15 カビ臭いと捨てられた私が魔力文明を握るまでキノコオタクへの屈辱は許されない。破産? 貴方方は既に破産してます。救済して差し上げているのですよ。
婚約破棄
王立学園の卒業パーティー。公爵令息ロディオンの冷たい声がホールに響き渡った。
「リゼラレル・ハイドン。婚約を破棄するので忘れるな」
手に持っていたキノコ栽培の論文の束を、静かにテーブルに置いた。やはりこの展開になったか。前世の記憶を持つ、元日本の菌類学者。世界の錬金術と菌類学を結びつけ、地道な研究を続けてきた。
「理由はわかっているな? 貴様はあまりにも地味すぎる。王都の貴族が求めるのは華々しい輝きだ」
ロディオンの隣には宝石商の娘であるアリーシャが、キラキラと輝く豪華なティアラを載せて立っていた。目が痛い。
「リゼラレル〜様。ごめんなさい。でも、ロディオン様はカビ臭い研究室ではなく、私のような光を放つ宝石に囲まれているべきですって言ってましてよ?」
研究を心底見下した目で見る。ロディオンは続けた。
「研究しているものは何だ? 毒キノコか? カビだらけの土か? 王国の威信は土いじりではなく、アリーシャが扱うような高価な宝石、光り輝く高性能な魔道具によって守られるべきなのだ」
最も軽蔑しているのは研究の対象、すなわちキノコそのもの。
「キノコが将来的に王国の魔力供給の根幹を担うとは、夢にも思わないのでしょうね」
諦めて婚約破棄を受け入れた。
「承知いたしました。私個人の研究成果と研究に用いた全ての菌床は財産として持ち出すことを許可してください」
ロディオンは蔑むように鼻で笑った。
「あんなものいるか。カビの塊などくれてやる。さっさと王都から消えろ、キノコオタク女!」
王都から離れた技術者の集落である古炉の里へ追放された。
古炉の里は良質な土器を作る職人はいるものの、資源が乏しく魔道具の燃料となる魔晶石の採掘量も激減している寂れた辺境。
(最高の研究環境)
王都の冷遇とは裏腹に心は高揚した。研究は土いじりで終わったが、ここでは誰もが技術と知識を尊重してくれる。この里で土器職人と出会った。土器を焼く燃料として特殊な樹の皮を使っている。
すぐにピンときた。樹皮の成分こそ研究していた、魔力伝導率を劇的に上げる特殊な菌糸体の培地に最適な素材だったのだ。
「魔晶石に頼らず、魔力を高速で充填できる高速チャージ菌が作れる!」
知識と里の伝統的な土器技術を融合させた。樹皮を最適な配合で混ぜて土器を作る。土器の中で開発した特殊な菌糸体を培養する。
培養された菌糸体は生きた電池のように魔力を吸い取り、従来の魔晶石の十倍の速度で魔道具に魔力をチャージできる生体電池となった。原料となる樹皮は里で大量に手に手入るため、製造コストは王都の高価な魔晶石の数十分の一で済んだ。
新しい商会を立ち上げた。キノコの魔力工房とつける。リゼラレルが作り出す高性能で安価な菌床は瞬く間に辺境の職人たちの間で人気になった。
辺境で成功を収めている頃、王都では深刻な事態が進行していた。魔力電池の基盤である魔晶石の主要な採掘場が、資源枯渇により次々と閉鎖したのだ。
王都の貴族たちは魔晶石の価格が高騰しても代替品がないため、買い続けるしかなかった。ロディオンの公爵家が経営する高速飛行魔道具を製造する会社は、大打撃を受ける。
公爵家は魔晶石を大量に消費する、王国の主力魔導戦艦の製造を担っていた。素材不足と価格高騰で製造はストップ。
「ロディオン様! 戦艦の建造が止まっています! 飛行魔道具も充電に一週間かかります!軍事バランスが崩壊します!」
ロディオンの父親である公爵が血相を変えて叫んだ。アリーシャに縋りく。
「アリーシャ! 君の家の宝石を魔晶石の代替品として使えないか!?」
首を振った。
「無理ですわ、ロディオン様。宝石は魔力を蓄えられますがチャージ速度が遅すぎるのです。宝石を砕いて電池にするなんて非効率的ですわ」
華やかで高価なものこそが価値だと信じていたため、地味だが安価で高性能な代替技術を探す努力を一切しなかったのだ。王国の軍事力と経済は魔晶石の枯渇により、急速に衰退していった。
