32 婚約破棄されたので憧れの異国に向かうと素敵な出会いがあり帰国する頃には元婚約者達は別れていたが婚約は結ばれており苦心しているからといって手紙を送ってこられても困りますのでお返ししますね
「セレスティア様、貴女との婚約は破棄させていただきます!」
王立学院の卒業パーティー。華やかな音楽が鳴り響き、煌びやかなドレスを纏った貴族令嬢たちが優雅に舞う中、突如として響いた冷酷な声。
皆の視線は壇上に立つ第二王子、アリエネッド殿下と隣に立つ男爵令嬢に向けられた。
男爵令嬢は自信に満ちた笑みを浮かべる一方、婚約者であるはずのセレスティアは状況が理解できず、ただただ立ち尽くすばかり。
「わ、私は一体……」
セレスティアは由緒ある侯爵家の令嬢。美貌と聡明さを兼ね備え、王国の誰もが認める完璧な婚約者だったはず。それなのに、一体何故?
アリエネッド殿下は冷たい眼差しでセレスティアを見下ろす。
「貴女の傲慢さわがままには耐えられない。それに僕には心惹かれる女性がいる。彼女こそ僕の運命の相手だ!」
アリエネッド殿下は、男爵令嬢の手を取り、満場の観衆の前で高らかに宣言した。会場は騒然となる。
誰もが信じられないといった表情で、セレスティアを見つめている。今まで王子と美しく完璧な婚約者として讃えられてきたセレスティアは一瞬にして嘲笑の的に転落。
セレスティアの瞳には一筋の涙も浮かんでいない。深く底の見えない湖のような静けさしかない。
「……そうですか」
小さく呟いたセレスティアの声はどこか他人事。
「承知いたしました。アリエネッド殿下。このセレスティア、喜んで婚約破棄を受け入れましょう」
言い放つとセレスティアはゆっくりと、毅然とした足取りで壇上を降りた。背筋はどこまでも伸び、その姿は先程までの悲劇のヒロインとはまるで別人。
ざわめきが残る会場でセレスティアは誰にも見向きもせずただ一人、会場の出口へと向かう。心には怒りや悲しみよりも先に、新しい感情が芽生え始めていた。
(これで、やっと……自由になれる)
婚約という名の枷から解き放たれ、これから始まる。夜風が頬を撫でた。煌びやかな会場の喧騒が遠ざかり、代わりに静寂が彼女を包み込む。
今まで常に誰かの視線を感じ、立場を意識して生きてきたセレスティアにとって、孤独は初めての感覚。しかし、それは決して嫌なものではなく、どこか解放感に満ちていた。
(本当に、終わったのだわ)
婚約者としての義務、侯爵令嬢としての責務。全てから解き放たれた今、セレスティアの心には今まで押し殺してきた様々な感情が湧き上がってくる。
ほんの少しの寂しさと。それよりもずっと大きな期待感。
屋敷に戻ったセレスティアは侍女頭のアンナに簡単な指示だけを出すと、自室に閉じこもった。
豪華な装飾が施された部屋は今まで彼女の居場所だったはずなのに、今はどこか他人のもののように感じられる。
窓辺に置かれた書物に手を伸ばす。幼い頃から大切にしてきた異国の歴史書だ。今まで、その婚約者としての立場上、このような趣味に没頭する時間は許されなかった。
もう誰に遠慮する必要もない。夢中で書物を読み耽るうちに夜は更けていく。
翌朝、セレスティアは起床すると身支度を整え、父である侯爵の執務室を訪れた。
「父上、昨夜のことは既にご存知かと存じます」
侯爵は娘の訪問に驚きを隠せない。セレスティアの瞳の奥にある強い光を見て静かに頷いた。
「ああ、アリエネッド殿下から連絡があった……辛かったであろう」
父の優しい言葉に微かに微笑んだ。
「いいえ、父上。安心しております。殿下とは価値観が違いすぎました。無理をしてまで添い遂げるべき相手ではなかったと、今ならはっきりと分かります」
侯爵は娘の強さに目を見開いた。今まで大人しく従順な娘だと思っていたセレスティアの中に、こんなにも強い意志が秘められていたとは。心に響く。
「それで、セレスティア。今後はどうするつもりなのだ?」
父の問いに迷うことなく答えた。
「わたくし、この国を出て、かねてより興味のあった東方の国へ留学したいと考えております」
侯爵は娘の妙な申し出に言葉を失った。東方の国は文化も習慣も全く異なる異国。令嬢であるセレスティアが一人でそのような場所へ行くなど、前代未聞のことだった。
セレスティアの瞳は真剣そのもの。彼女の中で何かが明確に動き始めている。
「分かった。お前の決意が固いのであれば、父は反対しない。ただし、向こうでの生活は決して楽ではないぞ」
「承知しております。全て自分の責任において行動いたします」
セレスティアは深々と頭を下げた。父の理解を得られたことで心はさらに飛躍的なものになる。
留学から帰る頃にはこちらの婚約がなくなり、例の女性と婚約者となっていた例の二人は別れていた。
が、騒動を起こしてまで結ばれた関係が簡単に終わらせてもらえるわけもなく。
第一王子なのに継承権はガクッと下げられた。しかも、王族なのに公務も禁止。日陰の身の書類仕事しかさせてもらえず、どうでもいい決済をさせられていると風の噂で聞いた。
「あら?」
帰ってきた噂を聞いたのか、元婚約者から手紙が送られてきたが送り返す。
「どの立場から送って来れたのかしら」
自分にはもう最愛の男がいたから、興味もなくなっている。元に戻そうとしても当時とは何もかも変化しているのは、別に彼だけではなかったわけだ。




