第3話 スキル? 俺だけ変わらない
朝日が木々の隙間から差し込み、
昨夜の張り詰めた空気も、
少しだけ緩んでいた。
陽太と相談し、全員を集めることにした。
「『スキル検証』をやることにした。」
「さあ、みんなも試して!
どんな能力があるか、
確認してみよう!」
もう昨日の不安な空気はなく、
……まるで遠足前のテンションだな。
昨日まであんなに混乱していたのに、
今こうして空気が和らいでいるのは……
きっと、いいことなんだ。
でも……
これは、命に関わるスキルの調査だ。
だから……俺は、笑えなかった。
昨日、
身体が軽くなったと感じた男子たちが、
早速試し始める。
「うおっ、ジャンプ!
高っ! ギネス超えたかも?」
「この石、片手で軽々と持ち上がるぜ!」
「じゃあ俺に投げてみろ!
はは、片手でキャッチ余裕!」
鈴木、中村、佐藤――このバカトリオ、
どうやらフィジカル型か……
田村千紗は恥ずかしさを振り切って、
片手を前に出して思い切り叫ぶ。
「火の玉!」
……パチン、と小さな火花が
出ただけだが、確かに発動した。
全員大爆笑。
でも、
これで火を起こせる手段が手に入った。
魔法使い……ロマンの塊じゃん。
いや、実用性はともかく。
あ……彼女、
恥ずかしさで地面にしゃがみ込み、
ぷるぷる震えてる。
「治癒!」
翠の手のひらがふわっと光り、
さっき走り回って
転んだ光の膝小僧の擦り傷を癒やす。
「アハハ……
ちょっとはしゃぎすぎちゃった。
ありがとう、翠ちゃん!」
一瞬で
「天使」として全員から崇められる。
光はスピード型、翠は貴重なヒーラーか。
……ありがたい。
いや、
システム的にはバランス壊れてない?
数人は棒を振り回して対戦練習。
「おいおい、その攻撃、丸見えだぞ?」
「俺、剣術なんて習ってないけど?」
佐野大輝と小林拓真は近接戦闘型か。
「……こうかな?」
松本翔也が棒を軽く振る。
その動作は明らかに洗練されていて、
真剣に振るたび、
棒の表面に淡い赤い光が走る。
まさか、魔法剣士……?
そして、伊賀透。
やっぱり身体能力は高い、特にスピード。
体育祭でも目立っていたが、
本人は気づいていない。
昨日……あの時、
確かに一瞬、姿が見えなかった。
「……本当に、やってみるのか……?」
「試してみなよ、損はないだろ?」
「……わかった。隠密──」
伊賀は言い終わると、ふっと姿を消した。
踏みしめた枯葉の音だけが遅れて消えた。
心臓が一瞬、嫌な跳ね方をした。
やっぱりこのスキル、怖ぇな……
次の瞬間、彼の姿が
──視界から、完全に消えた、
再び現れた時は、みんなの背後だった。
「な、なにそれ!忍者かよ!はは!」
「伊賀家はやっぱり忍者だな!」
……いや、なにあれ、
普通にかっこよくないか?
忍者スキルって……マジであるのかよ。
……絶対、厨二枠だろ。
……生存にも、暗躍にも欠かせない。
あれは、“ステルス枠”として、
間違いなく使える。
検証会が終わった後、
俺はこっそり伊賀を呼び出す。
「拠点周囲の巡回を頼めるか?
