18 支援していた氷の令嬢は愚か者たちに微笑まない。寝言は寝室でどうぞ。もっとも貴方にはもう寝るための部屋すら残されていないでしょうけれど
ざまぁ
きらびやかなシャンデリアの下、卒業パーティーの賑わいは一瞬にして凍りついた。
「ラチエリラ!ラチエリラ・ヘスティア! 貴様との婚約は破棄する!」
第二王子のカーイミルが声を張り上げた。隣に小柄で可愛らしい少女、男爵令嬢のユーミリアが震えるように寄り添っている。
周囲の貴族たちは息を呑んだ。だが、糾弾された当の本人──公爵令嬢ラチエリラは扇子で口元を隠したまま、冷ややかな瞳を細めただけ。馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに。
「うるさいですわ……理由をお伺いしても?」
「しらばっくれるな。ユーミリアへの陰湿なイジメだ! 教科書を破り、ドレスにワインをかけ、階段から突き落とそうとしただろう」
カーイミル王子の言葉にユーミリアが「うぅ……怖かった……」と嘘泣きの声を上げる。会場中から非難の視線が突き刺さる。しかし、ラチエリラは音もなく扇子を閉じた。
表情には焦りも悲しみもない。あるのは哀れな虫を見るような、絶対的な見下し。
「それが全てですか?」
「なんだと?」
「有罪を確定させる材料は少女の証言だけか?と聞いています」
「ユーミリアが嘘をつくはずがない! 彼女は純真で」
「ふ、純真?」
ラチエリラは短く笑った瞬間、指をパチンと鳴らす。会場の壁際に控えていた近衛騎士たちが一斉に動き出した。
「な、なんだ!?」
「ご覧ください」
指差したのは、ホールの天井付近に設置された巨大な魔道具のスクリーン。映し出されたのは教室の映像。
『あーあ、ラチエリラ様の教科書、超邪魔』
映像の中のユーミリアはニヤニヤと笑いながら、ラチエリラの机から教科書を取り出し、自分でビリビリと破いていた。
『これでラチエリラ様にやられたーって泣きつけば、カーイミル様はイチコロよねぇ。チョロいんだから。あはははは』
会場が静まり返る。次に映し出されたのは階段のシーン。誰もいないのを確認したユーミリアが自分で足を踏み外し、わざとらしく転げ落ちる様子が鮮明に記録されていた。
「な……なん……だ、これ……は」
カーイミル王子が青ざめる。ユーミリアの顔色も、ドレスよりも白くなっていた。
「記録の魔石ですわ。最近開発された最高級品。いつかこういう日が来ると思い、半年間、私の周囲を二十四時間録画させていました」
ラチエリラは淡々と告げる。
「純真と呼んだその女は自作自演で私を陥れ、貴方の同情を買った詐欺師です」
「う、嘘! これは捏造!嘘のもの!」
ユーミリアが叫ぶがラチエリラは無視して次の合図を送る。今度は分厚い書類の束を持った役人が進み出た。
「さらに、こちらをご覧ください」
ラチエリラが掲げたのは王宮の予算報告書。
「生徒会費であり、殿下がユーミリアへの慰謝料として横流ししていた王宮予算……総額で金貨三千枚。すべてこの女の実家である男爵家の借金返済と、贅沢品に消えています」
「なっ……ぜい!?」
王子が目を見開く。知らなかったのだ。自分のサイン一つで国の金が使い込まれていたことを。
「横領の罪は重いですよ。しかも、王族をたぶらかして国庫に手をつけたとなれば……極刑は免れないでしょうね」
ラチエリラの一言でユーミリアはその場に崩れ落ちた。
「ち、違うの! カーイミル様が勝手に……私はただ……ただ!」
「黙れ!黙れ!」
カーイミルがユーミリアを突き飛ばす。
だが、ラチエリラの冷徹な追及はここからが本番だ。
「彼女を責める資格がおありですか?」
カツカツとヒールの音を響かせ、王子に歩み寄る。
「証拠もなく婚約者を公衆の面前で罵倒し、国の予算管理もできずに。ハニートラップに引っかかって王家の信用を地に落とした……次期国王としての資質は皆無です」
「え……な……かいむ?」
「我が公爵家は本日をもって王家への支援を一切打ち切ります。当然、殿下の浪費の補填も、これ以上は行いません」
カーイミルにとって死刑宣告に等しかった。派手な生活も王位継承権も、すべては国内最大派閥であるラチエリラの実家が支えていたから。青ざめる男。
「ま、待ってくれラチエリラ! 僕は騙されていたんだ! 愛しているのは君、君だけだ!」
カーイミルがラチエリラのドレスの裾にすがりつく。さっきまで威張っていた男の、あまりに無様な姿。ラチエリラは汚いものを見るようにドレスを引き抜いた。
「愛? 寝言は寝室でどうぞ。もっとも、貴方にはもう寝るための部屋すら残されていないでしょうけれど」
その時、重々しい足音が響き、国王陛下が現れた。顔は怒りで真っ赤に染まっている。
「カーイミル! この恥知らずめ!!」
「ち、父上……な!?」
「貴様など我が息子ではない! 王籍を剥奪し、北の鉱山へ送る。死ぬまで石を運び続けろ!」
「いやだぁぁ! 僕は王子だぞ! なんでこんな女のためにぃぃ!」
カーイミルは近衛兵に引きずられ、絶叫しながら会場から連れ出されていく。続いてユーミリアも、虚ろな目のまま連行されていった。待つのは牢獄での過酷な尋問だ。
騒然とする会場の中、ラチエリラだけが涼しい顔で立ち尽くしている。乱れた髪を指で直し、ふぅ、と小さく息を吐いた。
(やっと終わった。これで自由ね)
隣に彼女の護衛騎士が静かに歩み寄る。
「……お見事でした、お嬢様」
「ええ。準備に手間取ったけれど害虫駆除は完了よ」
ラチエリラは彼を見ず、前だけを見据えて歩き出す。元婚約者への未練など欠片もなかった。あるのは邪魔者を完全に排除し、自らの手で勝ち取った清々しい未来。
「さあ、帰りましょう。明日の朝食が美味しくなりそうだわ」
令嬢はその日初めて、誰にも見えないほど薄く心からの笑みを浮かべた。




