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第3話:深淵を繋ぐ腕 ―アルティメット・ローイング―

「船が……船が真っ二つに割れるぞォォォッ!!」


  絶叫が、暗黒の北大西洋に響き渡るッ!! アトランティス号の心臓部、中央デッキが凄まじい轟音とともに「く」の字に折れ曲がったッ!!


 数万トンの鋼鉄が、巨大な氷の刃に触れたガラスのように砕け、断絶していくッ! 船内のボイラーが次々と爆発し、吹き上がる噴煙は夜空を黒く塗りつぶした。避難通路は無残にも引き裂かれ、生存者たちの目の前には、幅およそ十五メートル、深さ三十メートルに及ぶ、死の深淵が口を開けたのだッ!!


 向こう岸には、最後の救助活動が行われているボートデッキが見える。だが、そこへ至る道は完全に消失したッ! 人間に十五メートル(世界記録の約二倍)を跳躍することなど不可能ッ! 飛び乗る足場すら、荒れ狂う海水に飲み込まれていくッ!!


「もうだめだ……神よ、我らを見捨てたのかッ!!」


 約二百名の乗客たちが、絶望のあまり冷たい甲板に泣き崩れた、その瞬間だったッ!!


「神を呼ぶ前に、俺の三頭筋を呼べッ!!」


 魁巌さきがけ いわおが、暗雲を切り裂く雷鳴のような咆哮とともに現れたッ!! 彼は、船体の断裂によって引きちぎられ、猛烈な勢いで虚空に舞う『直径二十センチを超える係留用鋼鉄ワイヤー』を、素手で掴み取ったッ!!


 その直後、魁を未曾有の危機が襲うッ!! 沈下する船体の重量バランスが崩れ、魁の立つ側と対岸の船体が、凄まじい引力で反対方向へと引き裂かれ始めたのだッ!! ワイヤーに繋がれた魁の肉体に、『数万トンの船体同士が離れようとするエネルギー』がダイレクトに叩き込まれるッ!!


「グ、オォォォォォォッ!!!」


 魁の全細胞が、かつてないほどの激震に晒されたッ!! もし、この肉体が並の人間であったなら……いや、世界レベルのビルダーであっても、魁巌ほどの密度バルクがなければ、一瞬だ。一瞬で、魁巌という存在は、両端から引かれる糸のように中央から弾け、細胞レベルで霧散していただろうッ!!


 筋肉がなければ、即死ッ!! 骨格が筋肉の鎧によってミリ単位で補強されていなければ、瞬時に粉塵と化していたに違いないッ!!


「……フ、フフ……ハハハハッ!! 最高の……最高の収縮感スクイーズだッ!! これだ、これを待っていたッ!! 地球が俺の背中に挑んできているぞォォッ!!」


 魁巌は、死の瀬戸際で狂喜の笑みを浮かべたッ!! 彼は右腕にワイヤーを幾重にも巻き付け、左手で手前側の主柱を掴んだ。そして、対岸のデッキに残された巨大な鉄塔に向かって、己の広背筋を……爆発させたッ!!


「とどけェェッ!! 俺の広背筋はねェェェェッ!! 大陸間弾道引力アルティメット・ローイングッ!!! 限界リミットを殺せェェッ!!」


 魁は、離れゆく二つの船体を引き寄せるため、広背筋・大円筋・菱形筋という「背中の筋肉群」を、全宇宙で最も激しく収縮させたッ!!


  ギチギチギチィィッ!!


 食い込むワイヤーが皮膚を割り、血の混じった汗が火花のように噴き出すッ! しかし、魁の筋肉は鋼鉄の鎖をも嘲笑うッ!!


 信じ難い光景が起きた。数万トンの鉄塊である巨大な船体同士が、魁の腕力という架け橋を介して、磁石のように再び引き寄せられ始めたのだッ!!


「効くッ!! 効くぞォォォッ!! この負荷ウェイト、まさに地球規模ォォッ!! 十レップ(十回)もできぬのが口惜しいわッ!!」


 ドォォォォォンッ!!


 世界を揺るがす激突音とともに、離れていた船体同士が魁の引力によって再接合ッ!! 十五メートルの亀裂が消滅し、一瞬だけ「奇跡の鋼鉄道」が再生されたッ!!


「今のうちに行けェッ!! 俺が……俺の広背筋が、この船を繋ぎ止めているうちにッ!! 止まれば俺のセットが無駄になるぞォォッ!!」


 魁は、自らの肉体を一万トンのボルトへと変え、船を引き寄せ続けた。乗客たちがその筋肉の接合部を全力で駆け抜けていく。魁の背中の筋肉は、あまりの過負荷に赤熱し、降り注ぐ雨を瞬時に沸騰、爆発的な蒸気スチームを上げ続けていたッ!!


 最後の一人が渡り切ったとき、魁巌の筋肉はかつてないほどのパンプアップを遂げ、もはや人間としての解剖図を無視した「未知の生命体」の如きサイズへ膨れ上がっていたッ!!


「ふぅ……。最高のセットだった。……さあ、インターバルは終わりだ。まだ、救うべき重量ウェイトが残っているッ!!」


 魁巌。彼は今、物理法則の頂点を筋肉で踏み越えたのであるッ!!


(第4話へ続くッ!!)

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