第30話 失われた笑顔
太陽が背中にじりじり当たって、
額から汗がゆっくり滲む。
草原を渡る風が、少しだけ涼しい。
私はしゃがみ込んで、
ギザギザの葉の薬草を探す。
そっと抜いて土を払って手のひらに並べ、
薬草でまとめておいた。
隣のチーちゃんは、
ネコみたいに身軽で可愛い。
……でも、口を開くとイヌっぽい。
「もう!
依頼を私たちに押しつけて、
二人の男子は見てるだけ!」
大輝君は遠くを見たまま、
チーちゃんの方は見ない。
「バカ。警戒なきゃ、
魔物と一緒に草むしりすんのか?」
「わかってるってば!
ただ暇だから言っただけ!」
チーちゃんは頬をふくらませて
ぶつぶつ言いながら、
それでも手はちゃんと動いてる。
思わず笑って、私は後ろを振り返る。
大輝君と拓真君――
二人は左右に分かれて、
私とチーちゃんを挟むみたいにして、
ずっと周りを警戒してくれてる。
私たちはそのまま採集を続けていた。
そう長くもないうちに、
すぐそばの茂みから本当に物音がした。
次の瞬間、
黒い影が私めがけて飛びかかってきた。
しゃがんでいて、私は反応できない。
けれど横の大輝君が、
バネみたいに飛び出す。
怒鳴り声と一緒に拳を叩き込み、
そのまま掴み上げて、地面へ叩きつける。
二度の打撃。
骨が砕ける音と、重い呻き。
拓真君が横から切り込み、
腰から抜いていた剣で、
そのまま一突き。
きれいに仕留める。
そこでやっと姿が見える。
――フォグウルフだ。
拓真君は草むらに目を向けたまま、
警戒を緩めない。
大輝君は死骸を引きずって脇へ運び、
リヤカーに放り込む。
「ほら、友達が来たぞ。
一緒に草むしりしてくれるって」
チーちゃんにそう言って、
くすっと笑う大輝君。
チーちゃんは地団駄を踏んで、
私はそっと額に手を当てた。
※ ※ ※
薬草の依頼が無事に終わって、
前ではチーちゃんがリヤカーを引き、
私は後ろから押している。
二人の男子は相変わらず左右に並んで、
警戒を崩さない。
チーちゃんは引きながら、ぶつぶつ。
「はぁ~、
女の子二人にリヤカー引かせるとか、
どうなの!
なんで誰も通らないの、
私たちがいじめられてるとこ
見せたいのに~」
「いいから引けよ。前見てろ。」
大輝君は相変わらず、
チーちゃんをからかいながら、
視線は別の方向を向いたまま。
拓真君と一緒に、護衛を続けている。
後ろにいる私は気づいていた。
二人とも、こっそり片手を伸ばして、
左右からリヤカーを
押してくれていることに。
……心の中でそっと笑って、
チーちゃんには内緒にしておく。
歩きながら他愛もない話。
前は常設しかできなかったが、
E級になり、
正式な依頼も受けられるようになった。
今回は薬草採集に加えて、
隣村までの道の視察も兼ねている。
大輝君が、ちょっと投げやりにぼやいた。
「行って帰るだけ。
金は出るけど、
ほんっとにつまらねぇ!」
「つまらなくても村人には大事だ。
それに、
道中には薬草の群生地もある。」
拓真君が正論で返す。
前でリヤカーを引くチーちゃんが、
うれしそうに続ける。
「ナナの記憶力のおかげだよ!
お散歩ついでに薬草まで採れちゃう~」
「地図に載ってただけ。
たまたま覚えてただけだよ。」
私が笑って返すと、
大輝君はちらっとこっちを見て、
すぐに視線をそらし森の方を警戒した。
……その横顔、ちょっと可愛い。
※ ※ ※
二時間歩いて、ようやく村に着いた。
村長の家の場所を聞き、
訪ねて署名をもらい、帰る支度をする。
ちょうど出ようとしたとき、
門にいた自警団のおじさん二人が、
やりを地面に立てかけて、
のんびり声をかけてきた。
「おつかれさん。もう帰るのか?
道中、でかいトラブルはなかったろ?」
「なかったよ!
ずっと安全だったから~」
チーちゃんが元気に答える。
その様子に、おじさんたちの頬がゆるむ。
「この村も前は小さい魔物がよく来たが、
最近は減ってな。助かってるよ。」
「だよな。毎日こうだといいんだが。」
二人は顔を見合わせて笑う。
……でも、
胸の奥にちょっとひっかかった。
魔物が減る――
何かが変わってる合図かも。
報告しなきゃ。
隊長の拓真君を見る。
彼もわかったみたいに、
まじめにうなずいた。
※ ※ ※
私たちは小道を戻っていた。
そのとき、林の奥で何かが動く気配。
すぐにリヤカーを下ろす。
大輝君が前へ飛び出し、
拓真君は横について、
私とチーちゃんを守る。
私たちも緊張して武器を握る。
……飛び出してきたのは、
ギルドでちょくちょく見かけた
先輩冒険者たちだった。
警戒を解く。
肩の力が抜ける。
こちらに気づいた二人は、
汗だくで息を切らしながら
駆け寄ってきた。
「林の奥に、オークが二頭!
群れからはぐれてる!
