03 私はあなたたちの証拠を持ってるのですがあなたたちは証拠もなしで罪を被せてきたということですよ
ざまぁ/追放/婚約破棄
幕が開いた場所は王城で最も壮麗な大広間。豪華絢爛な夜会は、熱狂的な喧騒の代わりに凍り付くような静寂に包まれていた。大理石の床に響く先にいるのは一人の女性の声だけ。
「よって、シーフェル。お前との婚約を破棄し、全ての罪を認めろ。修道院への永久追放を命じる!」
広間に集った数百人の貴族たちの沈黙を切り裂く刃のようだった。スポットライトの中心にはシーフェル・ヴェラードが立っている。純白のドレスは舞台装置の一つ。
向かいには断罪を下す第一王子ヤーダル。王子の腕に縋りつくようにして、可憐な顔を涙で濡らすケルティハ・グローヴ伯爵令嬢の姿があり、震える声で囁く。
「お姉様……どうしてそこまで私を憎めたのですか?嫉妬からヤーダル様の国政の書類を隠したり、私の夜会での衣装に細工をしたり……本当に理解できませんことよ?」
広間の視線はシーフェルに突き刺さる。憐憫、嘲笑、期待。誰もが悲鳴を上げ、許しを請い、あるいは醜く言い訳をする様を待っていた。が、シーフェルは予想外の行動をとる。
冷たい視線をヤーダル王子とケルティハに向けて口を開いた。広間の静寂を破るにはあまりにも穏やかで、かえって全てを圧倒する説得力を持つ。
「馬鹿げた茶番ですね」
感情の一切こもらない事実を述べるような一言に会場全体がざわめく。
「ヤーダル殿下にかけられた三つの罪、ケルティハ嬢への嫌がらせ、国政への不当な介入、殿下への不貞。殿下とケルティハ嬢が作り上げたあまりにも稚拙なシナリオです。確認したいことがあります」
シーフェルは前世の記憶を持つ転生者としての冷静な視点で状況を分析していた。知っているのだ。王子の寵愛を奪った妹と愚かな王子の、予定調和の断罪劇ということに。周囲の貴族を優雅に見回しながら嘲笑の色を浮かべた。
「言わせていただきますね?嫌がらせについて。ケルティハ嬢。あなたのドレスの裾を切ったと主張されていますが、夜会はカメラ付きの魔道具で全方位記録されています。ドレスに近づいた痕跡、殿下とケルティハ嬢が数時間前に密会していた記録も私設探偵団が確保していますよ。あまりにも杜撰でしたね?」
誰も予想しなかった証拠の提示に、ケルティハの顔からみるみる血の気が引いていく。
「国政書類の隠蔽。でしたかしら?殿下が隠蔽されたと主張した隣国との交易協定案は一週間前、殿下の執務室の机上ではなくケルティハ嬢の私室の書棚から見つかったと聞きました。ケルティハ嬢の不当な介入の証拠では?こちらも考えられないくらい杜撰過ぎます」
ヤーダル王子の顔が怒りではなく焦燥で歪む。
「不貞の件について。平民の騎士と密会していたと主張されます。騎士は殿下の近衛騎士団の中で最も清廉潔白で父の恩人。密会ではなく殿下ご自身が私に送った密書を預かっていただけ。その密書は罠にかけるための愛の逃避行の誘いでしたね?覚えておりますよ?バカにしないでくださいますか」
シーフェルは深く息を吸い込み、冷たい笑みを浮かべた。
「殿下とケルティハ嬢が用意した舞台はお粗末極まりない。ですが、あなた方が言葉に耳を傾けないことも承知しています」
堂々と胸を張った。
「修道院への永久追放、結構です。ですが無実をいつか知った時、あなた方がこの国で築いた全てが足元から崩れ去ることをここで宣言します。公爵令嬢としての誇りにかけての呪いではなく、予言です。覚えてなくても構いませんけどね?」
そして、シーフェルは追放を告げる兵士たちに向かって自ら歩き出した。
シーフェルの追放から数年後。王都は彼女の予言通り、混迷の極みにあった。
経済の破綻。シーフェルが手配していた主要な流通ルートと隣国との秘密の交渉窓口が途絶えたことで、王国の財政は急速に悪化。
ケルティハの無責任な浪費とヤーダルの場当たり的な政策が、それに追い打ちをかけた。
権威の失墜。飢餓と貧困が蔓延する中、ヤーダル王子は国民の信頼を完全に失っていた。ケルティハを庇い続けたことで公正さを欠いた愚かな指導者という評価を決定づけられている。
シーフェルが辺境伯として王都に凱旋し、自らの無実とヤーダルとケルティハの不正の証拠を公衆の面前で示したことが決定打となった。王族による緊急会議の結果、ヤーダルに下された処罰は最も厳しいものになる。
王位継承権の永久剥奪だ。軽率な行動と国政の混乱を招いた責任により、第一王子の地位を即座に剥奪される。
反省と謹慎のために寒冷な北の辺境にある、わずかな兵士しかいない古い城に幽閉されることになった。
自分の過ちを認めることもなく、全てをシーフェルとケルティハのせいにする日々を送る。しかし、贅沢も権力もない孤独な城でシーフェルがどれほど国政において優秀であったか、ケルティハがどれほど無能であったかを思い知らされることになるのだ。
最期は貧しい食料と寒さに耐えかねて病に伏せ、誰も見舞いに来ないまま王族の誰も知らないところで息を引き取るという、孤独で哀れなものとなった。最後まで自分がなぜ失敗したのかを理解できなかった。
ケルティハは愛するヤーダル王子が全てを解決してくれると信じていたため、シーフェルの反撃に際して一切の対策をとっていなかった。
家族の失望は果てしない。彼女の家族であるグローヴ伯爵家は娘が王子の不祥事の原因となったことで家名に泥を塗られたと激怒。ケルティハを伯爵家の恥として、実家から追放する。
ヤーダルが幽閉される際、ケルティハは「私だけは連れて行って」と懇願したがヤーダルは自分の保身のために冷酷に拒絶し「お前がいなければシーフェルは追放されなかった」と全ての責任を押し付けて去った。
公の場でケルティハがシーフェルを陥れるために使用した偽の証拠と、横領の事実が明らかになったことにより彼女は全ての地位と富を失い、貴族籍も剥奪されて平民以下の扱いとなる。
自分が嘲笑していた王都の下町の、薄汚れた孤児院で雑用をさせられることになった。最期は傲慢にも踏みにじった人たちの冷たい視線に晒されながら、過酷な労働と飢えに苦しむ日々となる。
ある日、孤児院の窓から馬車で王都を優雅に通り過ぎるシーフェルの姿を見た。
追放先の領地を独立国並みに発展させ、王国の危機を救った功績により王国を実質的に統治する摂政公爵という前例のない地位に就いていたのだ。馬車は輝き、沿道の国民は喝采を送っている。
ケルティハは自分がその地位にいるはずだったと泣き叫びたかったが、声も出ない。顔には華やかな面影はどこにもなく、やつれきった凡庸な女の顔があった。
激しい後悔と絶望の中で令嬢としてのプライドを粉々に砕かれながら、生涯を終えることになった。




