を黒く濡らしている。

 数時間前まで賑わいを見せていた市場の喧騒は嘘のように消え去り、今はただ荒い息遣いと背後で嘲笑う声だけが、じめついた空気に重く響いていた。


「姉さん、あんたって本当に間抜けよね」


 妹の声。信じたくなかった。血を分けた妹がこんな目に遭わせるなんて。

 数人の屈強な男たちが取り囲み、その中心で妹は冷酷な笑みを浮かべていた。

 彼らは皆、妹の番だという。屈強な体躯に宿る獣の気配がじりじりと肌を焦がすよう。事の発端は些細な誤解だった。

 偶然手に入れた珍しい薬草を妹が自分のものだと主張したのだ。穏便に話し合おうとした言葉に耳を貸さず、妹は逆上し自分の番たちをけしかけてきた。


 まさかここまで酷い仕打ちを受けるなんて。最初に殴られたのは腹だった。鈍い衝撃が走り息が詰まる。立っていられなくなり、膝をつくと、容赦ない暴行が雨あられのように降り注いだ。


 顔を庇っても腕の間から容赦なく拳や蹴りが飛んでくる。痛みと恐怖で意識が遠のきそうになるのを、必死に繋ぎ止めていた。


「薬草は苦労して手に入れた……」


 掠れた声で訴えても妹の嘲笑は止まらない。


「あんたみたいな能無しがそんな貴重なものを手に入れられるわけないじゃない。せいぜい、ここで痛い目に遭って自分の愚かさを思い知るのね!」


 絶望が鉛のように全身を重くした。もう、誰にも助けてもらえない。このまま意識を失ってしまうのだろうか。

 死ぬかもしれない。そんな考えが頭をよぎった時だった。凍てつくような、それでいてどこか懐かしい気配が路地裏を満たす。


 今まで感じたことのない強大な力を持った存在の気配。周囲の男たちが明らかに動揺し始めたのが分かった。

 彼らの獣の気配が怯えるように小さくなっている。その存在は音もなく現れた。


 月明かりを背に漆黒の影がゆっくりと近づいてくる。長身で鍛え上げられた肉体。顔は影で見えないが全身から発せられる威圧感は、私だけでなく妹と番たちをも完全に支配していた。


「お前たち……何をしている」


 低い、それでいて深く響く声が路地裏の雨音を掻き消した。声を聞いた瞬間、心臓が激しく跳ねる。

 なぜだろう。初めて聞くはずの声なのに、どこか深く魂の奥底にまで響いてくるような懐かしい感覚が押し寄せてきたのだ。


 妹は気圧され、一瞬言葉を失ったようだったがすぐにいつもの強気な態度を取り繕い、声を上げた。


「あなたは……一体何者?邪魔をするなら、ただでは済まさないわよ!」


 漆黒の影は妹の言葉を一瞥もせず、ゆっくりとこちらに近づいてきた。前に跪きそっと手を差し伸べる。


「大丈夫か?」


 声は先ほどの威圧的な響きとは打って変わって、優しく慈愛に満ちていた。影になっていて見えなかった顔が月明かりの下で明らかになる。

 息を呑んだ。信じられない光景が目の前に広がっていた。


 銀色の長い髪が月光を浴びて妖しく輝いている。吸い込まれそうな、深い蒼の瞳は心配そうに私を見つめていた、整った顔立ちは彫刻のように美しくこの世のものとは、思えないほどの気品を湛えている。


 何よりも瞳の奥に宿る深い愛情と懐かしさの色。それは、ずっと昔から知っているような、そんな感情。


「あなたは……?」


 掠れた声で問いかけるのがやっと。


「やっと、見つけた」


 彼の声はかすかに震えていた。信じられない言葉が彼の口から紡ぎ出されたのだ。


「ご主人様」


 その瞬間、脳裏に鮮烈な記憶が蘇った。暖かな日差しの中で、柔らかな毛並みを撫でていた手の感触。優しい声で名前を呼ばれた時の、心の奥底から湧き上がる安堵感。

 前世で飼っていた愛しい白銀の狼の記憶。そんなことがあり得るのだろうか?


 異世界に転生したはいいが、前世の記憶をほとんど持っていなかった。断片的に思い出すのは自分が占い師だったこと。

 一匹の賢く美しい狼を飼っていたことだけ。その狼の名前は……ハウロア。目の前にいる美しい青年はまさしくハウロアだった。


 前世で大切な家族だったハウロアが、この異世界でこんなにも強大な力を持つ存在として、現れたのだ。信じられない事態に思考が追いつかない。

 ハウロアの瞳に宿る紛れもない愛情と、案じる優しい眼差しは全てが真実であることを告げていた。妹とその番たちは完全に、ハウロアの空気に呑まれていた。


 彼らは恐怖で体が震え、一歩も動けないようだ。ハウロアはゆっくりと立ち上がり、冷たい視線を妹たちに向けた。


「二度と大切な主に手を出すな」


 先ほどの優しさとは打って変わって、絶対的な力と威圧感に満ちていた。


 周囲の空気がビリビリと震え、妹とその番たちは雷に打たれたかのように身を竦ませる。ハウロアはさらに言葉を続ける。

「お前たちが犯した罪は決して許されるものではない。だが、今ここで貴様らをどうこうするつもりはない。私の主の慈悲に感謝するがいい」


 妹は顔面蒼白になり、震える声で何かを言いかけたが、ハウロアの鋭い視線に射抜かれ言葉を失った。彼の番たちも同様に、恐怖で身動きが取れない。ハウロアは再び私に視線を戻し、優しく微笑んだ。


