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第1話 異世界召喚……マジで?


「……悠月、時間だよ。」


本を閉じて立ち上がり、

ページを戻してカバンを手に取った。


「うん。今日、何か手伝うことある?」


「…もう終わったよ、大丈夫。」


「そっか。じゃ、帰ろう。」


カウンター席に座っていた少女は、

既に机の上を片付け終わっていた。


眼鏡の奥の横顔は、

いつも落ち着いていて。


黒髪が頬にかかっても、

気に留める様子はない。


右肩に鞄をかけ、鍵束を拾い上げる。


慣れた手つきで次々と電気を消し、

俺と一緒に図書室を出て、

扉に鍵をかけた。



校舎の廊下には、

既にほとんど生徒の姿はなく、

俺たちは静かな廊下を

二人で歩いていく。


窓の外から、

部活の掛け声が遠くから聞こえる。


職員室前の窓辺に差し掛かり、

ふと見上げると、

空は淡い橙色に染まっていた。


……この時間が、永遠に続けばいい。


ガラス越しの夕焼けが、

妙に遠く見えた。


――そう思った瞬間、胸の奥に、

理由もなく冷たいざわめきが走った。


理由なんてない。

ただ、何かが終わる予感だけが、

静かに背中を押してきた。



問いかけかけた、その瞬間──

背後で扉の閉まる音がした。


「…鍵、返してきたよ。」


「うん。」


一階へ下りる。


下駄箱で靴を履き替え、

そのままグラウンドへ

向かって歩き出した。



※ ※ ※



少し先、手を振りながら

駆け寄ってくる少女の姿が見える。


齊肩の髪が跳ねるたびに、

部活帰りの元気さが――

そのまま伝わってきた。


「晶、月!練習終わったよ!

 着替えてすぐ戻るね!」


「うん、待ってる。」


「すぐ戻るから、ちゃんと待っててね!」


そう言い残して、

彼女は部室棟の方へ駆けていった。


「…悠月、お姉ちゃん、

 いつもあんな感じで……ごめんね。」


「気にすんなよ。謝ることじゃないし。」


……まったく。


別に照れてるわけじゃないし、

嫌ってもいない。


ただ──高校二年にもなって、

あの呼び方はないだろ。


周りの誤解が減ったのは、

俺が慣れたからじゃない。


ただ、皆が面白がるのをやめただけだ。


……それでも、本人は

全く気にしてないのが一番の救いだ。



体育館の方に目をやると、

ちょうど一人の男子生徒が

歩いてくるのが見えた。


肩にはスクールバッグ、

背中には大きなスポーツバッグ。


身長は180センチ近く、

短く整えたアッシュブラウンの髪。


不良っぽさはなく、

顔立ちは爽やかで整っている。


……誰もが認める、学校一の人気者。


学年問わず告白され、

人当たりもよく、責任感も強い。


男女ともに頼りにされ、

よく慕われていた。


それが――日向陽太。


名前の通り、明るくて、

人を惹きつけるやつだった。


その笑顔の奥に、

時々ほんの一瞬だけ、

誰にも見せない間がある。



陽太はゆっくりとこっちへ歩いてきて、

いつもの笑顔で声をかけた。


「よっ、もう来てたんだね。光はまだ?」


「…姉ちゃん、今着替え中。」


俺たちはグラウンド脇で、

いつもの何気ない会話を交わす。


やがて、制服に着替えた

光が駆け寄ってきた。



「お待たせー!陽も来てたんだね。

 じゃ、みんなで帰ろっ!」


「おー、帰ろ帰ろ!」


そして俺たち四人は、

いつものように連れ立って

校舎を後にした。



※ ※ ※



いつもの帰り道。


話すことも、特に決まってない。

気付けば、公園の前にいた。


俺たち四人は、

いわゆる「幼馴染み」だった。



「あっ、まだいた!

