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第22話 観察日記……なのか?


朝焼けの空がようやく白み始めたころ。

街はまだ静まり返っていた。


ぽつりぽつりと、店の主人たちが

開店の支度をしている。


あくびを噛み殺しながら

外に出る者もいれば、

鉢植えの世話をしている者もいた。


この時間帯の空気は澄んでいて、

ひんやりしている。


……だが、それがちょうどいい。


汗でシャツが肌に張り付き、息も荒い。

脚は重くなってきた。


それでも、止まる気はなかった。


後ろには翠とスピカがいる。

二人とも遅れずについてきている。


俺たち三人は、

リュゼルナの城壁沿いを――

並んで走っていた。



異世界に来てから、思い知った。

体力は、

すべての基盤だということ。


危険に遭遇したとき、

体力がなければ――そこで終わる。


森での生活は、常に命の危険があった。

食べ物も満足に手に入らず、

体力を無駄にしないため、

軽く体を伸ばすくらいしかできなかった。


けれど――

リュゼルナに来て、食生活が一変した。


だから俺は、

基礎の体力づくりとして、

こうして毎朝、走ることにした。



翠はいつも俺と一緒に走ってくれる。


ただ、弁当の仕込みがあるから、

時間になると先に宿へ戻っていく。


一方でスピカは

最後まで付き合ってくれる。


しかも顔色ひとつ変えずに……。

やっぱりスキル補正か? 反則だろ。



宿に戻ったあとは、

剣の素振りを始める。


スピカは横で

弓の弦を引く練習だ。


その動きは日に日に

滑らかになっていて……


見ているだけで感心する。


……ほんと、すごい。



しばらくすると、

翠が宿の裏口から姿を現した。

朝食の支度を終えたらしい。


手にはメイスを握りしめ、

そのまま俺たちの練習に加わってきた。


「……あれ?

 スイナ、いつの間に

 丸盾なんて持ってた?」


彼女の左腕に掛けられた、

見覚えのない盾を見て、思わず尋ねた。


「自分を守る手段は

 多い方がいいでしょ?

 

 だからレオ指導員が、

 ギルド倉庫から中古品を

 探してくれたの。

 えへへ……」


たしかにその盾、

ボロボロで今にも崩れそうだ。


これ、本当に使い物になるのか……?

いや、問題はそこじゃない。


「……君、後衛の治癒師だろ?


 盾だけならまだしも、

 なんでそんなに

 メイスまで振ってんの?」


「治癒師だって、

 自分を守る手段は必要でしょ?」


「無理しすぎだ。

 前みたいに倒れたら……困る。」


あのとき、

翠が過労で熱を出して倒れ、

必死で街へ駆け込んだ。


……もう二度と、

あんな思いはしたくない。


「仲間なんだから、

 一緒に頑張るのは当たり前でしょ?

 

 ユニ兄こそ、

 いつも色々考えすぎて、

 全部背負い込むんだから!」


「……あの件は謝ったはずだけど。」


「ふふっ。だからおあいこ。

 今は毎日食べて、寝て、

 もう大丈夫だよ。」


「……ったく、お前には敵わねぇな」


「備えは大事でしょ?

 何もないより、ずっといいよ。」


「しょうがないな……」


俺は彼女の横に歩み寄り、

丸盾に手を当てて、小さく唱えた。


「──【鍊成(レンセイ)】」


盾の輝きが一瞬だけ増し、

少しだけ丈夫になった。


「……見た目は古いままだけど、

 これで前より壊れにくいはずだ。」


「ありがとう、ユニ兄!」



俺が振り返ると、

スピカは練習を終えたところだった。


あの弓の動き……流れるようで、

思わず声をかけてしまう。


「スピカ。

 そういえば、君のスキル構成って、

 まだ聞いたことなかったよな。

 

 教えてもらえる?」


「そうだね……

 ユニクスが今まで聞かなかったから、

 私も言わなかっただけ。

 