誰にも気付かれないように。
君のスキルは、皆の命に関わる。」
伊賀は緊張しつつも、すぐ頷いた。
「……わかった。」
しかし、すぐに空気が変わる。
スキルを得た者は誇らしげに、
まだ見つからない者は、
徐々に劣等感に沈んでいく。
あの五人が、またこそこそ笑い始めた。
「まぁ、
生まれつきダメなやつもいるよな~
気にすんなって~」
「雑用も立派な仕事だぜ?ははは~」
「素質高すぎて、困っちゃうよな~」
……このバカ共のせいで、
クラスの空気が、じわじわ歪み出す。
才能の差より、
口の悪さが先に成長してやがる。
……とはいえ、
今ここで止めに入る理由もない。
陽太がまとめるなら、それで十分だ。
あいつらに関わっても、
ロクなことにならない。
今は……放っておこう。
「スキルはそのうち開くよ。
もう少し試してみよう。」
陽太が他の生徒たちを励ます。
午後、
能力を確かめ終えた何人かが、
「ちょっと狩りでもしてみるか」って
言い出した。
目標は――
昨日のあれだ、ドリルウサギ。
俺たちは、どこにでもいる高校生だ。
正直、勝てる保証なんてない。
……でも、やるしかない。
ただ、この森には、ウサギ以外にも、
もっと危険なものがいる。
昨日、
森の奥から低く響いた、あの唸り声。
たぶん、あれは……狼だ。
怯えすぎず、気を張りすぎず。
そんな、ぎりぎりの心持ちで、
俺たちは狩りに向かった。
めちゃくちゃな攻撃と、
ぎこちないカバー。
光が高速で突っ込んで敵を撹乱し、
齊肩の髪が頬に張りつき、汗が光った。
晶が、その隙を突いて一撃を入れた……
……ように見えた。
前衛組は、必死に攻撃を繰り返す。
松本、石田、片山は
――もう、とにかく力任せだった。
……その瞬間だった。
晶の一撃で、狼の首が――宙に、舞った。
眼鏡のレンズに朝日が反射し、
手の震えだけが正直だった。
誰も、声を出せなかった。
呼吸すら忘れたような沈黙が、
あたりを包んだ。
晶は、
血に濡れた棒を静かに見つめていた。
「……手首、ちょっと痺れてる。」
その横顔に、微かに震えが見えた。
(……これが、「戦う」ってこと……?
足が震えてる……
でも、誰かがやらなきゃ……)
(……ごめんね、
倒れてくれて、ありがとう。)
初狩りで、ドリルウサギ二匹と……
……そして、狼1匹――。
「あの一撃、速すぎて見えなかった!」
「……スキル補正……出てたっぽい。」
「晶姉!
顔、血だらけだけど、大丈夫!?」
「……平気、狼の血だから。」
狩猟に成功し、拠点に戻ると、
血と獣臭を背負ったまま――
焚き火の煙が、やけに心地よく感じた。
「……私たち、
本当に、狩人になったんだ……」
「命を奪うって……こんなもんか……
ちょっと、怖い……」
恐怖を感じながらも、
必死にウサギと狼を捌いて、
血抜きと解体を済ませた。
全員、異世界で初めて肉を口にした。
塩も胡椒もない、
臭みのある肉だったけど、
生き延びた満足感に、思わず笑顔になる。
誰かが晶の一撃について話していた。
……泣いてるやつまでいる。
どこまで本気なんだよ。
そして、場の空気がまた変わる。
高橋、佐藤、鈴木ら5人の優越感が
頂点に達し、また悪ふざけを始めた。
「恵里香、咲、美優、
お前ら俺たちのチームに来ないか?」
「何もしなくても肉が食えるぞ、
俺たちが守ってやるしな~」
……俺は、黙ってその様子を見ていた。
ふと、
こっちに気づいた高橋が眉をひそめる。
「……は?
なにジロジロ見てんだよ、夜見。」
「お前、今日一日なにした?
