25 令嬢たちの優雅な茶会。婚約者たちを地獄に落とすのはおやつの時間の暇つぶし。馬鹿の一つ覚え。私たちが浮気癖に気づいていないとでも思っているのかしら?
舞台は王都随一の格式を誇る公爵令嬢、ハイレミ・ローエンハイトの別邸。今宵、この場所にはローゼリア王国の未来を担うはずだった選りすぐりの令嬢たちが集結していた。共通点はただ一つ。
婚約者が全員確実に浮気をしていることだ。ハイレミは氷のような青い瞳を細め、テーブルに広げられた証拠の品々を一瞥した。
伯爵令嬢カリオペラの婚約者は平民酒場で密会した密着写真。侯爵令嬢リゼッタの婚約者は愛人に贈った宝石の領収書と手紙。辺境伯令嬢カタリナの婚約者は夜間に城外へ抜け出した際の、衛兵の証言記録。
「皆さん、確実性の高い証拠は揃いましたね」
ハイレミが問いかけると一同は頷いた。顔には悲しみよりも冷たい怒りと復讐の決意が浮かんでいる。
(ふふ、馬鹿な男たち。私たちが情報収集と公爵家で得た証拠に言いわけの入る隙間はないの)
計画はハイレミが主導した一斉断罪作戦だ。一人ずつ婚約破棄をすれば男たちは言い逃れや泣き落としを使ってくるが、同時に公の場で決行すればプライドと社会的地位は一瞬で崩壊する。
「決行は明日の国王主催の慈善舞踏会。全員の婚約者が揃う、最も人目につく場所です」
「ええ、もちろん。彼らに与えるのは、最大の屈辱よ」
カリオペラが真っ赤な口紅を引いた唇で微笑んだ。
翌夜。王城の大舞踏会場は華やかな貴族たちで溢れかえっていた。ハイレミたち令嬢連合の婚約者である次期公爵、伯爵、侯爵、騎士団長の息子といった面々はそれぞれの令嬢の隣で優雅なフリをして立っている。今夜、自分たちが地獄に突き落とされるとは、夢にも思っていない。
(馬鹿の一つ覚え。私たちが浮気癖に気づ
いていないとでも思っているのかしら?)
令嬢たちは互いに目配せをし、計画の最終シグナルを確認した。そして、国王夫妻の挨拶が終わった直後。
大勢の貴族がグラスを傾け、ざわめきが最高潮に達したその時、ハイレミが会場全体に響き渡る声で宣言した。
「皆様、少々、耳をお貸しくださいませ」
会場が一瞬にして静まり返る。全ての視線が、中心に立つハイレミに集まる。隣に立つ婚約者、ガスティクス次期公爵に向き直った。戸惑った顔をしている。
「ガスティクス様。私はあなた様との婚約を、本日をもって破棄いたします」
ザワ…ザワザワ…!会場のざわめきが、波のように広がる。
ガスティクスは青ざめた。
「は、ハイレミ!?何を言い出すんだ!突然、なにを」
「突然ではございません」
ハイレミは、持っていた小さな魔導具を起動させた。ピピピッ!
魔導具からクリアな音声が会場中に響き渡る。それは、ガスティクスが愛人と交わした、甘ったるい密会の会話の録音だった。
ガスティクスの声「ハイレミ?あんな堅苦しい女、義務だから仕方なく相手しているだけさ。君の夜の顔に比べたら石ころ同然だよ」
「なっ……!?」
ガスティクスは顔面蒼白になり、魔導具を指さして叫んだ。
「き、貴様!いつの間に!」
ハイレミの合図と共に残りの令嬢たちも一斉に行動を開始した。
「カリオペラは、フェリックス伯爵令息との婚約を破棄します!」
カリオペラは平民酒場で他の女性とベタベタしている高解像度の魔法写真を、フェリックスの顔に叩きつけた。
「リゼッタ、ジュリアン侯爵令息との婚約を破棄します!」
リゼッタはジュリアンが愛人に高価なネックレスを贈った領収書の束を、頭上からパラパラと撒き散らした。
「カタリナ、令息との婚約を破棄します!」
カタリナは城の裏手で卑猥な行為に及んでいた時間と場所を、詳細な地図と共に読み上げた。会場は悲鳴と怒号で地獄のような様相を呈している。
浮気者の男たちは、自分たちが絶対的な証拠によって囲まれていることに気づき、一様に顔面を土気色に変えた。
彼らは言い訳や嘘をつく暇もなく、公衆の面前で晒し者にされる屈辱に打ちひしがれる。
「ち、違う!これは罠だ!ハイレミ、お前たちに裏切られたんだ!」
ガスティクスが情けなく叫んだが、ハイレミは冷笑した。
「裏切り?あなた方が王国の将来を背負う令嬢たちの信頼を、率先して裏切ったのでしょう?」
最後に王族に向かって深々と一礼した。
「陛下、王妃様。これらの浮気者は婚約者である私たちがいるにも関わらず、社交界の秩序を乱し公爵家以下の名誉を毀損しました。彼らを夫とするに値しないと判断いたしました」
「後悔なさい」
言葉は魔法のように令嬢たちの心の中で響いた。
一夜明け、王都は衝撃的なスキャンダルに包まれた。一夜にして婚約者を失い、さらに浮気の詳細な証拠を公開された男たちは貴族社会での地位を完全に失墜させた。
