第5話:不沈の伝説 ―ゴールデンタイムを越えて―
アトランティス号の最後が来たッ!! 船体は垂直に立ち上がり、巨大な鉄の墓標となって月夜に突き刺さっている。ボイラーの爆発音が深海からの断末魔のように響き、巨大な渦がすべてを飲み込もうと荒れ狂っていたッ!!
救命ボートはすべて海面へ下ろされた。しかし、計算外の事態が起きていたッ! 定員いっぱいの約八十名を送り出すのが限界であり、船体の沈没スピードが予想を遥かに上回るッ!!ボートデッキに辿り着いたおよそ二百名の生存者のうち、どうしても乗り切れなかったおよそ百二十名、沈みゆく船の先端に取り残されていたのだッ!!
「もうだめだ! 最後のボートは行ってしまった!船と一緒に海へ引きずり込まれるんだ!」
「神よ……救いは、救いはないのですかッ!?」
絶望が支配する垂直の甲板ッ! だが、そこに「肉体の不沈艦」魁巌が、月光を浴びて仁王立ちしていたッ!!
「神を呼ぶ前に、俺の三頭筋を呼べッ!! 俺の辞書に『見捨てられた過負荷』という言葉など存在せんッ!!」
魁巌は、爆発の衝撃で流れてきた、一辺五十メートルはあろうかという巨大な平型氷山を凝視した。その距離、およそ百メートルッ!!
「あの氷山を……『救命いかだ』にするッ!!」
魁巌は沈みゆく船首の先端に足をかけ、背後に縋る約百二十名の生存者に向かって咆哮したッ!!
「全員ッ!! 俺の広背筋にしがみつけッ!! 皮膚を突き破るつもりで、死に物狂いで掴まっていろォォォッ!!!」
約百二十名の重圧が、魁の肉体にのしかかるッ! 合計数トンの生きた荷重! だが、彼の脊柱起立筋は地球の地殻をも支える鋼の支柱と化したッ!! 船体が完全に没する一瞬前、魁の太腿が超高圧のエネルギーで爆発したッ!!
「マッスル・スーパー・ダイブッ!!!」
魁は百二十名を背負ったまま、沈みゆく船の下降気流を「脚力」だけで蹴り飛ばし、夜空に向かって放物線を描いたッ!! 物理法則を嘲笑う巨大な影が、月を横切るッ!! そして、全重量を抱えたまま、狙い違わず巨大氷山の上へと着地したのだッ!!
ドォォォォォンッ!!
衝撃を完璧なフルスクワットで吸収した魁巌は、すぐさま生存者たちに命じた。
「俺を囲めッ!! 筋肉の熱を、細胞のひとつひとつに刻み込めッ!!!」
北大西洋の深夜、気温は氷点下。濡れた体でこの氷の上にいれば、数分で凍死する。だが、魁巌は氷山の中央で、最強の筋収縮ポーズ「モスト・マキュラー」を完成させたッ!!
「ハァァァァァッ!! 全・細胞・加熱ッ!!」
全筋肉繊維を同時に最大収縮させることにより、体内の代謝率を通常の数万倍にブーストッ!! 彼の肉体は、自らの血流を「過熱蒸気」へと変え、摂氏二百度を超える「生体熱核ストーブ」へと変貌したのだッ!!
魁の皮膚から放射される強烈な赤外線と熱気が、極寒の空気を書き換え、氷山の上に直径十メートルの「真夏のドーム」を作り出すッ!! 迫りくる死の寒波を、魁の筋肉が放つ熱波がすべて弾き飛ばすッ!! 約百二十名の生存者たちは、魁の熱気で乾いていく衣服の温もりに包まれ、奇跡的に体温を維持したのであるッ!!
翌朝。救助船『カーパシア号』が現場海域に到着したとき、乗組員たちは水平線に浮かぶ「ありえない光景」を目にしたッ!! 海面に浮かぶ氷山の上が、そこだけ「陽炎」のように激しく揺らめいているのだ。
「な、なんだあの熱気は……!? 氷山の中央が熱で深く陥没し、露天風呂のようになっているぞッ!?」
救助隊が氷山に上陸し、生存者たちを保護しようとした、その瞬間だったッ!!
「フンッ!!」
静止していた魁巌の眼光が開かれた刹那、彼の皮膚表面で結晶化していた「超高温の塩分とミネラルの鎧」が、内側からの筋膨張によって粉々に弾け飛んだッ!! それは凍った氷などではない。一晩中、沸騰し続けた汗が魁の熱圧によって精製された「純白の結晶」が、衝撃波となって散ったのだッ!!
「……ッ!? 熱いッ! 近づけないぞ、この男ッ!!」
救助隊員が顔を背けるほどの熱。その中心で、魁巌は湯気を上げながら自力で立ち上がった。
「遅いぞ救助隊……。八時間一セット、完遂だッ!!!」
魁巌は、約百二十名の生存者が無事に救助船へ運ばれるのを見届けると、自らも船へ飛び乗った。彼の足跡からは、鋼鉄の甲板が熱を帯びて微かに白煙を上げている。
「おいッ!! 至急、鶏胸肉を十キロ用意しろッ!! プロテインのゴールデンタイムが過ぎてしまったではないかッ!! 筋肉が……俺の筋肉が栄養を叫んでいるッ!! 急げェェェッ!!」
アトランティス号の全生存者。そのすべてが、一人の男の「筋肉」によって救われた。 物理学は敗北し、理屈は熱気に蒸発した。 この日、歴史に刻まれたのは、一人の男が筋肉だけで絶望を粉砕し、運命をねじ伏せた、全人類未踏の伝説であった。
(あと少しだけ終わらないッ!!番外編へ続くッ!!)




