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第4話 待つだけじゃ、終わる


―――夜明け、霧が静かに森を包み込む。


こんなに静かなのに、

心のどこかがざわついていた。

今日が、何かを決定的に変える気がして。


「……じゃ、出発しようか。」


陽太は隊列の先頭に立ち、

下着を結び合わせて作った簡易の袋を

背負っていた。


中身は干し肉と水の質素な荷物。

その隣には、静かに付き従う晶と光。


晶は眼鏡を押し上げ、

長い黒髪を耳にかけていた。


光は短い髪を後ろで揺らしながら、

落ち着かない様子で足踏みしている。


さらに――あの問題児たち五人。

佐藤、鈴木、中村、高橋、山本。


そして、枯川圭吾。


ただ立っているだけなのに、

声をかけにくい空気をまとっていた。


眼鏡越しの視線は淡々として、

考えていることが掴めない。



「拠点は任せたよ。」


「大丈夫、君たちこそ……

 必ず生きて帰ってきて。」


翠は唇を噛みしめ、

静かに彼らの背中を見送った。


その瞳には、

不安と心配が色濃く滲んでいた。


いくつもの昼夜を、この森で過ごした。


昨夜、

皆で焚き火を囲みながら、

何度も話し合った。


――このまま拠点に留まるべきか、

それとも、

森を抜けて村や町を探すべきか。


このままじゃ、心も身体も壊れる。


少し意見の食い違いはあったけど――

それでも、現状を打開するために。

俺たちは、

二つのグループに分かれることにした。


遠征組と、留守組。



遠征組は陽太が率い、

光と晶が自ら志願して同行した。


二人の実力があれば、

異世界序盤の危険は越えられる。


……本当の問題は、あの五人組だった。


陽太は最初、

彼らを拠点に残そうと考えていたが、

俺はそれを止めた。


あの連中は完全にコントロール不能。

指示も聞かず、

トラブルを起こしてばかり。


拠点に残せば、

せっかく築いた秩序を壊し、

平和な拠点すらメチャクチャに

されかねない。


彼らと松本翔也の間には、

すでに明確な対立構造ができていた。


内部崩壊するくらいなら、

いっそ連れて行った方がいい。


陽太は、一瞬だけ迷った。

……だが、黙って頷いた。


……彼も、

限界を感じていたのかもしれない。



「やっとこのクソみたいな森から

 抜け出せるぜ!」


「俺たちの冒険、ついに始まったな!

 お前らはここで――

 ゆっくり死んでろよ~!」


……やっぱり、脳筋スキル持ちかよ。

テンプレだな、これ。


途中で何か問題が起きても、

陽太、光、晶の三人がいれば、

あの問題児たち

くらいなら抑え込めるだろう。


俺はというと、

こっそり松本に頼んでおいた。


「この拠点を、頼んだ。」と。


彼は不良だけど、

少なくともバカじゃない。


俺よりよっぽど現場慣れしてる。


この期間中に無駄なトラブルは

起こさないと信じているんだ。


……それでも、

念のための保険は残しておいた。


伊賀透。


彼こそ、

この拠点の“影の守護者”になる存在だ。

何度も頼み込んで、

ようやく彼も首を縦に振ってくれた。


そして最後に、枯川圭吾。

彼自身の意思で遠征組に加わった。


こいつは小賢しいタイプではあるが、

どうにも信用しきれない

空気を纏っている。


俺は陽太にだけは忠告しておいた。

「油断するなよ」と。



「さあ、みんなで拠点を守ろう。」


俺には陽太みたいなカリスマ性はない

……そもそも、

人前に立つタイプじゃないし。


だから、

ただ一人ひとりに声をかけて、

その人に合った仕事を、

割り振るしかなかった。


食料調達は、

戦闘経験がある男子メンバーに任せた。

――松本、石田、片山、佐野、小林。


物資管理は、

翠と他の女子たちに整理してもらう。


巡回と警戒は……もう伊賀しかいない。

彼以外に適任者はいないからだ。


俺自身は、

拠点の補修や設備作りを

担当することにした。


「……やりたくないなら、

 無理にやらなくてもいい。」


そう告げると、

何人かの生徒が、不満そうな顔をした。


だが――

その場で、反論する者はいなかった。


……まあ、現実見れば、

サボった分だけ痛い目見るって

わかるよな。


なのに、

陰ではコソコソと囁き合ってるのが

本当に鬱陶しい。


……聞こえてないとでも思ってんのか。


「そもそも、

 なんで夜見が指揮してるわけ?」


「そうだよ、あいつって

 陽太の友達ってだけじゃん……」


でも、それに対して反論する声もあった。


「違うでしょ?