特にガスティクス次期公爵は王国の次代を担う者としての信頼を失い、公爵家の権力は大幅に縮小した。
一方、令嬢たちは清々しい朝を迎えた。ハイレミの別邸で集まった彼女たちは、紅茶を飲みながら今後の計画を話し合う。
「これで、私たちを利用しようとしただけのゴミを一掃できましたわね」
リゼッタが笑うとカリオペラも続ける。
「ええ、これからはあなた自分たちの力で、王国の社交界をクリーンにしていきましょう」
ハイレミは窓の外の青空を見上げた。
「私たちは、男の付属品ではありません。ハイレミ・ローエンハイト公爵令嬢であり、カリオペラ伯爵令嬢であり令嬢連合のメンバーです」
浮気者への復讐を成し遂げたことで、より強固な絆と自信を手に入れた。
(人生は本当の意味で始まるのよ)
彼女たちの顔には愛する男を失った悲しみなど、微塵もなかった。あるのは自由と未来を勝ち取った勝利者の高揚感。
慈善舞踏会での令嬢連合による一斉断罪事件から、わずか一週間。浮気者だった元婚約者たちは地獄のような日々を送っていた。
思い描いていた、令嬢が泣きついてきて復縁を迫るというシナリオは完全に崩壊した。なぜならハイレミたち令嬢連合は、婚約破棄と同時に命綱を全て断ち切っていたからだ。
最も傲慢だったガスティクス次期公爵の崩壊は最も劇的だった。公爵家を継ぐはずだったがハイレミが握っていた公爵家の裏帳簿のコピーと放蕩の証拠を父である現公爵に提示したことで、状況は一変。
「貴様のような己の欲望も制御できない不潔な人間に、ローエンハイトの公爵位は継がせられん!」
激怒した父公爵はガスティクスの継承権を剥奪し、自由に使えるはずだった私財の全てを没収した。
「そ、そんな馬鹿な!父上!私の私財は!」
「私財だと?それは全て、ハイレミ公爵令嬢との婚約によって公爵家に入るはずだった富を当て込んで使っていた金だ!今や貴様は無一文だ!」
さらに奈落に突き落としたのは真実の愛と信じていた平民の愛人の存在。ガスティクスが没落したと知るやいなや、彼の目の前でより裕福な地方貴族の男の腕に抱きついた。
「ガス様、ごめんなさい。だって私、お金がないと生きていけないもの。愛だけじゃパンは買えないでしょう?」
ガスティクスは地位と金と愛、全てを一夜にして失い、公爵家からただの平民として追放された。他の男たちも同様。
フェリックス伯爵令息、元カリオペラの婚約者。
彼の浮気相手は実はカリオペラが送り込んだスパイであり、伯爵家の機密情報を漏らした証拠を掴んでいた。結果、国家機密漏洩未遂の罪で伯爵家の縁を完全に切られ、辺境の炭鉱送りとなった。
ジュリアン侯爵令息、元リゼッタの婚約者。
贈賄や汚職を働いていた弱みをリゼッタが事前に全て握っており、侯爵家は不始末を隠蔽するために修道院へ強制送還し、一生俗世から切り離されることになった。
騎士団長の息子、元カタリナの婚約者。
名誉を重んじる騎士団長である父は、息子が公衆の面前で不潔な行為を暴露されたことに激怒。騎士団から永久追放し、一族の名を汚した罰として王都の汚物を処理する下働きに就かせた。
数週間後。ハイレミたち令嬢連合は王都の最高級カフェのテラスで、優雅に午後の茶を楽しんでいた。
そこから見える王都の裏通り。汚物処理の馬車を引いているみすぼらしい男の姿が見えた。泥まみれの服。優雅さのかけらもない疲れ果てた顔は、騎士団長の息子だった。
「あら、カタリナ様。貴女の元婚約者、随分とお勤めに励んでいらっしゃるわね」
カリオペラが紅茶を優雅に啜りながら言うとカタリナは視線を向けず、冷たい笑みを浮かべる。
「ええ。処理している汚物は愛人と私を汚した罪の報いでしょう。お似合いです」
さらに決定的なことが訪れた。テラスの正面を公爵家の馬車が通りかかった窓から、みすぼらしい衣服を身にまとい憔悴しきった表情で歩くガスティクスが、一瞬だけ見えた。
公爵家を追放された後、日雇いの力仕事で食いつなぐ真の平民の生活を送っていたのだ。目線がテラスに座るハイレミと合った。
ガスティクスの顔に後悔、絶望と底なしの憎悪が浮かんだ。ハイレミに助けを求めるように手を伸ばしたがすぐに馬車の影に消えていった。
ハイレミはティーカップを置き、勝利を確信するような美しい笑みを浮かべた。
(あなたたちは令嬢たちの愛と財力を、当たり前のように踏みにじった。その結果がこれよ。人生を壊そうとした代償はあなたたちの人生そのもので払ってもらう)
「お茶が美味しいわね、ハイレミ様」
リゼッタが満足そうに言った。
「ええ、本当に」
ハイレミは頷いた。窓の外は、清々しい秋晴れ。令嬢連合は浮気者を一掃したことで、王国の社交界の権力構造を完全に掌握。
未来は元婚約者たちの惨めな末路の上に燦然と輝いていたのだった。