俺たちは急いでギルドに報告する。
君たちも今すぐ戻れ、
この場を離れろ!」
胸がぎゅっとなった。
誰も言葉を出せなくて、
思わずうなずくしかない。
二人はリュゼルナへ駆けていき、
私たちはただ、その背中を見送った。
私たちも慌てて足を速め、
小走りで町へ向かう。
息が詰まるみたいで……
道中ずっと、気は抜けなかった。
※ ※ ※
城壁と大門が見えて、
ようやく足をゆるめる。
背中に張りついていた冷たい汗が、
一気に流れ落ちるみたいだった。
息を整えて、そのままゆっくり中へ。
リヤカーで獲物を解体所へ運び、
返却して預り金を受け取る。
狩った魔物を引き渡したら、
その足でギルドへ向かった。
二つの依頼の報告を済ませ、
村の異変もあわせて伝える。
すべてが終わった瞬間、
みんな一斉に肩の力を抜いた。
大輝君がのびをしながら、笑って言う。
「ふー、無事に終わってよかった。
じゃなきゃ前金がパーだしな!」
チーちゃんがすかさず突っ込む。
「バカ! 命のほうが大事でしょ!
なに前金の心配してんの!」
拓真君は呆れて首を振る。
思わず、私も笑ってしまった。
その笑いにつられるように、
みんなの表情が
いつもの調子へ戻っていく。
胸の奥が、じんわりあたたかくなった。
そのあと、チーちゃんが
「先に宿で汗流したい」と言い、
私も汗と砂ぼこりが気になってうなずく。
でも大輝君はまだ口をはさむ。
「だったら宿で食えばよくね?」
「ギルド食堂に決まってるでしょ〜!
トーマスおじさんのご飯、
安くて美味しいんだから!」
わいわい言い合っていると、
大輝君がふっとギルドの奥――
訓練場へ続く廊下のほうを見る。
「今日はいつもより早く戻れたし、
さっき走って体も温まった。
レオさんに手合わせ行ってくる!」
「いいな、俺も。」
「じゃあ私も練習!
的、矢で穴だらけにしてやる~!」
「お前の命中率じゃ無理だって」
「タキこそレオさんにボコられて、
宿まで歩けなくなったら困るよ!
はは~」
そんなふうにわいわい騒ぎながら、
私たち四人は訓練場へ向かった。
大輝君と拓真君は
レオ指導員と交代で手合わせ。
ちょっとでも傷を負うと、
すぐに私のところへ来て――治癒。
……私のスキル練習にもなってる。
チーちゃんは真面目に、
ゆっくり一本ずつ矢を放つ。
レオ指導員に教わった通り、
まずは安定と精度。
それから少しずつ速さを上げていく。
終わるころには、全員ぐったり。
のんびり歩きながら宿へ戻った。
※ ※ ※
宿の入口では、
ニナちゃんが箒を手に掃除していた。
私たちに気づくと、
大きく手を振ってくれる。
「ニナちゃん、ただいま。
お母さんにお願いして――
お湯を四桶、用意してもらえる?
できたら声かけてくれたら
取りに行くね。」
「はい!
すぐお母さんに言ってきます!」
かわいい笑顔を見せて、
ぱたぱたと中へ走っていった。
……ほんと、いい子。
※ ※ ※
部屋に戻って、
チーちゃんと一緒に身づくろい。
自然に手伝い合うのは、いつものことだ。
「チーちゃん、髪が短いから
洗いやすいね。」
ベッドに寝転んだチーちゃんが、
頭だけ端から出して髪を垂らす。
……いつも通り、
私が洗いやすいようにしてくれる方法だ。
肩までの短い髪は、
すぐにきれいになる。
今度は彼女が私の髪を洗いながら、
わざとからかってくる。
「ななちんの髪、
長いから時間かかるね~。
でも似合ってる、きれい~」
言葉とは裏腹に、手つきはやさしい。
「ありがとう。
チーちゃんの髪型も可愛くて、
似合ってるよ。」
「でしょ~。
しかもけっこう涼しいんだ~!」
洗い終わったら、
布でそっと水気を押さえて、
そのまま包んで頭の上でまとめ、
水気を拭き取っていく。
続いて体をきれいにして、
背中も拭き合う。
私の背中を拭いていた彼女が、
ふいに前へ手を伸ばしてきて、
思わず声が出そうになる。
「むぅ~!
ななちん、こっそり成長してない?
私、中学の頃から
全然変わってないんだけど……」
自分の胸をぺち、ぺちと叩いて、
小さくため息をもらす。
その様子に、
私は苦笑して、そっと慰める。
「大きさなんて関係ないよ。
チーちゃんはチーちゃん。
それだけで、可愛いよ。」
※ ※ ※
着替えて階下へ降りると、
大輝君と拓真君が
宿のロビーに座っていた。
私たちを見るなり、
大輝君が眉をひそめて文句を言う。
「遅ぇって! もう腹ペコだぞ!」
チーちゃんも負けない。
「女の子は時間かかるの!
あんたこそちゃんと洗ったの?」
「当たり前だろ。
ほら、クンクンしてみるか?」
わざと顔を近づけてくる大輝君に、
チーちゃんは慌てて私の背に隠れる。
「や、やだってば!」
※ ※ ※
そんなふうに騒ぎながら
ギルドへ向かった。
……だが、
中に入った瞬間、空気が違った。
近くの先輩冒険者に声をかける。
返ってきた言葉に、足が止まる。
「F級の三人パーティが……
オークに襲われて、
ほとんど全滅しかけた」
背中が冷える。
頭に浮かぶのは、ただひとつの名前。
胸がざわめいて、喉が詰まる。
私たちは目を合わせ、
無言のまま受付へ早足で向かった。
――どうか、
私たちの想像が外れていてくれ。