数ヶ月後。ロディオンは国王の命令を受け特使として古炉の里へ派遣された。目的はただ一つ。里で魔力を扱う新しい技術が開発されているという噂を聞きつけ、王都に持ち帰ること。
古炉の里に到着したロディオンは発展ぶりに言葉を失う。寂れていた村は賑やかな工業都市へと変貌している。
整然と並ぶ工場からは魔力を高速でチャージした飛行魔道具が次々と飛び立ち、活気に満ちている。全ての建物の屋根にはキノコの紋章が掲げられていた。
ロディオンは村の中心にある巨大な商会、キノコの魔力工房へと案内される。応接室で一人の女性が待っていた。
洗練された服を纏い、威厳に満ちた姿。隣にはリゼラレルの研究を理解し、共に商会を立ち上げた優秀な職人たちが控えている。
「リゼラレル! 君だったのか!」
昔の婚約者の、あまりの変わりように驚愕した。冷たい目で彼を見つめる。
「元公爵令息のロディオン様。辺境の地に何の御用でしょうか。ここは貴方がカビの塊と蔑んだものが生み出した場所です」
プライドを必死で飲み込んだ喉が鳴る。
「た、頼む、リゼラレル。技術を王都に提供してくれ。王国の魔力供給が途絶し、公爵家は破滅寸前だ! 君の魔力チャージ菌がなければ我々は終わりなんだ」
机の上に見事な青い光を放つ魔晶石を一つ置いた。
「高価な素材でなければ魔力はチャージできない。貴方はそう信じていましたね」
次に、自社の超高速チャージ菌床をロディオンの前に置いた。土器の中でキノコの菌糸がびっしり生えている、見た目は地味なもの。
「カビ臭いと侮辱したものです。王都の未来を握っているらしいですね」
リゼラレルは優雅に紅茶を飲みながら、ロディオンに使者としての契約条件を突きつけた。
「ロディオン様。公爵家は私を侮辱し、研究をゴミだと決めつけました。代償として貴方個人と、貴方の公爵家の持つ全ての魔道具工場の経営権と特許を、キノコの魔力工房に譲渡していただきます。こんなところでしょうかね?」
ロディオンは顔面蒼白になった。
「な、は?なにを言っている! 経営権を渡せば公爵家は完全に破産する!」
「破産? 貴方方は既に破産してます。救済して差し上げているのですよ。貴方の新しい婚約者だったアリーシャ嬢の宝石商の家も魔道具産業が立ち行かなくなった今、需要は激減するでしょうし」
とどめを刺す。
「もう一つ。貴方には里でキノコ栽培の技術者として働いていただきます。嫌悪したカビ臭い場所で命を繋ぐことになります」
「え?私が……キノコを育てろと!?」
「ええ。一生をかけてキノコこそが王国の未来を支える真の輝きであることを、その手で理解していただくのです」
ロディオンは屈辱と絶望に打ちひしがれた。しかし、選択肢がない。契約を結ばなければ公爵家も彼自身の命も危うくなる。震える手で契約書にサインをした。
契約後、ロディオンの公爵家が所有していた全ての魔道具工場は、キノコの魔力工房の傘下に入る。笑顔が濃くなった。
リゼラレルの技術と経営手腕により王国の魔道具産業は劇的に改善し、生産量は以前の何倍にも増加。王都の貴族たちはキノコオタクと蔑んだが、今では魔力の女王と崇めるようになった。
一方、ロディオンは古炉の里の郊外にある、キノコの栽培棟で働いていた。華やかな貴族服ではなく、カビと泥にまみれた作業着を着ている。毎日、自分が最も馬鹿にしたキノコの世話をしている。ので、栽培棟を訪れてみた。
「今日の菌床の出来はどう?」
「え、あ、はい。あの、リゼラレル様。キノコの菌糸体が、本当に魔力を吸い込む仕組みが少しずつですが、理解できるようになりました」
「おお!」
ロディオンは悔しさよりも初めて知る知識への驚きを感じていた。リゼラレルは菌床を優しく撫でる。
「そう。地味な菌糸体こそ世界の未来。高価で希少な魔晶石ではなく、誰でも作れる命の力……土と向き合いなさい。あなたが捨てたものの中にこそ、真の価値があるのだから」
ロディオンはリゼラレルを見返すことができなかった。自分が一生かかっても手に入れられない、真の知識と力をカビのある研究室で捨てたのだから。
男は目の前の菌床に水をやった。新しい人生はキノコの世話係として、今、始まったのだろう。顔がずっと生き生きしているのを見ていると、これはこれでよかったのだなと白衣を揺らした。