 もちろんいいよ。

 だって、私たち仲間でしょ?」


てっきり口頭で説明してくれるかと、

思ったら──

彼女は迷いなく魔導カードを取り出し、


全部見せてきた。



「大体、こんな感じ。」


力量強化(ストラブースト)】──やっぱりある。

しかも【専精(アデプト)】かよ……。

体力強化(バイブースト)】──これも【専精(アデプト)】。


……道理で走っても息が乱れないわけだ。


そして──【弓術(キュウジュツ)初心(ノービス)】。

あの練習の滑らかさからすれば

もっと上かと思ってた。


……成長が止まってる。

──ずっと、一人で足掻いてたのか。


「スピカ。この【運搬(ウンパン)】ってスキルは?」


「それが、私の天職なんだよ。

 強化系と一緒に、最初から貰ったの。」


「へぇ……効果は?」


「“運搬作業”してるとき、

 疲労がすごく減るの。

 前は役立たずだと思ってたけどね……」


そう言って彼女は後ろを見た。

そこには、

俺が用意したリヤカーが置かれている。


「私、運搬士なのに……

 ユニクスが

 リヤカーを準備してくれたの、

 つい最近だったよね。ふふっ。」


「……正直、君の“狙撃”しか

 考えてなかった。」


「だよねぇ。もっと早く気づいてたら、

 狩れる獲物、増えてたのに。」


スピカはカードをしまいながら、

一歩前に出て、

俺の目の前にすっと立った。


金色のポニーテールが、

風に揺れてきらめいた。

その口元が、ふっと上がる。


「……もういいよ。

 今さら思うと、

 あの時の狩り、損してたな。」



翠はスピカのカードを覗き込んだあと、

少しだけ胸を張って言った。


「じゃあ……

 わたしもスピカに見せてあげる!」


にこっと笑って、

自分の魔導カードを取り出す。


「治癒、力量強化、体力強化、痛覚耐性、

 鈍器術……」


「……え?」


思わず声が裏返った。


「ちょ、ちょっと待て!

 【痛覚耐性(ペインレジスト)】って何だ!?

 いつの間に!?しかも俺より早く……

 【力量強化(ストラブースト)】も【体力強化(バイブースト)】も……!」


翠はえへへと小さく笑い、

でも少し頬を赤らめながら答えた。


「最近やっと出てきたんだよ?

 ユニ兄は職人だから……

 たぶん遅いだけだと思うよ?」


……っ。


胸の奥が強く締め付けられた気がした。


……また天職か。

結局、

俺は道具を作るしか能がねぇのか……


このままじゃ──

翠を守れないんじゃないか?



