第16話 心に埋もれた火花
朝、
仕事に出かけようとしたとき、
翠が用意してくれたお弁当を、
俺に差し出した。
その笑顔を見た瞬間、
昨日の出来事が頭をよぎる——
「……スイナ。
お弁当、ありがとう…………
昨日………ちゃんと……言えなくて………
ほんとに……美味しかった、よ………」
「ううん、いいの!
ユニ兄お弁当を作るのが、
私の一番の幸せだから!」
あまりにも自然な笑顔で、
そう言うから……
俺は、 嘘をつきたくなかった。
「……ごめん、スイナ。
俺……実は……昨日のお弁当の中身、
…………思い出せないんだ。
まったく、何も……覚えてなくて……」
「…………」
「朝早くから、
一生懸命作ってくれたのに……
俺はただ機械みたいに、
口に運んでただけで、
味なんて、全然感じてなかった……」
俯いたまま、気づけば、
弁当箱をぎゅっと握りしめていた。
「……本当に、ごめん。」
翠は一瞬だけ、目を丸くして、
それから……優しく笑った。
「うん、知ってたよ。
ユニ兄、ずっと無理してるもんね?
最近……すごく、大変だったでしょ?」
……大変?俺が?
まるで全部、
見透かされているかのように、
彼女は続けた。
「みんなが生き残れて、笑えるように、
ユニ兄はたくさん考えて、
いっぱい動いてきたじゃない?」
「……そう、なのかな。」
自分ではよく分からない。
でも分かってる。
——彼女の方が、よっぽど頑張ってる。
無理しすぎて、倒れるほどに。
それでもこうして、
俺を気遣ってくれる……
「……ありがとう、スイナ。」
「どういたしまして!
思い出せなくても大丈夫!
今日も栄養たっぷりのご飯を
作ってきたからね!」
彼女は笑いながら、
俺の手を軽くポンと叩いた。
「ユニ兄の力に、きっとなれるよ!」
俺は弁当箱を見つめ、
ゆっくりとうなずいた。
「うん。感謝して、残さず食べるよ。」
※ ※ ※
翠の優しさと応援のおかげで、
ちょっと元気が出た。
それに加えて、スキルのレベルアップで
作業効率も上がってきた。
「……今日は、進みがわりと早いな。
スキル上昇の効果やっぱり出てる。」
「ほう?小僧、スキルが上がったか?」
グレンおやじが、
工房につながる裏口から
倉庫へ入ってきた。
「ふむ……
この進み具合、スキルアップだな。
お前、職人の素質あるぞ。」
「素質?」
「そうよ。
天職が職人だからって、
誰でも上手くいく
わけじゃねぇんだぜ?」
……そう言われると、
確かにそうかもしれない。
地球でも、運動神経が良くても
一流選手になれるとは限らない。
頂点を目指してうまくいかず、
コーチやリハビリ職に
転向する人もいる。
才能と向いてるかどうかは、
また別の話かもな……。
「……つまり、俺って生まれつき、
職人向きってこと?」
「そうさ。
天職があっても、みんながみんな、
こんなに早くスキルを上げられる
わけじゃねぇ。
お前の骨も肉も、
職人そのものってこった。」
「……そうか。」
「なら小僧、これも覚えてけ。」
なにをだよ?
グレンおやじは、
そう言ってガラクタの山から
一本の剣を拾い上げた。
剣と言っても、
もう錆びついてて、
刃は歪み、欠けてた。
正直、ただのクズ鉄。
そう思った、のに――
「―――錬成。」
スキル名を口にすると、
そのクズ鉄が青白い光に包まれた。
そして徐々に、
その形が変わっていき――
……普通の剣に 戻っていった。
「これって……おやじ、錬成師なのか?」
「バカ言え。
俺の天職は鍛冶屋だ、
鍛造こそ本業よ。
この技はな、魔力は喰うし
出来もイマイチだが……
速くて便利なんだよ。」
グレンおやじの天職……
ただの鍛冶屋、なのに?
さっきの錬成、何だった?
「錬成って……
錬成師しか、使えないんじゃ……?」
「奴らは最初から持ってるだけよ。
学べねえわけじゃねえ。
小僧、お前の解析と解体、
俺もできるぞ?
しかもテメエより速え。
だがよ、こんなガラクタ、
構ってる暇はねえのさ。」
言葉を失って、しばらく動けなかった。
天職って……他のスキルを
学べないって意味じゃない?
――いや、ただの「適性」……?
じゃあ俺だって……
努力すりゃ、戦えるようになるのか?
俺は……翠を守れる力を、
手に入れられるのか…………?
「おやじ! 教えてくれ!
俺、覚えたいんだ! お願いだ!」
※ ※ ※
おやじが簡単に
スキルの仕組みを教えてくれた。
いいか、まずは……物の構造を、感じろ。
魔力を集中して、変形を“想像”するんだ。
そして──
スキル名を唱える “錬成”ってな。
手にしたボロボロの短剣が、
青白く光った──
だが、それきりだった。
刃は変わらず、
サビたままだったけど……
確かに、スキルは発動した。
──そうか!
