第18話 必要なもの、欲しいもの、求めるもの
夜明け前の薄明かりの中、
工房から金属を打つ音が響いていた。
「……できた。
倉庫の廃材をちょっといじっただけ
なのに……これならいけそうだ。」
「まだ夜も明けてねぇのに、
ずいぶん気合入ってるな。
どれ……
これがお前の作ってたモンか?
……おい、お前、頭でもやられたのか?」
おやじは手に取って眺め、
呆れたように言った。
俺が初めて、一人で作り上げた“武器”だ。
だが、
おやじは「ダメだ」とは言わなかった。
「そんなわけないだろ……
グレンおやじ、
今日は休みをください。
お願いします。」
「はぁ……好きにしな。
……正直、ちょっと見てみてぇな。
どう使うつもりかよ。」
その一言が、さらに自信をくれた。
※ ※ ※
宿の食堂に戻り、
仲間と一緒に朝食を取る。
夜明け前から作業していたせいで
腹は減っていたが、達成感は心地よい。
ふと千紗が、壁際に置いたそれを見つけ、
目を輝かせて飛び上がった。
「え? なんでここにこんなのが!?
ユニク、これ作ったの?
もしかして私にくれるの~?」
「違う。」
両手で抱え上げた千紗は、
すぐに眉をひそめた。
「これ……めちゃくちゃ重い……
え、なんか引っかかる?
あ――全然使えないじゃん!!!」
……ほらな、やっぱりそう来たか。
思わず、心の中でニヤリとした。
「タキ! 次あんた! やってみて~!」
千紗から大輝へと渡される。
最初からウォーリアの彼に
試してもらうつもりだった。
ちょうどいい。
「なんだこれ……? ふん……」
眉間に皺を寄せたまま首を振る。
「無理だな、これ、
役に立つわけねぇだろが?
ユニクス、失敗作か?」
「はは~タキでもダメだった~!
じゃあ私のせいじゃない!
ユニクのせいだ!」
「いや、これが俺の自信作だ。」
おい。
その「こいつバカじゃないの」って
目やめろ。
とっとと座って朝飯食え。
俺は黙って食事を続けた。
「スイナ、あとで一緒に来てくれるか?
先に食堂へ休みを伝えてくれ。」
「新しい仲間に会いに行くのね?行く!」
翠が食器を片付けながら、
嬉しそうに笑うのが見えた。
※ ※ ※
あ、やっぱりここにいたか。
この空き地で、朝から弓の練習――
さすがだ。
「スピカ、おはよう。」
「……!」
背後から声をかけると、
スピカは少し驚いたように、
手の矢がわずかに揺れた。
「ユニ兄……! エルフだよ! エルフ!」
「ああ、彼女はエルフ族のスピカさん。
スピカ、こちらは俺の妹、スイナ。」
「……おはよう。」
「スピカさん、おはよう!
やっぱりエルフって可愛い~
ユニ兄、
こういう子が一番好きなんだよね?」
「……おい……
そういうややこしいのやめろ。」
ほらな、
スピカが呆れ顔になったじゃねぇか。
一瞬、視線が翠に流れた。
……別に嫌ってるわけじゃなさそうだ。
空気が冷める前に、話を本題に移す。
「スピカ、
俺たちパーティーを組もうと思ってる。
君を誘いたい。」
俺の話を聞いた瞬間、
スピカの体がビクッとした。
そして――
じっと疑わしそうな目で
こっちを見てきた。
「……私を雇って、
パーティーの荷物持ちにでも
するつもりなの?」
「違う。
ちゃんとメンバーとしてだ。
ポジションは後衛のアーチャー。」
耳の先がピクッと動いた。
何か反論しようとした――その瞬間、
俺が背中から取り出した物が、
その動きを止めた。
「これは……クロスボウ?」
俺は作った武器を差し出した。
スピカは一目見た瞬間、表情を引き締め、
警戒心むき出しの目で俺を睨みつける。
「……どういうつもり?
