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第19話 揺れる馬車、揺れない決意


耳元でガタゴトと音がして、

体もその揺れに合わせて

小さく揺らされてた。


――と、その瞬間。


強い衝撃に揺さぶられて、

ふっと目が覚めちゃった。


まぶたを開けると……

どうやら、うっかり寝ちゃってたみたい。



視線を巡らせれば、

見慣れない景色ばかり。


湿っぽくて、

やけに蒸し暑い空気が

肌にまとわりつく。


私は今、

南の町へ向かう公共馬車の座席にいた。


車内では、

ほとんどの人が目を閉じて休んでいて、

わずかな人だけが、

ぼんやりと外を眺めている。


耳に入るのは、

蹄の音と車輪の回る音だけ――

やけに静かな空間。



ふと右手側に目を向ける。


遠くには、黒く見えるほど深い緑の森。


エルフの樹海――

私たちが召喚された場所でもある。



生活費と旅の足代を稼ぐため、

そして、嫌なことを忘れるために――


考えるのをやめて、

ただ無心で野を駆け、獲物を狩った。


最低限の資金ができたら、

迷わずあの街を離れる。


あの街は危険すぎる。


異世界人の存在を

知っている奴隷商人がいる……


もし私のことを知られたら……

そこで終わり。


逃げ切れるわけがない。


だから、

一刻も早く離れたほうが安全だし、

そもそも、

あんな所に一日だって長くいたくない。


……あんな“()”と、

同じ街で息をするなんて――


()()に御免だ。



この数日、

まともに食事なんてしてない。


お腹はまだ空いたまま。


袋の中に乾パンはあるけど――

まだ食べなきゃいけない時じゃない。


寝るのは、ギルドの共用寝室。


目立たないように、早く出て、遅く戻る。


そのせいで、

疲れと全身のだるさが

溜まっていくばかり。


衛生だって、大事なのに……

今は適当に体を拭くだけで済ませてる。


そのことを思い出して、

つい髪に手をやったら――パサパサ。


……やっぱり、切れないな。


偽装のためってわかってても、

この長い髪だけは……

どうしても捨てられない。



岩淵さんの証言は、

ずっと私を混乱させて、

矛盾も生んでいた。


あの時の彼女は、

表情ひとつ変えず、淡々と話していた。


けれど、その声には、

微かに力がこもっていた。


「悠月は殺された」

――そう、彼女は言った。


あの時、私はただ信じたくなくて、

信じることを拒んだ。


でも……彼女が嘘をつく理由なんてない、

そう思ってた。


……今になって、わかった。


あるんだ。


彼女はきっと、私たち――いや、陽太に、

悠月の行方を探らせたくなかった。


殻みたいに空っぽな彼女なのに、

陽太を見るその視線には、

何かが宿っていた。


……悠月を見るときの私と、同じだった。


だからもう、迷いはない。

彼女は嘘をついた。


悠月は絶対に生きてる。


反抗して殺されるような人じゃない。

そんな無謀はしない――私は信じてる。


……胸の奥が、熱い。


岩淵さんは言わなかった。

「悠月は捕まった」なんて。


……ほどけた瞬間、胸が跳ねた。


手のひらに汗が滲む。


……ほぼ間違いない。

あの場に、悠月の姿はなかった。


近くに潜んでいた可能性が高い。


もし生き延びたのなら、

きっと逆方向、川の下流へ向かったはず。


膝の上の袋を、ぎゅっと抱きしめる。


自分の推理が正しい――そう信じながら、

迷っている暇はなかった。



だから私は、

公共馬車に乗って南へ向かった。


臨海の小さな町――モリリムを目指して。


地図のいちばん南端。

ほとんど王国のはずれ。


畑と、国境沿いの砦くらいしかない……

そんな場所。


……でも、時々

エルフが現れるって噂がある。


そんな場所でいい。


樹海はすぐそこだし、

お金をかせいで、装備をととのえれば、


そのまま向かえる。


たとえ一人でも、

足を止めるつもりはない。


探し出すんだ――

私が探したい、あの人を。



※ ※ ※



うつむいてぼんやりしていた時、

ふと視線を上げると――


正面のせきにすわっている、

冒険者のお姉さんが、

さっきから時々、私を見ていた。


……気づいてたけど、

あえて気づかないふりをしてた。


目立ちたくないから。


きっと話しかけたいんだろう。

彼女は私の顔をじっと見て……

にこっと笑った。


私も、つられて笑みを返す。


そして、そのまま声をかけられた。


「やあ、かわいいお嬢ちゃん。一人旅?」


「……うん。」


軽くうなずいて答える。

声の調子はやさしく、やわらかい。

悪い人じゃなさそう。


でも、すぐにわたしの頭……

いや、髪に視線がうつった。


染料を見つけた時――

いや、変色の薬だった。


店主は「飲んだら元には戻らない。

伸びても同じ色になる」って言ってた。


値段も問題だけど……

それ以上に、変えたくなかった。


ゆびさきが、髪の先をなぞっていた。


……やっぱり、目立っちゃう?


