第7話 話が通じた、次は公会だ
一晩の野営を終えて、
俺たち三人は街へ向かう小道の脇に座り、
これから話す内容を確認していた。
異世界から来たなんてバレたら……
たぶん、面倒なことになるよな。
「だから、
俺たちは田舎から来た世間知らずって
設定で。」
「……うん。」
「村の名前?さあ……
昔からただの"村"って呼んでたし、
正式な名前とか聞いたことないよ。」
「この街では、とにかく働いて、
お金を貯めたいんだ。」
「俺たちは幼なじみで、
同い年ってことにしてるけど……
まあ、バレないよな?」
嘘にちょっとだけ本当を混ぜるほうが、
逆に信じてもらえるんだよな。
――あっちの六人、
今ごろどうしてるかな。
身分証も金も食料もなく、
そのまま街に突っ込んで……
本当に大丈夫か?
「とりあえず、
魔石とイノシシの牙、
ウサギの肉を売って物資を
手に入れよう。」
「……たぶん、 冒険者ギルドなら
買い取ってくれると思う。」
「うまくいくといいな……
情報と物資を持って帰らないと。」
他に売れそうなもの……
制服……スマホ……
いやいや、それは絶対ダメだろ。
制服はともかく、
スマホなんて出したら
大騒ぎになるに決まってる。
「……準備は万端、って感じだね。」
「ああ、そろそろ行こう。
あとは……運を祈るだけ。」
俺たちは立ち上がり、
簡単な道を歩き始めた。
道って言っても、
人や馬車が何度も通ってできた
ただの踏み固められた小道だ。
舗装なんてされてなくて、
小さな石ころがゴロゴロしてる。
しばらく歩いていると、
遠くに見える城門が、
ようやく
米粒くらいの大きさになってきた。
その時、前方に人影が現れる。
荷物を積んだ馬車――
たぶん、街へ向かう商人だろう。
その時、
晶がふと眼鏡を外し懐にしまい込んだ。
「……よく見えなくなるけど、保険だね。
とりあえず仕舞っておく。」
……目立つものは少しでも減らしたい、
ってことか。
まあ、正しい判断だろう。
……異世界で初めての住人との接触。
無意識に、手のひらが汗ばんでいた。
……俺、
就活の面接でもこんな汗かいたっけ。
『すみませーん、
ちょっと道をお聞きしても
いいですかー!?』
俺は大きく手を振りながら、
できるだけ明るく声をかけた。
ガラガラ……キィィィ。
馬車がゆっくり近づいてきて、
俺たちの前で止まった。
「ん……?どうしたんだ?」
助かった、通じた……!
晶が言ってたとおり、
異世界転移特典ってやつか?
「あ、あの……俺たち、
田舎から来たんですけど、
前にあるあの街の名前と、
入るのにお金がかかるかどうか、
教えてもらえませんか?」
――あらかじめ決めておいた台詞、
間違ってないよな?
「この街はリヴェルガルドって言うんだ。
入るのにお金はいらないよ。
ただ、魔導身分証がないなら、
多少は登録が必要かもしれないね。」
魔導身分証……?
この世界の身分証明書、みたいなものか?
「教えてくれてありがとうございます、
わざわざ止まってもらって、
すみませんでした。」
「君たちみたいに
礼儀正しい子たちは珍しいよ。
すぐにいい仕事が
見つかると思うよ、頑張ってね。」
馬車の御者に別れを告げ、
俺たちは少しホッとしながら、
再び城門へ向かった。
※ ※ ※
「言葉が通じるだけでも、
想像よりかなり助かるね。」
「……うん。
次は、無事に門を通れるかどうかだ。」
「他のみんなも、
あのおじさんみたいに優しい人に
会えてるといいな~。」
門がどんどん近づいてきた。
城壁の高さ……
たぶん二メートルくらいか?
……低っ。
地球だったら小学生でも
よじ登れそうだぞ。
地球だったら、
大人なら普通に登れそうな高さだ。
でも、異世界には
スキルや魔物がいることを考えると、
この壁はたぶん
野生動物とかの侵入防止用なんだろうな。
門の下と壁の上に、
それぞれ一人ずつ衛兵がいて、
のんびり世間話をしている。
「おい……あれも黒髪だぞ。
最近、多いな。」
「!?」
黒髪ってそんなに珍しいのか?