 悠兄たち、帰ってなかったんだ〜」


妹の星野翠が、

スーパーの袋をぶら下げて、

小走りで近づいてきた。


「翠……

 スーパーに行くなら言ってくれれば、

 一緒に荷物持てたのに。」


「そんなに重くないし、

 スーパー、好きなんだ~ えへへ。」


「ほんと良い子~! お姉ちゃんが

 ギューってしてあげる~!」


「ありがとう、光姉。

 でも、そろそろ夕飯の準備しなきゃ。

 晶姉、陽兄、またね~。」


「俺も、一緒に帰るよ。」


軽く手を振り、

俺と翠は二人で家路についた。



※ ※ ※



家に帰った後、

まず風呂を掃除してお湯を張り、

その後すぐに自室に戻って

学校の課題を終わらせた。


ちょうどその頃、翠の夕食も出来上がる。


頭の後ろで小さく束ねた髪が、

湯気の中で揺れていた。


肩を覆う髪のせいで、

首筋は隠れているのに。


不思議と家事に慣れた雰囲気があった。


いつも通り、

美味しくて栄養バランスもばっちりだ。


「……ごちそうさま。

 やっぱり今日も美味しかったよ。

 いつもありがとな、翠。」


「ううん、大丈夫。

 私、料理するの好きだもん。」


翠はそう言って、ふわっと微笑んだ。


その笑顔を見ていると、

どうしても「守らなきゃ」と思わされる。



食後、手伝おうとしたけど、

やっぱり台所から追い出された。


仕方なく、先に風呂に入る。



夜の時間――


俺はMMORPGに没頭する。


このゲームは

リリース初日からプレイしている、

いわゆる「古参プレイヤー」。


好きで、楽しくて、だけどそれ以上に――

父さんとの思い出が

詰まっているゲームだった。


父さんは、

このゲームの企画に携わった人だった。



※ ※ ※



翌日――


「悠! 掲示板、見たよ!」


「うん……五時間かけてクリアした。

 終わったの、二時。」


「マジかよ!?

 昨日実装されたばっかりじゃん!」


「ちょっと休む……

 先生が来たら起こして……」


「OK!起きたら詳細教えてね!!」



昼休み。なんとか体力は戻ってきた。


……授業内容なんて、

頭からすっぽ抜けた。


でも後悔はない。


あの瞬間にしか味わえない達成感は、

他じゃ手に入らない。



「悠!掲示板、めっちゃ荒れてる!

 再生数もヤバい伸び方してるぞ!」


陽太は弁当をかきこみながら、

興奮気味に話しかけてきた。


話題は、昨日実装された

新ダンジョンと、そのボス。


昨日公開されたばかりなのに、

もうクリアされていて、

掲示板は騒然としていた。



「……まあ、どんなギミックか

 事前に予想できてたし。

 それに、仲間が強かったからな。」


「悠のパーティ、ほんと強いよなー!

 毎回アップデート

 初日にクリアしやがる!」


「仲間が優秀なんだ。

 俺のワガママに付き合ってくれて、

 本当に感謝してるよ。」


父さんが残してくれたゲーム。


新ダンジョンが実装されるたび、

誰よりも早く攻略して、

ランキングにチーム名を刻む。


別に有名になりたいわけじゃない。


ただ――父さんに、

その姿を見せたかっただけだ。


もう見せる相手はいないのに、

なぜか止められなかった。



「月、弁当めっちゃ美味しそうじゃん!

 交換しようぜ!」


「……やだよ。

 これ、翠が作ってくれたやつだから。」


「……悠月、お前、シスコン?」


「はは……光姉さんが良ければ、

 今度多めに作ってもらおうか?」


俺と陽太の隣では、光、晶、そして翠が、

わいわいと賑やかに昼飯を囲んでいた。



……うん、たとえ親友でも、

これは譲らない。


翠が作ったもんを手放す理由なんて、

どこにもない。



※ ※ ※



いつも通りの教室。


食堂に行くやつもいれば、

パンで済ませるやつもいる。


平和で、何も変わらない日常。

――そのはずだった。



教室の中央に、

突然、謎の光球が現れた。



「わっ!? なんだこれ?

 誰かのドッキリ?」


「めっちゃ光ってる!

 コスプレ用の道具とか?」


数人の男子が、

面白半分で光球の近くに寄っていく。


そのうちの一人が、

冗談半分に手を伸ばした瞬間――


光球が一層強く輝き、膨張を始めた。



「ちょ、待って!?

 手が……引っ張られてる!抜けないっ!」


教室が一瞬で騒然となった。

光球は、さらに膨張を始める。


……逃げなきゃ。


即座に席を立ち、出口を目指す。

周囲の生徒も、次々に動き始めた。



だが――

膨張の速さは、想像を超えていた。


「いやだ!来ないで!!」


「助けてくれ! 誰か、引っ張って――」


叫び声も虚しく、

数人が光球に呑み込まれていった。


俺が教室を出ようとした、

その瞬間だった。



翠が、

パニックになった誰かに押されて──

床に倒れ込んでいた。


最悪なことに、

彼女の両足はすでに

光球に呑み込まれていた。


どうする!? どうやって助ければ――

頭の中で、父さんとの約束が、

耳元で何度も反響する。


翠は、涙を滲ませながら、苦笑していた。


「大丈夫だよ、悠兄……早く逃げて……!」


――ふざけるな。

これのどこが大丈夫だ……。


二度と、そんな顔はさせない。


……俺は、父さんと約束したんだ。

絶対に、翠を悲しませないって。


もう迷ってる時間なんて、

どこにもなかった。


俺は翠に飛び込み、抱きしめた。


そのまま、俺たちは――


一緒に、光に呑まれていった。





《読後感:星野翠》


この話、

読んでて息が止まりそうだったよ……


あの光の球、いったい何だったの!?


もう少しで

悠兄と離れ離れになるところだった……


泣きそうになったそのとき、

悠兄が飛び込んできて、

ぎゅって抱きしめてくれて……


すっごく、嬉しかった……!


……あの時みたいに、

ずっとそばにいてくれるよね?

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