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いっとうしあわせ

作者: ZIB
掲載日:2025/10/04




うちの屋敷は広かった。竹林や山も屋敷の近くにあり、我が家の敷地内だった。ただいつからか、竹林の中に一人の浮浪者がいつしか住み着いていたように思う。

もう記憶もおぼろげだが、学校に行くにはその竹林を通らなければならず、幼いなりに不気味に思っていたものだった。

母に、男がはやくいなくなってほしいと愚痴を言うと


「おやめなさい、人のことを悪く言うのはいけないことですよ」


と窘められた。


浮浪者は男で、足が悪いようだった。

涼しい夏の日。学校から帰る途中で男を見た。男は自分の腕を枕にして地面に横になっており、どうしたんだろうと思わず話しかけてしまったこともある。

男は蚊に刺されたんだと言った。

言われるまで気づかなかったが、枕にしていた腕はたいそう膨れていた。蚊に刺されたのはその腕なのか聞いたらそうだと言う。男曰く、もうすぐ妻がここに来て、妻のところに行くことになっているから、そうしたらこんなものはどうとでもなっているという。

幼いながらにそうなんだと納得し、はやく奥さんが来るといいねとこぼしたら、いつかきっともう大丈夫になっているさと何でもないように言っていた。そうして僕は家に帰った。


翌朝、男は居なくなっていた。

奥さんが迎えに来たんだなと僕は思った。



─────────



わたくしの家にはたくさんの使用人がおりました。

その中でも容姿は悪いものの、足の早い男がおりまして、私の父や夫は男を使いに出していたのです。

今のようなゆうびん?ですか?それがない時代でございますから、当時は使いを出すことが当たり前でしたの。

民草の間ではとうにあったものだとも伺っておりますけども、わたくしはお友達も近くにおりましたから、隣国程度なら使いで十分でしたのよ。


そうしたら男が事故にあってうちもゆうびんとやらを使うことになったのですが、他の方の贈り物とまざるものだから、とっても時間がかかるのね。

けゑこちゃんへのお手紙も倍かかるようになってしまって。あらごめんなさい、そうね、話がそれてしまいました。


それでね、使いは仕事ができなくなったから庭師にでもしようと父が申したのだそうだけれど、奥様が同じ位に亡くなられてしまわれたそうなの。

だから気がね、もうダメになってしまったみたいで。


赤子もいたのにその世話も何もできなかったそうなの。

わたくし、その赤ちゃんを見たのだけれど、奥様はとっても美人だったのね。とても可愛らしくて引き取ることにしたのよ。

使いにそのことを伝えたら驚くほど感謝されたわ。


「そいつには、いっとうしあわせになってほしいんです。」


って。自分ではもう面倒見れないからって。そんなに気にすることでもないのにボロボロ泣いていたの。わたくし男の方があれほど泣くのを初めて見ましたのよ。

私はその時乳母に自分の子を預けていたから、一緒に育ててもらったの。だから心配せずともいいのよと言ってあげたわ。


その後はわたくしもあまり関わらなかったから伝え聞いた話になってしまうのだけれど、裏庭のお仕事を任せていたけど蚊に刺されて病気になってしまったのですって。そのまま住んでても良かったのに、移すといけないからって使用人棟からも出てしまったのだそうよ。


しばらく裏庭に居たみたいだけれど、夫は追い出さなかったわ。先が長くないからって。


それで…え、幸一が?やだぁあの子ったらまたうちの子のお勉強やってしまったの?

だめよぉ自分のなんだからやらせなさいといつも言っているのに。もうすぐ成人なのに変にお兄ちゃんぶるんだから。

いいわ、あの子達のところに行くついでにお菓子でも持っていってあげましょう。

ごめんなさいね、これでお暇させていただくわ。

それではね。

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