それに、さっきの「また」って何だよ。
まさか、あいつら六人……
もう何かやらかしたのか?
クソッ……
「……落ち着いて。敵意はないよ。」
晶が小声で俺に言う。
確かに、
もし本当に事件が起きてたなら、
衛兵ももっとピリピリしてるはずだ。
「お疲れ様です。
街に入りたいんですが、
どうやって登録すればいいですか?」
俺はできるだけ冷静に声をかけた。
二人の衛兵は顔を見合わせて、
しばらく沈黙する。
「……何か、問題でも?」
俺は静かに聞いた。
「いやいや、大したことじゃないよ。
昨日の夜勤組がさ、
黒髪のガキどもが暴れてさ、
全然言うこと聞かなくて、
口も悪くて、
困ったって話してたんだよ。」
――やっぱり、アイツらか。
「それで……捕まったんですか?」
「ああ、たまたま帰ってきた
冒険者パーティがいてさ、
そいつらが力づくで押さえ込んで、
そのまま俺たちの小隊長が
隊舎に連れていったよ。」
……俺たち召喚者は、
確かに体力も上がってるけど、
この世界の戦士たちには
まだ全然敵わないんだろうな。
「ははっ、それは災難でしたね~。
で、俺たちは入っても大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。
ちょっとだけ質問に答えてもらえれば
OKだよ。」
――助かった。
別に意地悪されるわけじゃなさそうだ。
ちゃんと答えれば、問題なく入れそう。
「君たちはどこから来たの?
リヴェルガルドに何しに来たの?」
――予想通りの質問だ。
「村の名前は知らないんです。
昔から『村』ってだけ呼ばれてて……」
「小さい村で、
自分たちで作物を作って、
隣近所と物々交換して
暮らしてました。」
「だから、街で仕事を探して、
お金を稼ぎたいんです……いいですか?」
「うーん……まあ、いいんじゃない?」
「この街にも、
そういう若い子は多いからね。」
――よし、どうやら大丈夫みたいだ。
俺は心の中で静かに安堵した。
「この街って、
仕事いっぱいありますか?」
「何か名産とか、
美味しいものってあるんですか?」
「……仕事して、美味しいご飯食べて、
きれいな服も買いたいなーって。」
……まったく、嘘ばっかり。
でも、今は安全に生き延びるためだから、
このくらいの嘘は……許してくれ、俺。
少し雑談したあと、
衛兵は適当に手帳に何かを書き込んで、
あっさりと俺たちを通してくれた。
※ ※ ※
「……あの、お兄さん、
イノシシの牙って
どこで売れるんですか?」
晶、ナイス質問。俺、完全に忘れてた。
「あ~君たち、
イノシシの牙も持ってるのか。
田舎から持ってきたのか?」
「そういうのなら、
冒険者ギルドに
持って行った方が早いよ。」
「鍛冶屋は忙しくて、
相手してくれないかもしれないしな。」
「わかりました~!
お兄さんたち、ありがとう!」
「いえいえ、仕事探し、頑張ってな!
冒険者ギルドにも
雑用の依頼とかあるから、
試してみるといいよ!」
――どうやら、
冒険者ギルドが役に立ちそうだ。
情報も得られるかもしれないし、
……よし、まずはギルドに行こう。
俺たちはさらに進み、
第二の城門を目指した。
道の脇には広がる農地、
時折、農夫たちが
汗をかきながら働いているのが見えた。
第二の城門に近づくと、
道沿いの馬車宿には馬車が出入りし、
近くの屋台では、
お茶やお菓子が売られていた。
……けど、今の俺たち、
まだ
この世界のお金を持ってないんだよな。
第二の城門では、衛兵が遠くから
俺たちをじっと見てきたけど、
特に止められることはなく、
そのまま通過することができた。
俺たちの姿を目で追ってくる衛兵に、
一瞬だけ心臓が跳ねたが──
それだけだった。
――でも、このままだと不自然かも。
そう思って、
俺は振り返りながら声をかけた。
「お兄さん、こんにちは。
田舎から仕事探しに来たんですが、
冒険者ギルドってどこにありますか?」
「……この大通りをまっすぐ進むと、
噴水広場がある。
その近くにあるから、
そこで誰かに聞いてごらん。」
「ありがとうございます!」
道順を教えてもらい、
俺たちは再び歩き出す。
噴水広場を目指して。
「……陽太。」
「どうした?」
「……前に焼き鳥屋がある。
……ウサギ肉を売って、
ついでに町の様子も聞いてみよう」
「ちょうど腹減ってたし、
晶、ナイスアイデア~。」
晶の提案に従い、
俺たちは焼き鳥屋に向かった。
「すみません、
ウサギ一羽あるんですが、
買い取ってもらえますか?」
俺は荷物から新鮮なウサギを
取り出して見せる。
「おお、確かに新鮮だな。
昨日仕留めたばかりって感じか。」
「そうです!