「さあ、ご主人様。帰りましょう」


 差し出された温かい手にそっと自分の手を重ねた。彼の力強い握りが、心にじんわりと温かい感情を灯す。

 妹たちの信じられないという表情を背に、ハウロアと共に雨の降りしきる路地裏を後にした。


 彼の歩く一歩一歩が安全な場所へと導いてくれるような、そんな確信。前世で傍にいてくれたハウロアは今世でも、守ってくれる存在なのだ。宿に戻るとハウロアは手際よく手当てをしてくれた。

 彼の指先から溢れる優しい光が私の傷を癒していく。信じられない光景だったが、彼の前では全てが当然のように感じられた。


「ご主人様、辛かったでしょう」


 手当てをしながらハウロアは優しく声をかけてきた。深い悲しみと、私を案じる切実な想いが込められている。


「ハウロア……本当に、あなたなの?」


 まだ夢を見ているような心地で問いかけた。ハウロアは手を握りしめ、真剣な眼差しで頷く。


「ええ、ご主人様。ハウロアです。あなたを探していました。ずっと、ずっと……」


 彼の言葉に胸が熱くなった。前世で別れてしまった大切な存在が異世界で、こんな形で再会するなんて。運命とは本当に不思議なもの。


「どうしてあなたがここに?」


 問いにハウロアは静かに語り始めた。彼もまた転生したのと同じように、前世の記憶を持ったまま異世界に転生してきたのだという。


 強い魔力を持つ獣人として生まれ変わった彼はいつか、必ず見つけ出すと信じてずっと探し続けていたのだと。

 妹に害された時、微かに感じた魔力の残滓を辿って駆けつけてくれたのだという。


「ご主人様の気配がしたのです。微弱でしたが、確かにあなたの魔力でした。こんな目に遭われているとは」


 ハウロアの蒼い瞳には怒りの炎が宿っていた。妹に対する怒りというよりも傷つけた者たちへの、危険な目に遭わせてしまったことへの自分自身への怒りのように見えた。


「もう大丈夫、ハウロア。あなたが来てくれたから」


 彼の頬にそっと手を触れた。温かくて、少しだけひりつくような感触。本当に彼は目の前にいるのだ。


「ご主人様……」


 ハウロアは手を握る力を強め、その大きな体に優しく抱きしめた。体温が冷え切った心をじんわりと温めていく。

 鼓動が力強く耳に響き、生きているという実感を与えてくれた。


 あれから数日。ハウロアは片時も傍を離れなかった。彼の存在は心強く、安心できる。前世では言葉を交わすことのできなかった彼と、こうして心を通わせることができる喜びは何にも代えがたい。嬉しくてたくさん話したい。


 ハウロアはこの世界の様々なことを教えてくれた。魔法のこと獣人のこと、生き抜くための術を。

 前世で占い師だったことを覚えていて、微かな魔力を再び呼び覚ます手助けもしてくれた。


 指導のおかげで、少しずつ生きていくための力を取り戻しつつある。ハウロアの深い愛情が、心の傷を癒してくれた。

 妹のことはまだ完全に忘れられたわけではない。裏切られた悲しみとあの時の恐怖は、時折心を締め付ける。ハウロアが傍にいてくれるだけで前を向くことができるのだ。


「ご主人様は、これからどうしたいですか?」


 ある夜、ハウロアは静かに問いかけた。窓の外に広がる星空を見上げながら、ゆっくりと答えた。


「まだ、分からない。でも、もう二度と、あんな思いはしたくない。自分の力で、この世界で生きていきたい」


 ハウロアは言葉をじっと聞き、力強く頷く。


「私がご主人様をお守りします。どんな困難があろうとも私が必ず」


 言葉は強くて温かかった。何もかもが不確かだけれどハウロアが傍にいてくれる。それだけでどんな困難にも立ち向かえる気がした。

 新たな一歩を踏み出す決意を固める。雨上がりの夜空には、満月が優しく輝いていた。光はそっと照らしてくれている。満月の光が影を長く石畳に映し出す。


 宿に戻り、温かい飲み物を口にしながらハウロアと共にこれからどうするべきかを話し合っていた。

 妹への怒りや悲しみはまだ消えないけれど、それよりもこの異世界で生きていくためにもっと強くならなければならない、という思いが募っていた。


「ハウロア、私は……妹に、ただ謝ってほしいわけじゃないの」


 はっきりとハウロアに告げた。


「あんな酷いことをした理由を知りたい。二度と私や他の誰かを傷つけないように、きちんと向き合いたい」


 ハウロアは言葉を真剣な表情で聞いていた。蒼い瞳には決意を尊重してくれている。


「ご主人様の望む通りにしましょう。私がご主人様の力になります」


 翌朝、妹の居場所を探ることにした。

 ハウロアの持つ獣人としての嗅覚と、この街の情報網を駆使すればそう難しいことではないだろうと彼は言う。

 彼の言葉通り、数日のうちに妹が街の有力者の息子と懇意にしているという情報を掴んだ。


 男の庇護のもと、妹は以前にも増して傍若無人に振る舞っているらしい。慎重に事を進めることにした。正面から乗り込んでも、相手の権力や力に阻まれる可能性がある。

 ハウロアはまず妹とその取り巻きたちの動向を探り、弱点を見つけることから始めた。


 数日間の調査で妹の番たちは、主人である妹の権力を笠に着て街の住人たちに横暴な振る舞いを繰り返していることが分かり、彼らが用心棒のような役割を担っている有力者の息子は裏社会との繋がりもあるという噂だ。


 ハウロアは着実に、彼らを追い詰めるための準備を進めていた。彼の持つ強大な魔力と前世で培った知恵、守りたいという強い意志が彼の行動の原動力となっている。


「ご主人様、そろそろ潮時です。彼らの悪行を暴き、あの妹に自分の罪を償わせましょう」


 静かな怒りに燃えていた。

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