「……あ、ごめんね。

 そんなにじっと見て。

 ちょっと気になっただけなの。」


「……ん?」


「黒髪って、めずらしいんだよね。

 話にはきいたことあるけど、

 ほんもの見るのは、これが初めて。」


「……! そ、そう。」


「うん! もしかして

 すごーく遠い東のほうで

 滅んだ民族の血をひいてる?

 ……あ、これ聞いていいのかな?」


言い終わってから、

慌てた様子で口を押さえるお姉さん。


自分が余計なことを

言ったんじゃないかって、

反省してるみたい。


……滅んだ民族?


この世界には、

昔、黒髪の民族がいた……?


この情報――絶対に確かめないと。


「……私も、よくわからない。

 両親からは何も聞かされてないし。

 ……お姉さん、

 その話、聞かせてもらってもいい?」


「お~いいよ!私も聞いた話だけどね。

 昔、黒髪の民族がいて、

 人数は少なかったけど、

 独特な料理や服装があったんだって。」


「……ふんふん。」


「ある国が、その民族と土地を

 自国に取り込もうとしたんだけど……

 拒んで、そのまま歴史から

 消えたらしいよ。」


「……そうなんだ……

 教えてもらったことは、なかった。」


「だからね……もしかして、

 君って、その滅んだ民族の血を

 引いてるんじゃないかな~って。」


――黒髪は、

この世界にも昔は存在した。


珍しいけど、ゼロじゃない……助かる。


この話……

心の中で、そっと覚えておこう。


「……やっぱり、わからない。

 同じ黒髪の人も見たことないし、

 両親も何も言ってなかった。」


「そっか~!

 あ、自己紹介がまだだったね~。

 私は――」



『前方右側の草原に、オーク!!』


突然、馬車が急停車して、

馬が驚いたように甲高くいなないた。


私は座席から投げ出されそうになり、

慌てて体を支える。


顔を上げると――三体のオーク。


二メートルほどの巨体、

丸太みたいな腕、

そして……絵本で見た鬼のような顔。


……いや、あれは本当に、鬼だ。



数秒、呆然と見つめてしまい、

ようやく我に返る。


どうする……?逃げたほうがいい……?


車内は一気に騒然となった。


荷物を抱えて飛び出そうとする人、

子どもを庇って必死に抱き寄せる人……。


私も動こうとしたけど、

体が勝手に震えて、足に力が入らない。


その時――


ふいに、誰かの手が、

私の頭をそっとくしゃっと撫でた。


「私と仲間で片付けてくるね~。

 大丈夫!」


え……?


冒険者のお姉さんはそう言うと、

すぐに馬車から飛び降りた。


後ろからは、二人の先輩冒険者も続く。


さっきまで明るく話していた雰囲気とは、

別人みたいに、

鋭い目でオークを見据え、


腰の後ろから双剣――いや、短剣を抜き、

身を低くして消えた。



速い――!


一瞬、姿が掻き消えたようで、

目を奪われる。


気づけば三体のオークの間に飛び込み、

刃が一閃、そして消える。


私の目では追いきれない。


オークたちは

彼女の動きをまるで捉えられず、

まるで遊ばれているみたい……。


三対一のはずなのに、

彼女の速度が陣形を崩し、

互いに邪魔し合って戦えていない。


走って、しゃがんで、また駆け抜け、

隙を見つけては傷を刻む――そして、

一体のオークが前のめりに倒れた。


「突っ込みすぎだぞ。」


援護に入ったのは彼女の仲間。

倒れたオークの背には大きな穴

――魔導士?


「ごめんごめん~二体目はもらうね!」


次の瞬間、オークの前から消え、

背後に現れて跳び上がる。


二振りの短剣で――一気に、

その首を断ち切った。


……けれど、

まだ着地していないその時、

残った一体が棍棒を振り上げる。


やば――!

思わず目を閉じた。



「はぁ……

 格好つけるなら最後までやれよ。

 途中で止まるなっての。」


そっと目を開けると、

別の男性冒険者が

腕で棍棒を受け止めていた。


痛くないの……?

