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第32話 もう一度


強風が吹きつけ、

リヤカーごと身体が大きく揺れる。


真上には太陽。雲ひとつない青空。


……なのに、

胸の中は雨模様のままで、

背中の汗がじっとり不快だった。


「突っ走れーっ! もっと速く!」


「うんっ!」


俺と翠は、

スピカが引いているリヤカーに

ガタガタと揺られていた。


久々の野外行動に浮かれてるのか、

それとも単にテンションが高いだけか──

二人とも妙にハイになっている。


スピカに至っては、

街を出た瞬間から

全力疾走をやめる気配すらない。


俺は後ろで必死に手すりを掴み、

翠は前で楽しそうに笑っていた。


本当なら城門を抜けてから

乗るつもりだったんだが……

結局、このざまだ。


城壁を離れたばかりでこの絵面って……

どう見ても、囚人輸送車にしか見えねぇ。


……先が思いやられる。



※ ※ ※



ただの軽い野外活動――街の近くで

ドリルウサギやフォグウルフを狩るだけ。


……とはいえ、油断は禁物だ。


それに今回は、

改造したリヤカーの試運転も兼ねている。


もともと二つの大車輪に加えて、

後部に小車輪を二つ取りつけた。


普段は小車輪が浮いていて、

大車輪だけが地面を踏む。


だが不測の事態になれば、

スピカが背負っている

瞬時解除式(クイックリリース)ベルトを外すだけで、

小車輪が着地。


リヤカーは後ろに傾き、

四輪滑走に切り替わる。


その瞬間、彼女はすぐ戦闘に入れる。

俺と翠も惰性で滑っている間に

飛び降りられる。転倒する心配はない。


……発案したのは俺だが、

正直まだ慣れねぇ。


車体が突然後ろに傾く感覚は、

落ち着ける要素が一つもねぇのに。


翠は楽しそうな顔してるけど。


……理解できん。


さらに、前後には長いベンチを設置。


座面を開ければ収納スペースがあって、

食料や着替えを入れられる。


前後どちらにも手すりを付けたから、

寄りかかるなり掴まるなりできて、

以前より安全性は高い。


これらの追加機能は全部、

スピカと翠の要望で……

俺はただ改造しただけだ。


……そういや、昨夜のことを思い出す。


最後の改造を終え、

構造を確認しつつ片付けようとしたとき、

横で見ていた翠がふいに言った。



「スピカ専用のリヤカーなんだから、

 名前つけよっか?」


「……名前?」


まだ迷ってた俺の口が勝手に動いた。


「……戦術リヤカー。

 ……あ、今のはナシだ。」


「カッコいい!」


翠は即座に手を叩き、顔を輝かせた。


スピカは耳をピクつかせて、

ほんのり赤くなりながら、

小声で繰り返す。


「……戦術リヤカー……戦術リヤカー……」


……聞く人が聞いたら、

軍用兵器か何かと勘違いされるだろうに。


……結局、そのまま決定してしまった。


女の子に車馬やらせてる時点で、

人の目は気になるってのに。


しかも、昼飯を収納箱に入れた途端、

翠が嬉しそうに言い出した。


「まだ余裕あるね!

 つりざおも用意したほうがいいかな?」

 

……これは戦術リヤカーだ。

ピクニック用じゃねぇ。


……いや、

そもそもただのリヤカーだろうが!



