29 マジカルバナナを唱えたら男性たちが何かに取り憑かれたように奇妙な声を上げ始める「あのバナナには気をつけろ」
例えば社交界で華々しくデビューした伯爵令嬢カタリナは、聡明さと美貌で多くの男性の注目を集める。中身は恋愛経験とは程遠い現代の一般女性。
彼女の周りには、虎視眈々と複数の男性を篭絡しようとする野心的な令嬢が現れる。怖い。
「あら、カタリナ様。今日のあなたは一段と美しいわ。まるで夜空に輝く星のようね」
流れるような美しい言葉で近づいてくるのは子爵令嬢のリディア。瞳の奥にはカタリナの周りの魅力的な男性たちへの野心がギラギラと燃えているのを、カタリナは見逃さない。
恋愛ドラマや漫画でよくある逆ハーレム、という概念を知っているからリディアの行動が狙ったものだとすぐに理解する。
「ありがとう……ございます、リディア様。あなたも今日のドレスとてもお似合いですよ」
怖い怖い。平静を装いながらも心の中で警鐘を鳴らす。
「まさか、この世界にも逆ハーレムを本気で狙う人がいるなんて……!しかも、利用しようとしてる?」
その後もリディアはあの手この手でカタリナに近づき、親しい男性たちに接触を試みてくる。
社交界の夜会で今日もリディアはカタリナの周囲をうろつき、甘い言葉を囁きかけてくる男性たちにさりげなくアプローチを仕掛けていた。
カタリナは内心うんざりしながらも表面上は優雅な微笑みを浮かべる。
(また始まった……本当に、あの手この手で。でも、今日はこれで終わり!)
心の中で呟いたカタリナは懐からそっと小さな包みを取り出した。
中に入っているのはほんのり甘い香りを放つ、特別なバナナ。その名もマジカルバナナ。知識で効果を知っていたカタリナは、この日のために密かに準備していた。
タイミングを見計らい、リディアに近づきにこやかに話しかける。
「リディア様、先ほどから少しお疲れのご様子。よろしければ、こちらのバナナを召し上がってみませんか?とても甘くて美味しいんですよ」
リディアは警戒しながらもカタリナの差し出す珍しい果物に興味津々。
「あら、ありがとう存じますわ」
上品にバナナを受け取り、一口食べた瞬間、リディアの背後に控えていた男性たちが何かに取り憑かれたように奇妙な声を上げ始める。
「ウホッ!ウホホ!」
「キーッ!ウッキッキ!」
彼らは突然、言葉にならない叫び声を上げ、意味不明な身振り手振りを始める。リディアは驚いて振り返るが彼女に甘い言葉を囁いていたはずの男たちは、猿の群れのように騒ぎ立てた。
「あ、あなたたち、一体どうしたの!?」
リディアが問いかけても彼らから返ってくるのは「ウホ!」「キッキ!」といった猿のような叫び声ばかり。周囲の貴族たちは異様な光景に目を丸くし、カタリナは涼しい顔で言う。
「あらあら、どうされたのでしょう?もしかしたら、このバナナには特別な効果があるのかもしれませんね。ふふっ」
リディアは顔面蒼白。周りの男性たちはまともな会話すらできず、ただ騒ぎ立てるばかり。これでは、逆ハーレムどころではない。
誰も彼女に近づこうとはしないだろう。耐えきれなくなったリディアは、悲鳴のような声を上げてその場から逃げ出した。背後ではまだ数人の男性たちが「ウホウホ」「キッキ」と騒いでいる。
カタリナは騒ぎが収まったのを見計らって、周囲の貴族たちに優雅に微笑む。
「ご迷惑をおかけしました。どうやら、珍しいバナナは少し刺激的すぎたようです」
機転とマジカルバナナによって、逆ハーレムを狙う女性の野望は、見事に打ち砕かれた。
その後、社交界では「あのバナナには気をつけろ」という噂が広まったとか広まらなかったとか。
それから少し後になって、カタリナが少しばかり特別な感情を抱き始めたのは、王国の騎士団に所属するセルセトという青年。
飾り気のない真面目さと、時折見せる優しい笑顔が魅力的な青年でセルセトはマジカルバナナ事件の際にも、騒ぎに巻き込まれた貴族たちを冷静に誘導し、事態の収拾に尽力していた。
落ち着いた態度と困っている人々を助けようとする誠実さに、密かに感銘を受けていたものだ。
ある日の午後のこと。王宮の庭園で開かれた茶会でカタリナは一人、少し離れた場所で休憩していた。
華やかな貴婦人たちの笑い声が聞こえる中、静かに庭園の景色を眺めていたそこにセルセトが近づいてきたのだ。
「カタリナ様、よろしければ、少しお話ししてもよろしいでしょうか?」
顔を上げ、柔和な笑みを浮かべる。
「ええ、どうぞ」
セルセトは少し緊張した様子でカタリナの隣の椅子に腰掛けた。
「先日の事件では、大変なご苦労をされたと伺いました。カタリナ様の冷静なご対応には、感服いたしました」
「ありがとうございます、セルセト様。皆様のご協力のおかげで、 事態はすぐに収束しました」
謙遜して答えた。二人はしばらく、庭園の美しい花々や王国の近況について穏やかに語り合う。セルセトは騎士としての自身の仕事や日々の鍛錬について話したが、言葉には熱意と誠実さが溢れていた。
真剣な眼差しや時折見せる照れたような笑顔に、これまで感じたことのない温かい感情を抱き始めていることに気づく。話が途切れた時、セルセトは少し躊躇いながらカタリナを見つめてくる。
「カタリナ様は、いつも冷静で、何事にも動じないご様子ですが……何かお好きなものや興味のあることはございますか?」
少し考え微笑んで答えた。嬉しい問いかけ。
「そうですね……書物を読むのが好きです。特に、歴史書や異国の文化に関する書物に興味があります」
セルセトの瞳がぱっと輝く。
「それは素晴らしいですね!実は、歴史が好きで、いつか機会があれば、そういったお話をしてみたいと思っておりました」
胸が高鳴り、これまで彼女に近づいてくる男性たちは家柄や美貌あるいは知識といった表面的な部分に興味を持つことが多かったが、内面に興味を持ってくれているように感じられた。
夕暮れが近づき、空がオレンジ色に染まり始めた頃。セルセトは立ち上がり丁寧に頭を下げる。
「本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。カタリナ様とのお話はとても楽しいひとときでした」
「私もです、セルセト様。またお話できる機会があれば嬉しいです」
カタリナは心からの笑顔で答えた。本当に楽しかったのだ。セルセトが去った後、夕焼け空を見上げながら自分の胸の奥にある温かい感情を確かめていた。
奇妙な出来事がきっかけではあったが日常にこれまでとは違う、穏やかで優しい光が差し込んだ。