これを見せて……私をバカにしてんの?」
「いや、絶対に違う。」
俺はその目を正面から受け止めた。
「あんたも、
あいつらと同じクチかよ……!
こんなモン見せつけて、
私のこと笑う気だろ!?
もう、
わかってる、知ってるよって……!」
言い切ると同時に、
矢筒を握る手にさらに力がこもった。
「……あたしはただの足手まといだ
――パーティに入れてもらえる
なんて望むな、って話なんだよ!
毎日ただ、できる仕事を
黙ってこなすだけ……
誘われるなんて――ありえねぇって!」
過去を思い出したのか、
声は震え、必死に俺の誘いを拒んだ。
――完全、敵見る目だな。
さらに大きな声で俺を罵倒してきた。
彼女は歯を食いしばり、
震える声を吐き出した。
「私が狙いを外すからって、
クロスボウなんか渡すつもり?
私は馬鹿じゃない!
連射は遅いし、動きづらいし……
重たくてしょうがない!
こんなん、軍隊の装備じゃねぇかよ!
……っ!」
弦を握る手が震える。
目が、潤んでいる。
「なのに、あんたは……!」
言葉の途中で、スピカの声がかすれた。
その目尻に、うっすらと涙が光る。
俺は深く息を吸い、
正面から視線を受け止める。
「わかってる。
俺は絶対にお前を見下してない。
むしろ――このクロスボウは、
お前のためだけに作った。
これこそ、“お前専用”の武器だ。」
彼女は一瞬きょとんとし、
視線が揺れる。
でも、俺はその目からは逃げなかった。
「……わ、私……専用……?
……どういう……意味?」
耳の先が、かすかに揺れた。
「いいから、 まずは試してみてくれ。」
俺は誠意を込めた眼差しで、
真っ直ぐに彼女を見つめた。
困惑の色を浮かべた彼女は、
やがて視線を逸らし、
俯いたまま何かを考え込んでいた。
「……本当に、私でいいの?
……あんたを信じちゃって……いいの?」
数秒の沈黙のち、
スピカはゆっくりと手を伸ばし、
俺の作ったクロスボウを受け取った。
翠は黙って、その様子を見守っている。
「……一回だけよ。
こんなの……パーティーの役には――」
ぶつぶつ文句を言いながらも、
スピカは構え、弦を引く。
動きは速くないが、確かに安定していた。
「……これ、
私が知ってるクロスボウと……違う!?」
眉をひそめ、ようやく気づいたようだ。
当然だ。
これは、お前のために作ったんだからな。
俺は矢を手渡す。
彼女は一瞥し、無言で頷く。
次の瞬間――
パァン――。
矢が飛ぶ音すら聞こえなかった。
……息が、止まった。
遠くの木が的みたいにえぐれて、
ぽっかり穴が空いてやがった。
「……体、勝手に震えてた……
あの感覚……忘れてた……
いや、生まれて初めてだ……」
……狙い通り。
この一撃で――
氷みたいに固まってた心も……
少しは溶けりゃいい。
彼女は射撃の姿勢のまま、
ぴたりと動きを止めた。
数秒後――肩が震え、
次の瞬間、勢いよく振り返った。
「なっ……なにこれ!?
私の知ってるクロスボウと全然違う!
……おかしいだろ、これ!
……ありえねぇって!」
「わぁ……貫通してる!
スピカさん、すごい!」
スピカは呆然としたように見え、
手の中のクロスボウが
小さく震えていた。
俺は一歩近づき、低い声で告げる。
「だから言ったろ。
これは“お前専用”だ。
今まで使ってきたのは、
普通のクロスボウ。
……この引きの重さ、この弦の強さ。
俺の知ってる限り、
これを引けるのはお前しかいない。
俺は断言する――
このクロスボウを引けるのは、
お前だけだ。」
「……私専用、なの……?」
俺の言葉を聞いたスピカは、
まず俺を一瞥し、
それから手の中の――
彼女のためだけに作った
“特製クロスボウ”を、じっと見つめた。
「クロスボウは連射が遅く、
機動性もない――それがどうした。
一撃で仕留められるなら、
二発目なんていらない。
この威力と射程……
後方支援だけで十分だ。
……だから、スピカ。
俺たちのパーティーには“狙撃手”
としてのお前が必要なんだ。」
彼女は顔を上げる。
その目尻には、もう涙が溜まっていた。
「……私……狩りが……できるの……?