※ ※ ※



ウォーミングアップが終わったあと、

翠の瞳に闘志が宿り、突然言い出した。


「ロックボアに挑もうよ!」


最初は断るつもりだった。


だが……考えてみれば、

さっきの小型魔物でのテストは

十分な結果を示していた。


――新しい武器は、確かに使える。


本当の効果を試すなら、

ロックボアのような硬い相手こそ適任だ。


少し悩んだ末、

俺たちはあの魔物の出没地帯――

かつて全滅しかけた草原へと足を向けた。


一歩、足を踏み入れた瞬間。


背筋を冷気が走り、

呼吸は浅く、心臓が早鐘を打つ。

額を伝う汗が視界を曇らせる。


……二度と戻りたくなかった場所に、

自分から足を踏み入れる日が来るとはな。


深く息を吸い込み、

感情を抑えてから、

隣を振り返る。


翠は息を殺し、瞳を煌めかせている。


スピカは真剣な顔で、

草原の奥を見据えるように

視線を走らせていた。


……仲間たちは、俺よりずっと強いな。


戦術リヤカーを木陰に置き、

俺たちは静かに草原へ踏み出す。


草を踏む音がさわさわと響き、

獲物を探しながら進んだ。


すぐに見つかる。


巨大なロックボアが、

鼻先で地面を掘り返している。


まだこちらには気づいていない。


翠は新しいハンマーを構え、

真っ先に前へと出る。


「任せた。

 ……これが、お前の願いだろ?」


俺はもう理解していた。

翠の想いを。


そして、

自分がこの世界でいかに脆い存在かも。


だから――

俺は、仲間に頼ることを選んだ。


翠は驚いたように振り返り、

すぐに自信に満ちた笑みを浮かべた。


「ありがとう、ユニ兄。

 ……頑張るし、気をつけるから。」


翠は円盾を掲げ、

右手にハンマーを下げて構えを整えた。


静かに、ロックボアへと歩を進める。


互いの距離が縮まったその瞬間――

風を切る音。

矢が飛来し、猪の肩に突き刺さった。


咆哮が響く。

翠はすぐさま身を低くして突進した。


猪が彼女に気づいたときには、

ハンマーはすでに振り下ろされていた。


鈍い衝撃音――額を直撃され、

巨体がよろめき、後方へと退いた。


俺も側面から切り込む準備をする。


だが、その前に

猪の目の前に魔法陣が浮かび上がった。


「――石の弾(ロックショット)! 気をつけろ!」


「大丈夫!」


咆哮と共に、

砕けた石片が散弾のように弾け飛ぶ。


翠は盾を頭上に構え、防ぎきったが……

肩や腕、脚に無数の傷が走った。


それでも彼女は猪から視線を外さず、

満足げに笑みを浮かべる。


「平気! 

 小傷だよ、あとで治せばいい!

 ユニ兄、一緒に!」


……本当に強くなった。

今の背中は、信じられないほど頼もしい。


俺が側面へ回り込もうとした、

その瞬間――

翠の身体から、緑の炎が噴き上がった。


「スイナ! お前の身体……燃えてる!」


思わず声を上げた。


翠が視線を落とすと、

傷口は緑の炎に包まれていた。


……だが、

痛みを感じていないのか、

声ひとつ洩らさない。


これは翠の魔法なのか?


一瞬だけ目を見開いたが、

すぐに表情を取り戻し、

口元にこれまで見せたことのない

笑みを刻んだ。


まるで、

大切な宝を手に入れたかのような顔で。


「やぁあ――ッ!」


翠はハンマーを大きく横に回転させ、

勢いそのままに猪の脇腹へ叩き込む。


轟音。巨獣の全身が宙に浮いた。


「ユニ兄、 今だ!」


俺はすぐにチェーンソードを起動させた。


刃の咆哮が空気を裂き、弧を描く。

狙うは猪の首――一刀二段。


これまで散々苦しめられた

あの硬い皮膚が、

あっさり断ち切られた。


いや、切ったんじゃない。

無理やり、鋸き落とした。


鮮血が飛び散り、血霧が漂う。

巨体が轟音を立てて崩れ落ちた。


刃を止めると、

回転数は徐々に落ちていき、

轟きは静まる。


排熱口から「シュー」と音を立てて

熱気が噴き出し、

空気は静寂を取り戻した。


風に揺れる木の葉の音だけが残る。


息は乱れ、心臓が荒々しく打つ。

倒れ伏したロックボアを一瞥する。


武器の性能は証明された。

……だが、俺が気にしているのは

翠のほうだ。


「スイナ! 身体は大丈夫か!」


以前の重傷の副作用か?

それとも呪い系の魔法か?