視界が一瞬、にじんだ気がした。


だけど、翠の笑顔がすぐに、

それを否定するみたいに輝いていた。


「ユニ兄はユニ兄だから。……大丈夫。

 わたし、ちゃんとわかってるからね」


……ずるいな。

そんなふうに言われたら、

何も返せなくなるじゃないか。


「……ありがとう。」


俺がかすかに答えると、

横でスピカが咳払いして割り込んできた。


「……あの、リヤカー……試してみる?」


緊張で張り詰めた空気が、

一気にやわらいでいく。



※ ※ ※



「わーっ! 速い!風が気持ちいいー!」


「……完全に囚人輸送だな」


スピカは本当に、

俺たちをリヤカーに押し込んで、

嬉しそうに走り出した。


さすが【運搬士(ウンパンシ)】。


息ひとつ乱さず、余裕で笑ってみせる。


翠も楽しそうに笑って、

まるで遊園地の、

アトラクションみたいだった。


……なんだろうな。


こうやってはしゃぐ二人を見てると、

少しずつ「仲間」って感じが、

強くなってきた。


悪くない。

いや、むしろちょっと羨ましいくらいだ。


ただ……

通りすがりの人たちが、

ジロジロ見てくるのだけは……


「……やっぱ恥ずかしい……」



※ ※ ※



「前方にフォグウルフ、二体。」


まさかスピカが、

ほんとに街からリヤカーを引いて、

俺と翠を乗せたまま、

草原の狩場まで突っ走るとは……。


……この体力、やっぱ常識外れだな。


とにかく――狩りを始めるか。


「戦闘位置、展開。」


リヤカーから飛び降りた瞬間、

スピカが背負っていた――


瞬時解除式(クイックリリース)”のベルトを、

カシャン! と外す音が響いた。


そのままリヤカーを置き、

弩を取り出し……


もう構え終わってやがる。

なんだよ、こいつ……練習しすぎだろ。


俺の作った弩も背負い具も、

完全に馴染ませてる。


……ほんとに、よくやるやつだ。



二体のフォグウルフは、

すでにこちらを察知していた。


俺は射線を塞がないよう、

弧を描いて側面へ回り込む。


予定の位置に着けば、

必ず一体は死角に入る。


見えないうちに切り込む――

そのつもりで構えたとき。


「おっと……

 最初から本気かよ。

 逃げるときしか使わねぇと

 思ってたのに。」


狼の体から濃霧が噴き出し、

視界が真っ白に覆われる。


こいつらの特性だ。

……もう慣れた。


すぐに後方へ退いて、

視野を確保する。


――と、その瞬間。


霧を割って、一体が飛びかかってきた。


想定済みだ。

剣を横に構え、噛みつきを受け止める。


だが二体目が、

死角から回り込み――

爪を振り下ろしてきた。


「ユニ兄!」


「スイナ!? お前、なんで前に――」


振り返れば、

翠が盾を構えて爪を

受け止めていた。


助かったのは事実だ。

……でも後衛が前に出るな。


お前が倒れたら即終了だろ。


いや、今は考えてる場合じゃねぇ。


翠はすぐにメイスを振り、

狼を押し返す。


そのとき、

俺の剣に食らいついていたもう一体が、

不意に吹き飛ばされた。



「助かった、スピカ。」


見なくてもわかる。援護射撃だ。


俺はすぐに翠の方へ踏み込み、

狼の死角へ回り込む。


振り返った瞬間、下から斬り上げた。


刃が喉を裂き、鮮血が散る。

……だが、まだ立っている。


油断できねぇ。


その背後から、

翠のメイスが振り下ろされ――

頭蓋を砕いた。


一瞬で絶命。


もう一体に目をやると、

すでにスピカの矢が胴を貫き、

動かなくなっていた。


「スイナ……大助かりだ。 ありがとう。

 でも……

 お前は後ろに控えてるべきだろ?

 スピカの護衛も必要なんだ。」


「横からユニ兄を支えれば……

 一人多いほうが安定するって……

 そう思っただけ。」


「助かったのは事実だ。

 ……でも後衛が前に出るな。

 

 俺が怪我すりゃお前が癒せる。

 けどお前が倒れたら、

 その瞬間にパーティーは終わりだ。」


翠は笑って、ひらひらと手を振る。

まるで聞き流すみたいに。


──脳裏に、

熱で倒れ込んだあのときの姿がよぎる。


……やっぱり、こいつは無理してる。



スピカは会話の合間に、

黙々とフォグウルフ二匹を

リヤカーへ放り込んでいた。


「ドサッ」と肉が重く落ちる音が響く。


「狩りは終わり? もう戻る?」


「ああ、二匹いれば十分だろ。

 ……道中で魔物に出くわせば、

 その時また狩ればいい。」


「はやっ。

 来てすぐ目標達成、

 もう帰還準備だなんて。

 さすがスピカ!」


実際、こいつは

俺と翠をリヤカーに載せて、

街からここまで走破してきた。


一度も止まらず──

なのに、まだ息一つ乱れていない。


……“運搬士”。

地味どころか、強すぎるだろ。


「ふふっ、帰りも乗っていく?

 私、まだ走れるよ?」


「いや、勘弁してくれ……

 恥ずかしすぎる。」


「でも、リヤカーにはすでに狼二匹。

 私たちまで乗ったら重いんじゃ……?」


「えっ、

 まさか本気で乗る気だったのか?」


「全然平気だよ。

 私が昔運んでた荷物に比べたら、

 軽すぎるくらい。

 

 むしろ、

 この程度なら走りながら遊べる。」


……化け物か。


結局、俺と翠は、

半ば強引にリヤカーへ押し込まれた。



頬をかすめる風が、

気持ちいいくらい涼しい。


だが、座っているのは狼の死骸の上。


……さすがに複雑な気持ちだ。


隣の翠は、後ろを見ながら――

嬉しそうに笑っている。


おい……ちゃんと警戒しろよ。


「やっぱり気持ちいいね。風が涼しい~」


「だろ?