私を……必要としてくれるの?」
「ああ。俺のパーティーには、
お前のような仲間が必要だ。
――スピカ、
俺たちと組んでくれるか?」
スピカはゆっくりとクロスボウを
下ろし、
握った手に力を込め――そして、泣いた。
「……私、
今まで一度もパーティーに
誘われたことない。
……思い出すのは、
いつも背中を向けられた景色ばかり。
経験もない。
何もできない私でも……
役に立てる……のか?」
「ああ。 俺の狙撃手は、お前だ。」
「スピカさん、一緒にやろうよ!
あの矢、本当にすごかった!
私、まだドキドキしてるんだから!」
翠も笑顔で近づき、
スピカは俺たち二人を交互に見上げる。
「……いいの? 本当に……。
私、足を引っぱるかもしれないのに……
私……パーティーに……入れて!」
「……ああ。
絶対に、一人にはさせない。」
……やっとだ。
氷みたいに固まってた彼女を、
俺はこの手でようやく掴まえた。
涙を浮かべながらも、
最高の笑顔を浮かべた。
「決まりだな……スイナ。
女子部屋、ベッドは三つあるんだろ?
スピカを入れても大丈夫か?
仲間なら……
やっぱ一緒に動くべきだな。」
「ユニ兄、大丈夫!
ナナミ姉もチサル姉も、
きっと喜ぶよ! 特にチサル姉は……」
翠が笑いながらそう言うので、
チサルがスピカに
抱きついて離さない光景が頭に浮かび、
思わず俺も笑ってしまった。
※ ※ ※
「ちょ、ちょっと待って!
本当にパーティーを組むの!?
魔導具職人に、運搬士に、治癒師て……
これ、危なくないですか……?」
「試してみたいんです。お願いします。」
ギルドの受付嬢が慌てるのも無理はない。
……まぁ、
正気の沙汰じゃないって
思われても仕方ねぇか。
「わかりました……では、
パーティー名は?」
完璧なパーティー編成――
前衛2、アタッカー3、
サポート1、ヒーラー1。
ゲーム的に言えば、
これが俺の好みの布陣だ。
なら――。
「パーティー名は、
《逆回転の七輪》でお願いします。」
「逆回転……の……七輪……。
なるほど、
運命に逆らう者たち、ですか。」
……さっきまでの熱。
ぜんぶ持ってかれた気がする。
……違ぇって!
七人パーティーが一番
しっくりくるだけなんだ!
それに――
この名前で、他のクラスメイトが
気づいてくれるかもしれない……
見つけてくれるよな?
「……まぁ、そんなとこだろ!」
「やっぱりユニ兄らしい名前だね、
ふふっ。」
「違うって!」
「では、三人とも魔導身分証を
出してください。
このパーティー名で登録しますね。」
登録を終えると、
俺たちは揃ってギルドの外へ出た。
「これから、よろしくな。
一緒に頑張ろう。」
「ユニ兄とスピカさんと一緒に
冒険できるなんて……楽しみ!」
「……ありがとう。」
スピカは、まだ目元が赤いまま――
翠と肩を並べて歩いていた。
その背中は、
もう二度と孤独じゃなかった。
もう二度と、一人にはさせねぇ。
……そんなこと考えてたら、
背後の石壁にもたれていた影が、
ゆっくりと動いた。
声がした。
ギルドの外壁にもたれていた伊賀が、
ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「……やっぱ……
最後に残ったのは……俺、か。」