後ろでメモってただけじゃねぇか?」
「マジ観察者かよ。
いや、もはやNPCか?WWWW」
……わかってる。
わかってるよ、俺にだって。
俺だって……本当は何かしたい。
でも――
……スキルは、まだ見つかってない。
「自分が強いと勘違いしてる奴ほど、
最初に死ぬんだよ。」
松本が、低く言い返した。
声は静かだが、目だけが笑っていない。
「あ? 今なんつった?」
「調子乗ってんじゃねーぞ、火遊び野郎」
「……お前こそ
誰に向かって口きいてんのか、
わかってんのか?」
バカ五人組の空気が一気に荒れる。
佐藤が棒を肩に担ぎ、
わざとらしく松本に向けて構えた。
「かかってこいよ、オラァ!」
鈴木、中村も後ろで加勢の構え。
その瞬間、松本が一歩踏み込み、
佐藤を一撃で倒す。
鈴木、中村が呆然とするが、
すぐに反撃しようとする。
「マジでやったな!」
「やんのかコラ!」
松本、石田、片山の3人と、
高橋らが殴り合いを始め、
周囲の生徒たちは
岩壁に寄り添って怯える。
「どうしよう……誰か止めて……」
ああ、やっぱりこうなるか。
恵里香、咲、美優は身を寄せ合い、
震えていた。
「……もし、こっちに来たら……?」
「……もうダメかも……」
「いや……嫌だ……」
その時、大きな声が響く。
「やめろーーーっ!!」
一人の影が、争いの間に飛び込んだ。
両手で、両陣営の棒を同時に受け止める。
そのまま、力ずくで押し返した。
場が一瞬、静まり返る。
誰も息をしていないような数秒――
そして、陽太。
その身体能力は異常だった。
陽太は
深く息を吐き、睨むように皆を見回す。
「喧嘩したいなら、遠くでやれ。
……死にたいなら、勝手に死ね。」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
「ちょ、陽太、かっこよすぎ……」
「いや、今それ言う!?」
松本は目を見開く。
(……何だあの力、規格外すぎんだろ
スキルって、
あそこまで人間変えるのかよ
ケンカ慣れしてるつもりだったけど
……次元が違ぇ)
「……チッ、退いてやるよ、ガキども。」
バカ5人組は不満げに
毒づきながら退却する。
「は?主役気取りかよ、マジ草。」
「どうせ仮のリーダーだろ?」
「そのうちわかるさ、誰が本物か。」
彼らは拠点から離れた場所に、
別の焚き火を起こし、
勝手に新しいグループを作った。
騒動が収まり、
張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
松本は、何も言わなかった。
焚き火の光から離れ、
岩陰へと、静かに歩いていく。
ポケットから打火機を取り出し、
くわえた煙草に火をつけた。
火をつけた煙草から、
赤い点が一瞬、風に滲んだ。
「……ありがとう。」
松本は目を細めて煙を吐き、
軽く片眉を上げた。
「俺のせいで始まったようなもんだ。
……気にすんな。」
それだけ言うと、
また黙って煙を吸い込んだ。
(……なんだあいつ、変なヤツだな。)
騒動が収まった後、
皆は静かに肩を落とし、
男たちは互いに目をそらしながら、
陽太の視線を避けて、小さく頭を下げた。
……誰も責めないし、何も言わない。
それでも、
あの瞬間の恐怖だけは、きっと消えない。
俺は陽太の隣に腰を下ろす。
「このままじゃ、持たないな。」
俺が小声で言う。
「ああ、
言葉だけでまとめるのは無理だな。」
「それにしても……
お前の身体、マジで何なんだよ。」
「……はは、できれば手荒なことは
したくなかったんだけどな……」
周囲の生徒たちは、
陽太の力に恐怖していた。
「気にするな。
これは守るための力だ。」
「ありがとう、悠。」
陽太は黙って重圧を背負っていた。
このままだと、
グループはいずれ崩壊する。
……俺は、決めた。
陽太に、ある提案をしてみよう。
周囲を見渡し、ようやく見つける。
伊賀、かなり慣れてきたな。
「伊賀、ちょっといいか?」
「……俺?」
「君の能力は貴重だ。
今、頼れるのは君だけだ。」
「……夜見……やってみる。」
「彼らの近くに潜んで、
様子を見てきてくれないか?
……無理はするなよ。
まずは、自分の身を守って。
何かあったら、
すぐに知らせてほしい。」
「……わかった。」
透は言い終わると、ふっと姿を消した。
……やっぱりこのスキル、怖ぇな……
俺のスキルは、まだ未知数。
とにかく――生き延びさえすれば、
問題なんて後でどうにでもなる。
死んだら、そこで全てが終わる。
月明かりに右手をかざし、
ドリルラビットの魔石を見つめる。
「……明日、試してみるか。
この魔石、何かに使えそうだ。」
《読後感:松本翔也》
力持った途端、
頭まで筋肉になったガキども……
陽太……あの力、なんなんだよ。
クソ、コンビニもねぇとか
どんな場所だよ……タバコも禁じられたし
――とか言ってる場合じゃねぇな。
生き延びる方が、よっぽど大事だ。