 これからは毎回この方法で行こうよ。

 速いし、二人も体力温存できるし。」


「理屈は分かるけど……

 この絵面はな……」


その時だった。



「ユニ兄、左前方に気配がある!」


「……俺も見えた。」


スピカはリヤカーを減速し、

音もなく停止させる。


視線の先にいたのは──

ぷるん、と震える小さな影。


「……スライム、か。」


地面をぬるぬる這いながら、

俺たちの存在に気づきもせず、

動き回っている。


狩りを始めてから初めて見た。

本当に存在するんだな……。


「スピカ、スライムって珍しいのか?」


「まあ……弱すぎて、すぐ死ぬからね。

 魔石も小さすぎて、

 使い物にならないし。

 地面の小石と区別もつかないくらい。」


「そうか……なるほどな。」


俺はしばらく観察して、口を開いた。


「……捕まえて、飼ってみよう。」


「えっ?」


「ユニ兄! やっぱりそう思うよね!」


翠の目がきらっと輝いた。


スライム……。

役立たずって言われてる。


……でも、違うかもしれない。

いや、きっと違う。


だってスライムだぞ?


冒険パーティーの、

定番ペットじゃないか!?


ゴミ処理……できるかも。

進化したら……“収納”とかも……?


……ある。

絶対にある。

試すしかない。


「ちょ、ちょっと待って!

 スライムを、飼う……?」



※ ※ ※



「ほら、今日の報酬だ。お疲れさん。」


エマさんが袋を渡してくる。

……けど、口元がちょっと引きつってた。


視線は俺の肩。


「ユニクス君、ちょっと聞いてもいい?」


「うん? どうぞ?」


「その肩のスライム……

 なんで連れてるの?」


「……いや、まあ……

 ペット、みたいな?」


「スライム!? ペット!?」


エマさんの目が見開かれる。


……そんなに変か?


「だってスライムなんて、

 可愛くもないし。

 無害だけど、役にも立たないでしょ?

 子ウサギならまだしも……」


「エマさん!

 ユニ兄はゴミ箱にしたいんだよ!」


「ゴミ箱!!?」


ギルドの空気が、一瞬止まった。


横の冒険者たちまで、

こっちを見てきやがる。


やめろ。

そんな目で見るな。


「スライムは何でも食べるから~、

 ユニ兄、訓練してみようかなって!」


「いやいや!

 消化めっちゃ遅いよ!?

 葉っぱ一枚で何十分、

 果物なら一時間以上!」


……うそだろ……。

遅すぎだろ。


けど……訓練したら?

進化したら……?


“収納”スキルとか……ワンチャン……?


……いや、

冷静に考えたらただの餌やりだよな。


「ま、まぁ……遊び半分ってことで?」


俺は苦笑いしながら答えた。

自分でも……無理があるって思ったけど。



※ ※ ※



「きゃー! 収納箱きたー!」


宿のロビーの椅子に座って、

スライムに果物を食べさせてたら――

帰ってきた田村が指さして叫んだ。


……お前、やっぱ分かってるな。


「ユニクス、この子……

 ほんとに収納箱になるの?」


佐野がスライムを覗き込み、

顎に手を当てて首をかしげる。


「……さぁな。

 試してみようって思っただけだよ。」


「絶対そうだって!

 これは“お約束”でしょ!」


……お約束?

誰が決めたんだよ、そんな決まり。


タムラが勝ち誇った顔で言い切るけど、

他の連中はあきれ顔。


「ほらほら!

 これが“成長イベント”なの!

 進化してぜったい収納箱に

 なるんだから!」


……いやいや、何その断言。

マンガかアニメの見すぎだろ。


……まあ、

俺自身もバカげてると思ってるけど。


「ま、とにかく

 飼ってても邪魔じゃないしな。」


「じゃあユニク~ 名前は?つけてよ!」


「そうだよユニ兄。

 飼うなら、名前つけなきゃ!」


……お前らの方が乗り気かよ!?

名前なんかつけたら情が移るだろ。


もしホントに何もできなかったら

……捨てられなくなるじゃんか。


「……やめとく。

 愛着湧いたら捨てらんねぇ。」


「なんで捨てるの?絶対進化するって!」


……おい田村、

どこから来るんだその自信。


「じゃあユニ兄……“朝顔”ってどう?

 もし役に立たなくても、

 名前が可愛いなら……

 捨てにくくない?」


「朝顔……?

 まあ、悪くはないけど……」


「わははっ、“朝顔の観察日記”か!

 スイナ、やるじゃん!!

 その名前で決まりだな!」


……おい。

研究してるのは俺の方なんだけどな……。

なんでお前らの方が盛り上がってんだよ。


……まあ、

記録するなら名前があった方が都合がいい

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