第2話:鋼鉄の死線 ―デッドリフト・隔壁―
「船が沈むぞッ!!」
「救命胴衣を確保しろッ!!」
アトランティス号の船内は、もはや理性が蒸発し、原始的な恐怖だけが支配する狂乱の檻と化していたッ!! 傾斜していく豪華な廊下。至るところで爆発する配電盤。氷点下の海水が、無慈悲に客室へと流れ込んでいくッ!!
だが、その絶望の濁流を真っ向から押し止める「肉の防波堤」があったッ!! 魁巌であるッ!! 彼は爆散したタキシードの残骸を払い落とし、パンツ一枚という、あらゆる物理抵抗を排除した「真の戦闘正装」で、最も浸水が激しい下層階、三等客室エリアへと突き進んでいたッ!!
「どけェッ!! 脂肪を蓄えた足取りでは、死神の鎌からは逃げられんぞッ!! 筋肉を信じろ、そして道をあけろッ!!」
魁が廊下を走るたび、彼の巨大な大腿四頭筋が炸裂音を立てて収縮し、鋼鉄の床に深い足跡を刻みつけるッ!! その振動だけで、パニックに陥った人々が一瞬動きを止めるほどの威圧感だッ!!
辿り着いたのは、出口へと続くメイン通路を阻む巨大な防水隔壁の前だった。そこには、浸水による猛烈な水圧と、船体の歪みによって完全にロックされた、厚さ三十センチを超える鋼鉄扉が、およそ五十名の逃げ遅れた乗客たちを閉じ込めているッ!!
「だめだ、びくともしない! 斧もバールも、この扉の前では爪楊枝も同然だ!」
乗組員が絶望に膝をつき、嗚咽を漏らす。海水はすでに彼らの腰の高さまで迫り、死の冷気が足元から体温を奪っていく。
「……フンッ。良い重量だ。ジムの安物のマシンでは、これほどの純粋な抵抗は得られんッ!!」
魁巌はその巨躯を扉の前に突き立てたッ!! 指先を扉のわずかな隙間にねじ込むッ!! 指先の第一関節までもが個別の石造りのように硬直し、鋼鉄に食い込んでいくッ!! 彼の脳内では、解剖学的な筋出力のシミュレーションが瞬時に完了したッ!!
「ハァァァァッ!! ネガティブ動作は意識せんッ!! ポジティブあるのみッ!! 全・力・収・縮ッ!!」
魁の僧帽筋が山脈のように盛り上がり、大腿四頭筋が爆発的に充血するッ!!
ミ、ミミ、ギギギギィィィッ!!
鋼鉄が、人類の筋力に対して初めて「恐怖」を抱いた瞬間だったッ!! 魁の腕力という名の超高圧油圧ジャッキが、数トンの水圧を真正面から粉砕し始めたのだッ!!
「グ、オォォォォッ!! 効くッ!! 広背筋の深層部に……ガツンと効くぞォォッ!! 最高のドロップセットだッ!!」
魁の皮膚からは、沸騰した汗が白煙となって噴き出し、周囲の視界を真っ白に染め上げるッ!! だが、その霧の中から放たれる彼の眼光は、決して消えることはないッ!!
ドガァァァァァンッ!!
ついに、数トンの水圧と船体の歪みによって固着していた巨大な扉が、魁の筋出力に屈し、紙屑のように引きちぎられたッ!!
だが、まだ終わらないッ!! 船体は常に歪み続けており、扉を支え続けなければ、すぐに閉じて生存者を押し潰してしまうッ!! 魁は、ひしゃげた鋼鉄扉の間に自らの「上腕三頭筋」と「前鋸筋」を、直接ねじ込んだッ!!
「俺の肉体を『楔』にしろッ!! 筋肉が扉を繋ぎ止めているうちに、一秒でも早く駆け抜けろォォッ!! 止まるな、筋肉の熱を感じて走れッ!!」
逃げ遅れた乗客たちが、魁の筋肉という名の「生命の門」の下を、涙を流しながら駆け抜けていくッ!! 魁の肉体には、歪んだ鋼鉄が数トンの力で食い込み、凄まじい圧力が骨を軋ませているッ!! しかし、彼の広背筋は一ミリの沈み込みも、一瞬の揺らぎも許さないッ!!
「……一人、二人、……ふむ、良いインターバルだ。この『等尺性収縮』こそが、俺をさらなるバルクの高みへと導くッ!!」
最後の一人が通り抜けるまで、魁巌は岩のように動じなかった。 彼にとって、この地獄の浸水は、究極のパンプアップをもたらす「最高級のパーソナルトレーニング」に過ぎなかったのであるッ!!
「さあ、次だッ!! 北大西洋の負荷は、まだまだこんなものではあるまいッ!!」
魁巌の咆哮が、沈みゆく船の深淵で、死神の鎌を真っ向から叩き折ったのだッ!!
(第3話へ続くッ!!)




