17浮気相手のいる夫と白い結婚。お互いに愛情はないけれど家の体面のために夫婦という形だけ保っている。でも、彼は好き勝手ばかり。愛人を作って毎晩のように出かけていく。没落させることを決めた
転生者
頭が痛い。酷く痛む。後悔を日々、重ねている。
「はあ……また?」
嫌味にもならない事実。
「……」
夫のリュートヤは問いかけに答えず寝室に倒れ込んだ。昨夜も香水の匂いがした。知らない甘くて華やかな香り。
(やっぱり、あの女と会っていたんだ)
リュートヤとアリジアは、いわゆる白い結婚をしている。お互いに愛情はないけれど家の体面のために夫婦という形だけ保っている。でも、彼は好き勝手ばかり。愛人を作って毎晩のように出かけていくなんて。
「本当に……ふざけないで」
リュートヤの背中に向かって冷たく言い放った。彼はピクリともしない。罪悪感がないのだろう。
(もう我慢の限界。こんな家!)
頭を燃やしてやりたい。心に黒い炎のような怒りが燃え上がった。
「うっ!!」
立ちくらみが。
「な、に?」
パラパラ漫画のように開いていく。前世の記憶が蘇る。
「あ」
この身は現代の成人女性だった。魔法のある世界に転生して、こんな男の妻になるなんて思ってもいなかった。そうとなれば。
(現代の知識を使えば家を没落させることだってできるはず)
笑う。決意を新たにしたときふと、幼馴染のナハトの顔が浮かんだ。昔から優しくていつも気にかけてくれた。
「そうだ、ナハトに相談してみよう」
すぐにでもナハトに会いたくなった。リュートヤのこと、この家のこと。計画を全部話して協力してもらおう。共犯に。
(ナハトなら、きっと力を貸してくれる。二人で力を合わせれば腐った家をきっと)
拳をぎゅっと握りしめた。居ても立ってもいられず、すぐに家を出た。向かう先はナハトが住む小さな工房。コンコン、と扉を叩くとすぐに「はーい」という優しい声が聞こえた。
「あっ、マジリア!」
扉を開けたナハトはかなり驚いた顔をしたけれど、すぐにいつもの優しい笑顔になった。こういう感情が癒されるのだ。彼の工房にはいつも優しい木の香りが漂っている。
「ナハト、ちょっと話があるんだけど」
顔をまっすぐ見つめて言った。ただならぬ様子を察したのか、ナハトはすぐに真剣な表情に。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
彼を工房の奥にある小さなテーブルに招き、リュートヤのこと、白い結婚のこと。家を没落させたいと思っていることを、一つ一つ丁寧に話した。
悔しくて泣きそうになる。話しているうちに抑えていた怒りや悲しみがこみ上げてきて、声が震えてしまう。ナハトは言葉を黙って聞いていてくれた。時折、心配そうな表情を浮かべながら。
「それで、ナハトに協力してほしいの。私一人じゃどうすればいいかわからない。だからお願い」
彼に頭を下げた。
「マジリア……顔を上げてくれ」
優しく肩に手を置いた。温かさに、少し心が安らいだ。人というのはこうでなくては。
「君がそんなに辛い思いをしていたなんて知らなかった。もちろん、協力するよ。僕にできることなら何でも言ってくれ」
思わず涙が溢れそうになった。
「ありがとう、ナハト……!」
「ううん。僕はずっと、マジリアの力になりたかったんだ」
照れたように笑った笑顔を見ていたら、なんだか希望が湧いてきた。胸がときめく。
「実はねいくつか考えていることがあるんだけど。リュートヤの家の事業のこととか経済の動きとか……」
前世の知識を頼りにリュートヤの家を揺るがすための計画を話し始めた。完璧なものを。現代知識を男にお見舞いしてあげようではないか。
ふふ、と笑う。ナハトは真剣な眼差しで話に耳を傾け時折、鋭い質問やアイデアを出してくれた。二人で話しているうちに具体的な計画が少しずつ形になってきた。二人で話すと具体性が増す。
「リュートヤの家の事業の弱いところを探る必要があるね」
ナハトが真剣な表情で提案。
「うん。それから少しずつお金の流れを滞らせる」
にっこりと冷たい笑みを浮かべた。なにがなんでも追い詰めるべし。
「静かに進行する経済戦争だね」
難しい言葉を使って言ったけれど内容は真剣そのもの。
「そう。最後に一気に崩れ落ちるのを見る」
窓の外の明るい日差しを見つめながら決めたのだ。これまで感じたことのない冷たい決心。やり遂げてみせよう。
「情報収集から始めよう。僕にもツテがある。マジリアも何か気づいたことがあれば教えてくれ」
心強く頷いた。共犯にさせてしまうけれどね。
「私もできる限りのことをする」
こうしてマリジアとナハトの、リュートヤの家を没落させるための秘密の計画が始まった。お互いの目には復讐の炎が燃え上がっていた。人をバカにした人たちに報いを。
情報収集は意外なほどスムーズに進んだ。リュートヤは愛人の屋敷に入り浸ることが多く、家のことにはほとんど関心がないようだった。
使用人たちも主の放蕩ぶりに呆れ果てており、協力的な者もいた。そこらへんに関して、夫は彼らをどうにもできなかったのだな。
「奥様、旦那様は最近、新しい事業に手を出されたようですがどうもうまくいっていないようで……困ったことに」
ある日、屋敷の古株のメイドがこっそりと耳打ちしてくる。人心把握というのは当主としてのスキルのはず。彼女の言葉に胸が高鳴った。信じるのは裏付けのあと。
「詳しく教えていただけますか?」