びくともせず、凄まじい腕力。


「ごめんごめん~」


彼女は片手を上げて謝りつつ、

もう片方の短剣でオークの首筋を一閃。


最後の一体も地に伏した。


――これが、本物の冒険者パーティ。


……すご……本当に、すごすぎる……。


胸がドクン、ドクン……

と高鳴って止まらない。


……でも、少しだけ、羨ましい。


あの時、もし私が森に残って、

拠点組として悠月と

一緒に動いていたら……


何か、違う未来があったのかな……。



※ ※ ※



冒険者たちは手際よく

三体のオークを解体し、

馬車に積めるだけの

価値ある部位だけを持ち帰った。


残りは道端に置かれ、

魔導士の仲間が炎で焼き尽くす。


「アハハ~、

 格好つけようとしたのに、大失敗~!」


「……そんなことない。

 すごく格好よかったし、綺麗だった。」


戦いが終わると、

御者が真っ先に彼女たちへ礼を言い、

後ろの乗客たちも歓声を上げて迎えた。


――肩を並べて、

信じ合える仲間って、

こういうことなんだ。


羨ましい……心からそう思った。


「そうそう~、

 さっきの続きね。私はリア。君は?」


「……リュカ。」


「私は前の町、モリリムの出身でね。

 仲間も同じ。

 今回は家族に会いに帰るんだ。


 もし見かけたら声かけてよ。

 ……困ったことがあったら手伝うから!」


一瞬、言葉が出なかった。


異世界に来てから、

こんなに親切にしてくれた人は

初めてで……


胸の奥が、

じんわりと温かくなっていく気がした。


「……ありがとう、リアさん。」


視線を遠くの樹海に向ける。


ギルドの閲覧室で目にした記録が

……ふっと脳裏に浮かんだ。


樹海の奥にはエルフ族が住んでいて、

人間と接触することはほとんどない。


奥へ進むほど魔物は強力になり、

物好きか、

あるいは企みを持つ者しか近づかない。


狩りをするのは表層だけ――。


私たちが転移したのも表層だったから、

危険な魔物に遭わずに済んだ。


もし深層だったら……

きっと、生きてなかった。


地図には、

樹海の浅層に一本の川が描かれていた。


あれが、私たちの拠点だったに違いない。


川の上流は北東へ

――遠征組が向かった方向。


そこには、私がかつて滞在した街がある。


そして下流は南西へと伸び、

今いる王国を越えて商国へ流れ込む。


樹海に隣接した商国の国境沿いに、

その川が流れ着く街――リュゼルナ。


……きっと、あそこだ……間違いない。


布袋を抱きしめながら、

心の中で固く呟いた。



「ほら、

 右手の林の向こう、もうすぐだよ。

 小さいけど、町が見えるでしょ?」


指差す方向を見ても……何も見えない。


目元に手を当てて、ようやく思い出す。

――私は眼鏡を外したままだった。


異世界に眼鏡があるかも

分からないから、

ずっと布で包んで袋にしまってある。


次の町に着いたら、

すぐにでもお金を稼がないと。


食事や宿代、旅の道具、

そして天職やスキルの登録料も――


……諦めない。

絶対に……君を見つけ出してみせる。



※ ※ ※



町に着く頃には、

夕陽が空を茜色に染め、

橙金の雲が、

家並みと石畳を柔らかく照らしていた。


思っていたより活気がある町で、

遠くの屋根瓦が光を受けて、

温かな色を帯び、


路地の屋台には干された獣皮が並び、


空気には、

炭火と香辛料の匂いが混じっている。


城門の衛兵は気だるげに入城者を眺め、

何人かは私の髪に視線を留めた。


悪意は感じなかったけれど、

胸の奥が、きゅっと強張った気がした。



ギルドの場所を聞こうとした瞬間、

聞き覚えのある声が私を呼び止めた。


――リアだ。


笑顔で手を振りながら近づいてくる。


「やっぱり初めて来たんだね?

 どこへ行くつもり?」


「……まずは冒険者ギルドを探したい」


リアは軽く顎を上げ、

通りの奥を指さした。


「この大通りをまっすぐ行って、

 突き当たり。


 剣と盾の紋章が掛かってる建物が、

 そうだよ。


 もう暗くなるし、

 今日は休んだほうがいい。」


気遣うような口調で、

さらにひと言添える。


「困ったことがあったら、

 遠慮なく私を頼ってね。」


胸の奥がじんわり温まる。

小さく頷き、その好意を心に刻む。


リアが手を振って去っていき、

私は方向を確かめてから足を進めた。



重い木扉を押し開けると、

目に飛び込んできたのは、

前の街の清潔なギルドとは正反対の光景。


――これこそ

「異世界の冒険者ギルド」という空気だ。


木の床は無数の靴跡と泥で汚れ、

汗や革、酒の匂いが混ざり合っている。


暖色の灯りがテーブルを照らし、

荒っぽい笑い声と、

ジョッキのぶつかる音が響く。


辺境って、こういう場所なんだな……。


思わず口元が緩む。


――こういう雰囲気、

悠月ならきっと気に入る。



ギルド併設の食堂は

湯気と焼き肉の匂いで満ちていた。


腰を下ろした途端、

隣の卓から、

「勇者」という言葉が耳に入る。


一瞬、時が止まったみたいに体が固まり、

すぐに――

意識を引き戻す……きっと陽太のことだ。


屈強な男たちが、

領主に招かれて屋敷へ向かい、

王都へ発つ勇者の話をしている。


「王都が近ければ俺も見に行くのに」

と笑い混じりに言う声も聞こえた。


陽太と、あの姉の顔が脳裏をよぎる。


……だが、

その思いをきっぱり断ち切る。


あの二人のことは、

もう――

私には()()()()

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