 最初に水源と拠点を

 見つけたのは夜見だよ。」


「スキルのことも、

 一番最初に気づいたのは

 彼だったじゃん?」


「それに、今のこの拠点も

 夜見が計画して作ったんだよ……

 まあ、まだ未完成だけどさ。」


そのやり取りを聞いて、

俺は静かに、だけどはっきりと返した。


「そうだな……次は、衛生面を整える。

 まずは、

 ちゃんとした風呂とトイレだ。」


……突然の返答に、

彼らは驚いて目を丸くした。


まさか、本人に聞かれてるなんて、

思ってなかったんだろうな。


……まったく、

こんな程度の陰口で怒るほど、

俺も小さくはないよ。



伊賀は森の中を、

影のように静かに動き回っている。

その気配は、

まるで存在しないかのようだ。


俺は岩壁に登り、

拠点全体を見下ろしながら、

頭の中で次にやるべきことと、

優先順位を順に整理していた。


……このみんな、

陽太たちが帰ってくるまで、

持ちこたえられるかな。


森の奥には、まだ俺たちが

知らない危険が潜んでいる。


小型の獣だけならいいが、熊のような

大型の魔物も出くわすかもしれない。


どう考えても、まずは拠点の安全と

快適さを上げるべきだ。


特に女子たちは、

精神的に限界が近いはずだ。



優先事項は、防御壁。

それと、トイレ。


この世界に

コンビニなんてあるわけもなく、

レンタルの簡易トイレなんて──


……そんなもの、存在するわけがない。


つまり、

自分たちで作るしかないってわけだ。




夜。


みんなが疲れ果てて眠りについたあと、

俺はひとり、

焚き火の前で魔石をいじっていた。


この数日、

いろいろ試してわかってきたことがある。


どうやら、俺の体の中に流れている

「何か」を、魔石に少しずつ

流し込むことができるらしい。


長く注ぎ続けると、

魔石の表面がほんのり光っていく。


「……これが、魔力……なのか?