メイドから注意深く話を聞き出した。リュートヤが始めた新しい事業は流行のアイテム、魔法アイテムの販売だったのだが、質が悪く評判は最低だったらしい。
しかも、多額のお金を投資しているという。無駄金。
(やっぱり、ろくに考えもせずに飛びついたのか。アホだ)
内心で嘲笑した。現代の知識があれば流行なんてすぐに廃れることがわかるので、特に。才能が皆無なのだな。
一方、ナハトも彼の繋がりを使いリュートヤの家の財政状況を探ってくれていた。
「マジリア、大変なことがわかったんだ。リュートヤの家は表向きは裕福に見えるけど、実は多額の借金を抱えているらしい」
ナハトの報告に目を丸くした。
「また?借金?どうして?」
「以前の投資の失敗や現在の贅沢な暮らしのせいだろう。銀行からの信用もかなり落ちているみたいだ」
確信した。然もありなん。これは好機だ。
「ナハト、私たちの行動を加速させよう」
「具体的には、どうするつもりだ?」
ナハトが尋ねた。
「リュートヤが手を出している新しい事業の悪い噂を広める。外にも中にももっともっとさらに広める。質の悪さや詐欺まがいの販売方法を、人の口から口へと広げていく。それから」
耳打ちしながら次の計画を伝えた。慎重でありながらも確実な一手。数日後、街の噂は一変。
「リュートヤ卿の新しい魔法アイテムは粗悪品だ」
「騙された人が続出しているらしい」
「破産寸前だ」
そんな噂があっという間に広まっていった。リュートヤは表向きは平静を装っていたが、明らかに焦っていた。
「どうしてだっ!」
毎晩のように社交場や取引先を駆けずり回り、事態の収拾を図ろうとしていたのだが。
「くそ!どうすれば……」
一度失った信用は簡単には取り戻せない。
「精々まな板の魚として、ぴちぴち跳ねておけばいい」
そんな中、密かにナハトと連絡を取り合い、次の段階へと進んでいた。最終目標はリュートヤの家の本邸を、市場の価値以下で手に入れること。
「準備はいい?」
満月の夜、ナハトに念話で問いかけた。電話がわりだが便利なのだ。
「ああ、いつでも」
確信に満ちた声が心に響いた。いよいよ、長きにわたる秘密の戦いが最終段階を迎える。
「いよいよ。気を抜かないでやらなきゃ」
高い窓から街の夜景を見下ろしながら冷たい微笑を浮かべた。あの男の絶望を見られるのかと。
(さようなら、リュートヤ。あなたの執着と無分別が破滅させるんだよ?)
市場にはリュートヤ卿の家の財政難の噂が広まり、彼の持つ不動産の価値は、みるみるうちに下落していった。特に最近多額のお金を投資した本邸は壮大な外観とは裏腹に、買い手がつかない状態らしい。
「今がチャンスだ」
ナハトは言った。彼の目は冷たい炎がある。妻を蔑ろにする男に怒っているらしい。仲介人を通してリュートヤの邸宅に買い付けの申し入れをした。
相手は予期せず現れた大口の買い手に藁にもすがる思いだったのだろう。当初の価格よりも大幅に低い金額で、取引は成立した。
知らせを聞いた時、長らく感じていた緊張から解放され静かに息を吐いた。簡単に譲ってきたなと呆れる。
「終わったね」
ナハトは優しく頷いた。
「ああ、マジリア。君の計画通りに」
数日後、正式にリュートヤの邸宅の新しい所有者となった。広大な庭園、数多くの部屋。リュートヤが愛人と楽しんでいたであろう豪華な内装。
全てが今やマリジアのものだ。邸宅の一室で一人静かに街を見下ろしていた。遠くにはリュートヤの人影が見える。
「ふふ。あの顔笑える」
まだ事態を把握できていないのだろうか。以前の生活を送っているようだった。間もなく彼は全てを失うことになるだろう。
財産、地位、彼の愛しい女性さえ。忠実な使用人達も。数少ない忠実な使用人を通して愛人の存在を知ることができたし。
詐欺的な方法で彼の財産を奪っていた証拠を公衆に暴露したからだ。ニュースは街を駆け巡り、リュートヤの評判は地に落ちた。
裕福な後援者として頼っていた愛人も、あっさりと彼の元を去っていった。全てを失ったリュートヤは憔悴しきった様子で自分の邸宅へ。今はマリジアの家になった場所を訪れた。
「マジリア……これは一体どういうことだ?」
彼の声は希望と絶望が入り混じっていた。どういうことって見たまんまだ。冷たい目で見下ろした。
「あなたが私にしたことよ。それをあなたに質と量を上げて、お返ししただけ。買うことは正当なもので法律も犯してないし」
リュートヤは言葉を失った。
「なにが起きてる?」
顔は笑えるので困る。顔はチョークのように白かった。
「君は……一体、何がしたいんだ?」
弱々しい声で尋ねた。
「え?質問?私の邪魔をしないで静かに消えてちょうだい。ほら、なにがしたいか言ってあげたよ」
最後の希望を打ち砕くように冷たい口調で言い放った。
「なっ」
リュートヤはしばらくの間、そこに立ち尽くしていたが。
「そんな、ことって」
やがて重い足取りで扉から去っていった。
背中は以前の傲慢さはなく、孤独と敗北を物語っている。完全に姿を消したのを見届けてから、窓辺を離れた。
「はぁ、襲われなくてよかった」
心には空虚感とともに満足感が残っていた。
「終わったんだね、本当に」
背後からナハトの優しい声が聞こえた。肩にそっと手を置く。
「うん。あなたの協力なしに成し遂げられなかった」
温かさで静かに微笑んだ。戦いは終わった。離婚届も無事、受理されたので何のつながりもなくなった。
これから始まるのは破壊された家の跡に、新しい生活を築き上げていくことだ。愛しい目の前にいるこの人と共に。