おじさんの焼き鳥、
すごくいい匂いだったんで、
このウサギ買い取って、
代わりに焼き鳥を
何本か売ってもらえませんか?」
「いいよ。
このウサギ、1大銀貨で買い取るわ!
焼き鳥は一本1銀貨5大銅貨だよ!」
……ってことは、
焼き鳥一本が1.5銀貨くらいってことか。
ざっと計算すると……
1大銀貨で6本買って、
さらに1銀貨お釣りがくる。
地球換算で、焼き鳥一本150円くらい?
このウサギ、
だいたい1000円相当ってところかな。
……いや、
こういうのって高いのか安いのか、
全然ピンとこない。
「……ありがとうございます。
じゃあ、6本ください。」
晶がウサギを渡し、
俺たちは焼きたてホヤホヤの
焼き鳥6本と、
1枚の銀貨を受け取った。
うん……この世界のお金、
なんとなくわかってきたぞ。
俺たちは焼き鳥を食べながら歩き続けた。
光は嬉しそうに大口でかぶりつく。
……さすが田径部、
体は引き締まってて細い。
一方の晶は、
目を細めながら串を見つめている。
運動量が少ないせいか、
光より少し肉付きがいい。
胸元も……
正直、目を逸らせないくらい目立つ。
双子なのに、こうも差が出るもんか。
「……この世界のお金、十進法っぽいな。」
「じゅっしんほうって何~?」
「店主は言わなかったけど、
大銅貨が5枚あるってことは、
たぶんその下に
普通の銅貨もあるんだよ。」
「ふむふむ、それで?」
「簡単に言うと、
銅貨10枚で大銅貨1枚、
大銅貨10枚で銀貨1枚、
銀貨10枚で大銀貨1枚、
って感じで、
10枚ずつ単位が上がるんだ。」
……算数の授業で
寝てなくてよかったな、マジで。
……つまり、
今俺たちが持ってるのは銀貨1枚だけ。
焼き鳥1本すら買えないじゃん……。
イノシシの牙、
いい値で売れるといいけどな。
※ ※ ※
焼き鳥を食べ終えた頃、
衛兵が言ってた噴水広場が見えてきた。
近くのゴミ箱に串を捨て、
ついでに噴水のそばで
休んでいたおばさんと少し雑談する。
冒険者ギルドはこの近くらしい。
数歩進むと――見えた。
「わあ……あれが冒険者ギルドか。」
「……想像してたのと違う。」
「めっちゃ大きいし、
めっちゃキレイ……!」
確かに二人の言うとおりだった。
冒険者ギルドって、
もっとゴチャゴチャして
汚いイメージだったけど、
目の前の建物は
すごく清潔感があって、
どちらかというと、
役所みたいな雰囲気だった。
……いや、
役所ってより市役所の新館。
異世界感ゼロだな。
俺たち三人は大きな扉の前に立ち、
深呼吸してから、
ゆっくりと扉を押し開けた。
「……じゃあ、行こうか。」
――異世界の冒険者ギルド。
作品を読んでくださっている方から、
初めてのメッセージをいただきました。
たった一言でしたが、
書いてきてよかった、
と素直に思えました。
こうして言葉をかけてもらえることが、
こんなに嬉しいとは
思っていませんでした。
あらためて、ありがとうございます。