駆け寄って確かめると、

翠の腕や肩はすでに元の肌に戻っていた。


傷の痕跡すらなく、

まるで最初から存在しなかったみたいに。


「……これは……」


俺が息を呑み、翠の顔を覗き込む。

スピカも近づき、この異常を凝視した。


翠はただ首を振り、

困惑の表情を浮かべる。


脳裏に、

ギルドマスターの低い声がよみがえる

――『緑の炎』。


「カードで確認しろ!」


翠は慌てて魔導カードを取り出し、

魔力を流し込む。

青い光が走り、三人で覗き込む。


自動治癒(オートヒール)


……オートヒール。

まさか、俺の考えてるあのスキルか?


三人が息を呑む中、

翠は突然リヤカーに駆け戻り、

解体用の小刀を手にした。


「ユニ兄! 試してみる!」


「おい――!」


止める間もなく、

彼女は自らの腕に刃を走らせた。


瞬間――緑の炎が噴き上がり、

傷口はあっという間に閉じた。


俺とスピカは言葉を失い、目を見開く。


翠は肩を震わせ、

やがて興奮を隠せない笑顔で顔を上げた。


「このスキル……すごいよ!

 治癒に気を割かなくていい!

 もっとみんなを守れる!」


思わず、深いため息が漏れた。


「……二度と自分を実験台にするな。

 心臓が止まるかと思った。」


「ユニ兄、

 私には痛覚耐性(ペインレジスト)があるんだよ?

 だから、全然痛くないの。」


嬉しそうに目を輝かせる翠を見て、

俺はもう一度だけため息をついた。


「……帰ったらギルドマスターに聞こう。

 あの人なら、もっと知ってるはずだ。」



※ ※ ※



屍体を運ぼうとしたその時、

スピカがふいに足を止めた。


「……見られてる。」


俺と翠は即座に警戒する。

目を凝らすと、

遠くの草むらに光る二つの瞳があった。


スピカは姿勢を正し、

その目を鋭く見据え、低い声で言う。


「冒険者の先輩が言ってた……〈紅牙〉。

 ロックボアの中でも滅多に見ない、

 特殊な個体。


 強くて、しかも頭がいい。

 人の前にはほとんど現れないんだって。


 でも――もし姿を見せたら、

 本気で命を取りに来てるか、

 勝てないと見て……逃げる、らしい。」


「……奇襲、か?」


「いいえ。まずは観察する。

 相手が脅威なら、すぐ離れる。


 今こうして睨んでるのは……

 多分、機を伺ってる。」


背後を襲われるのは最悪だ。

先に仕掛けるべきか……思考が巡る。


だがスピカは不意に笑った。


「少し距離はあるけど、問題ない。

 ……私は、この隊の“狙撃手”だから。」


彼女は軽やかにリヤカーへ上がり、

しゃがみ込みながら弦を引く。


新しいクロスボウを構えた。

――リバースドロー。


両側の滑車が銀黒に光った。


本来、逆弓構造は

弩を短くして、持ち運びを楽にする構造。


だが、俺はあえて逆を行き、

長く、重く作った。


理由は単純――蓄力距離を伸ばし、

威力を限界まで引き出すためだ。


効率は最悪だ。普通なら、失敗作。


だが、スピカだけがそれを完全に操り、

真価を引き出せる。


「頼むぞ……新しい相棒。」


小さく呟き、魔力を注ぎ込む――。

「ガチャガチャ……ガチャン」と、

内蔵の棘輪が鳴る。


弦がさらに引き絞られ、

二度目の張力を得た。


パァン――空気を裂く破音。

矢は瞬く間に放たれ、

軌跡さえ残らなかった。


「……命中。 逃げる!」


逃げたってことは――

奴が俺たちを恐れてる証拠。


なら、勝てる。


「追撃だ!」


追いかけようと足を踏み出したその時、

〈紅牙〉が大きく跳び上がった。


足元に展開された魔法陣は、

普通の猪よりも遥かに大きい。


反射的に身を引いた瞬間――

石の弾(ロックショット)が飛ぶ。


俺たちを狙ったものじゃない。

奴と俺たちの間に叩きつけられた。


分厚い砂塵が一気に立ち込める。


「……攻撃じゃない。

 追撃を断つための目くらまし……

 こいつ、頭が良すぎる!」


「ユニ兄、どうするの? 逃げちゃう!」


焦る翠に、俺は首を横に振った。


「無理に追うのは危険だ。

 退いた以上、もう奇襲はしない……

 諦めろ。」



※ ※ ※



風が起こり、

視界が白茶に染まり、輪郭がぼやける。


俺は目を細め、砂を避ける。


スピカの叫びが弾けた。


「……人影!」


反射的に警戒態勢を取る――が、

視界が霞んで輪郭が滲む。


……あれは。

いや、違う。そんなわけ――。


長い髪。

見慣れた仕草。

足元に転がる影。


……違う……違う……!