 しかも、魔石に吸収される……」


もしかしたら、

エネルギー源として使えるかもしれない。


もちろん、まだ確証なんてない。

でも、俺にできるのは、

こうして試していくことだけだ。


それに、いろいろ観察してわかった。


魔力を使いすぎると、

確かに身体がだるくなるけど……

一晩寝れば、普通に回復している。


自然回復ってやつか。


だから最近は、寝る前に、

魔力を全部魔石に注ぎ込むのが、

習慣になっていた。


魔力余らせるくらいなら、

こっちに流しとく方がマシだろ。


そんなふうに実験していたとき、

ふいに、翠が静かに近づいてきた。


「……どう?何かわかった?」


「まだわからないけど……

 試してみる価値はあると思う」


彼女は俺の隣に、そっと腰を下ろす。


体温がゆっくりと伝わってくる。

言葉なんて、いらなかった。


それ以上、何も言わなかった。

ただ静かに、

俺の肩にもたれかかってきた。


夜空には星が輝き、

森の中は驚くほど静かだった。


焚き火の明かりだけが、

俺たちのそばで揺れている。


――俺は星空を見上げ、

心の中でそっと祈った。


……陽太たち、無事に帰ってこいよ。

俺、こっちで何とかするから。




数日が過ぎて、新たな発見があった。


魔石は、

ある程度まで魔力を注ぎ込むと、

それ以上入らなくなる。


まるで水を満たしたボトルのように、

限界を超えると、

それ以上はただ溢れるだけだ。


ドリルウサギから落ちた魔石は、

無色透明だったが、魔力を注ぐと、

ほんのりとした白い光を

放つようになった。


──しばらくの間なら、

明かりとして使えそうだ。


とりあえず、

それをトイレに設置してみた。


すると、

女子たちの顔に、わかりやすいくらい

安心した笑顔が浮かぶ。


「やっと…………

 暗闇の中でトイレ行かなくて済む……」


「本当に助かる……」


その反応、

まるで宝物を見つけたかのようだった。


一方、狼型の魔物が落とした魔石は、

最初はほとんど無色に近い青色だった。


けれど、大量の魔力を注ぎ込むことで、

だんだんと、鮮やかな青い輝きを

帯び始めていった。


魔力を注いでいるときの感覚は、

まるで風船に空気を入れているようで、

内部の圧力がどんどん

高まっていくのがわかった。


そのぶん、集中力も必要になってくる。

そんなある時、予想外のことが起きた。


単純に魔力を注ぎ込むだけじゃなく、

まるでスイッチをひねったかのように、


次の瞬間──


魔石から、水が一気に噴き出してきた。


思わず息をのんだ。

これだ……

この世界で生きていけるって、

初めて思えた。


「……なるほど、青い魔石は水属性か。」


魔力が水に変換されて、

魔石の中から湧き出してくる。


……これが異世界クオリティか。

まんまイベントフラグじゃん。


流れ出る水は、

せいぜい三分しか続かなかったが……

それでも俺たちにとっては、

とんでもない大発見だった。


これさえあれば、

青い魔石を十分に確保することで、

少なくとも水不足に困らなくなる。



「……陽太たちも、

 これを持って行けたらよかったのに」


そう思っていたら、

女子たちが勢いよく駆け寄った。


「ねえ、夜見君〜

 この青い魔石、風呂とかシャワーに

 使えるんじゃない?」


「理論上は可能だ。ただ……

 ずっと魔力を注ぎ続ける必要がある。」


「やったー! やっとお風呂に入れる!

 川で洗うの、怖かったんだよね……」


「そうそう……

 見張りがいても、森の中って誰かに

 見られてる気がする。」


まあ、その不安はよくわかる。


「そうだな。

 簡単なシャワー室を作って、

 魔力は……みんなで順番に注げばいい。」


「「「賛成ーーーっ!!!」」」


そんなわけで、

簡易シャワー室はすぐに完成した。


女子たちは、

まるで誕生日プレゼントを

もらったみたいに、

満面の笑みを浮かべていた。


……うん、

少しでもストレスが減ったなら、

何よりだ。



「……夜見、ちょっと相談。」


「……急にどうした?」


伊賀が小走りでやってきて、

低い声で相談するように言った。


「ここから十五分くらい先に、

 獣の巣穴を見つけた。

 何度か確認したけど……

 中には熊が一頭いる。」


「数は?それと、活動範囲は?」


「今のところ一匹だけ。活動範囲は、

 俺たちの拠点とは反対方向だから、

 すぐに危険ってわけじゃない。」


俺は少し考えたあと、ため息をつく。


「……なら、向こうが動く前に、

 こっちから仕掛けるべきか?」


「俺も、そう思ってた。」


伊賀は静かに頷いた。


その声色は落ち着いていたが、

内心の緊張と覚悟は伝わってくる。


彼がそう判断したなら、

もう迷うことはない。


……心臓が、ゆっくりと早くなっていく。


「熊を仕留められれば、

 士気も上がるし、

 巣穴を新たな拠点として

 使えるかもしれない。」


魔石も……上手く使えれば、

戦いを有利に運べるかもしれない。



……誰かが怖くて眠れない夜を、

少しでも減らせるなら、それでいい。


ま、リスク込みでも、やるしかないか。


こうして、

俺たちは熊狩り作戦の準備を始めた。





《読後感:夜見悠月》


近くに獣の巣なんて……!?


もし拠点に来られてたら、

どうなってたか……考えたくもない。


でも、このまま放っとくわけにもいかない。


受け身になるより、

先に動いた方が勝算は高い……

どう動くか、だな。

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