ヒントなんて、ずっと前から出てたのに!
俺が……気づこうとしてなかっただけだ!
……田村の天職は、【弓手】だった。
転移直後の検証会で、
彼女は確かに叫んだ。
「ファイアボール!」って。
発動はしなかったけど、
火花は……出たんだ。
その小さな火花で、俺たちの焚き火を
何度も助けてくれたじゃないか。
……なんで俺、そんな大事なことまで
忘れてたんだよ!
「よし……こうなったら、
どこまで覚えられるか、
全部試してやる……!」
※ ※ ※
昼休みの鐘が鳴った。
ちょうど魔力も、
使い切ったところだった。
魔導カードを確認してみたが、
新しいスキルはまだ表示されてない。
……でも、反応はあった。
確かに、発動の気配は。
田村があのまま、
「ファイアボール」を
何度も試していたら……
火花が、ちゃんと“ファイアボール“に
なってたかもしれない。
ふと、そんな想像をして、
つい、笑ってしまった。
弁当を取り出そうとして、ふと思った。
翠と──
一緒に食べるのも、
悪くないかもしれない。
翠の働く食堂に向かって歩いていると、
途中の路地裏から──
風を切る音が、聞こえた。
足を止めて、そっと覗く。
細い路地の奥には、背丈ほどの雑草と、
ところどころに木が数本。
好奇心に負けて、
そのまま足を踏み入れた。
草をかき分け、進んだ先に
ぽっかりと開いた空き地がある。
──そこにいたのは。
「……スピカ……?」
空き地の真ん中に立つ彼女は、
短弓を構え、矢を番えていた。
その姿に、思わず息を呑む。
風を裂くような音とともに──
矢が、放たれた。
「っ……痛……!」
放たれた矢は────
的に向かうどころか、
まともに飛んですらいなかった。
しかも、
弦が腕を弾いたらしく、
スピカは顔をしかめている。
それでも、彼女は無言で、
次の矢を番えた。
構え、引き、放つ。
また外れる。
構え、引き、放つ。
また、外れる。
俺はただ、黙って見ていた。
彼女の手元にあった矢が
すべて尽きるまで──
スピカは、一度も的に
命中させることはなかった。
それでも、彼女は立ち止まらなかった。
ぼーっと歩いているうちに、
気がつけば、
翠の働く食堂に着いていた。
「スイナちゃん?
いま裏庭で休んでるよ?」
「……ありがとうございます。」
店の姉さんにそう教えられて、
俺は店の裏へと回った。
「……っ、はっ! ……やっ!」
裏手の角を曲がると、
そこには翠の姿があった。
両手でメイスを握り
──黙々と振るっている。
俺はそのまま立ち尽くして、
そっと壁に寄りかかり、
ゆっくりとしゃがみ込んだ。
「………………。」
翠は、黙って努力していた。
スピカも、諦めてなんかいなかった。
……くそっ。
俺はその場から走り出した。
工房へ向かって、無我夢中で駆けて──
倉庫の前でようやく立ち止まる。
※ ※ ※
「……彼女たちは、
あんなにも必死に努力してる……
それなのに、俺だけが止まってて
いいわけないだろ……!」
翠の弁当を、
倉庫の机の上にそっと置いた。
朝にグレンおやじが錬成した剣──
それを手に取ると、
自然と拳に力が入る。
「スキルが学べるなら……
俺は、もっと──もっと力が欲しい!」
昼休みの時間、ずっと剣を振っていた。
午後の作業の合間も、
休憩時間はすべて練習に費やした。
気づけば、
退勤のチャイムが鳴っている。
……あれ、そういえば俺、
昼飯 まだ食べてなかった。
翠が作ってくれた弁当──
せっかく用意してくれたのに、
今になってようやく思い出すなんて。
雑多な荷物の上に腰を下ろし、
蓋を開けて──静かに箸を動かす。
脳裏に浮かぶのは、
弁当を作っていた翠の姿と、
錘槍を振るっていた彼女の姿。
最後の一口を頬張って、蓋を閉じた。
「……ごちそうさま、翠、ありがとう。
……もう少しだけ、振ってから帰ろう。」
「……っ、痛……はぁ……っ
両手、水ぶくれだらけじゃん……」
気づけば──辺りはもう真っ暗だった。
何時から夜になっていたのかも、
わからない。
このままだと、
翠たちに心配をかけてしまう。
……でも。
「……あと千回だけ。
振り終わったら、帰る……」
自分にそう言い聞かせて、
もう一度、剣を握り直す。
その時──
倉庫の扉のほうで、
かすかな気配を感じた。
ピタリと動きを止めて、振り返る。
…………誰も、いない……?
気のせい……か?