心臓が一拍遅れて跳ねた。

視界の端で、紅牙の巨体が崩れている。


首が――ない。


呼吸が乱れる。喉が乾く。

音が消えた。風の音すら遠い。


その傍らに、誰かが立っている。


白い輪郭が、ゆっくりとこちらを向いた。


……違う。

こんなの、都合が良すぎる……。


砂塵が晴れた。

現実が形を持った。


……いた。

信じたくても、信じられない現実が。


――天川晶。


「……えっ! ユニ兄! 晶姉だ!」


翠の声が跳ねる。

肩を掴まれる感触。


けれど、身体は反応しない。

思考も追いつかない。


晶はゆっくりとこちらを向き、

その瞳を、真っ直ぐ俺に突き刺した。


視界が一点に収束する。

世界の輪郭が、音もなく剥がれていく。


……幻覚か? 夢か?


いや、違う。

呼吸が熱い。


これが現実だ。

現実なんだ。


喉の奥で、言葉が勝手に零れた。


「……晶……俺たちだ、悠月だ!

 こっちは翠――聞こえてるか?

  晶……本当に、俺たちが分かるか?

 

 奴隷商人が来て……あの襲撃で、

 みんな捕まった!

 でも、俺と翠は森にいて……

 生き延びた!

 

 そこから逃げて、

 リュゼルナまでたどり着いた!

 

 髪も瞳も変えたけど……

 俺たち、ここにいる!

 ちゃんと、生きてる!

 俺だよ、悠月だ。

 

 ……いや、

 これ言うと詐欺の電話みたいだな……。

 でも本当なんだ、

 俺たちは――ここにいるんだ!

 

 陽太は? 光は?

 お前は……どうやってここに……?」


晶は一歩、また一歩と近づいてくる。


「……話が多い。」


次の瞬間、

彼女は俺の襟を掴み、

そのまま()()()()()()()


頭の中で何かが弾けた。


身体が硬直したまま動けない。


……ちょ、待て。


振りほどこうとしても力が入らない。

彼女の力は、俺よりも強かった。


耳元で、

翠とスピカが同時に息を呑む音がした。


時間が引き延ばされたように、

心臓の鼓動だけが響く。


唇はさらに深く押し込まれ、

歯をこじ開けられるほどの強引さ。


湿った息と気配が一方的に流れ込み、

息が奪われていく。


窒息しそうな感覚と共に、

彼女の気配に呑まれていく――。


ようやく彼女が手を放し、

俺は大きく息を吸い込んだ。


視線が交わる。

彼女の瞳は、まっすぐだった。


俺はまだ状況を理解できない。

だが、彼女は微笑んだ。



「……やっと、見つけた。」


 

 

 

「ユニ兄! 

 どうして続きがないのっ!?」


翠が画面を連打しながら叫ぶ。


「作者で――家庭と仕事の影響により、

 執筆時間が確保できません。

 更新は一時停止状態となります」


スピカが淡々と宣告する。


晶は満足げに俺を見つめ、

ゆっくりと微笑んだ。


「……平気。私はもう、満たされたから」


「やめろ!!

 勝手に物語を終わらせるなっ!!」


「ズルい晶姉ぇぇぇ!!」


スピカはリヤカーから弁当を取り出し、

静かに腰を下ろすと、

ふと視線を宙に向けた。


「更新が再開されるまで昼食にします。

 少々お待ちください」


「スピカ……お前今誰に話してる?」


「世界の向こう側です」


俺は頭を抱えた。


「……頼む。世界が早く動き出してくれ。

 じゃないと俺が持たない。

 いや、その前に――

 せめてここから逃げさせてくれ!」


背後で、晶の小さな笑い声が響く。


「……ふふっ」


頼む。本気で俺の命がかかってるんだ!

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