第15話 言い忘れた一言
「はぁ……これ、多すぎだろ……?」
「へぇ、
やるようになったじゃねぇか、小僧。」
作業の区切りがついて、
俺がひと息ついたとき、
背後から、聞き慣れた、
グレンおやじの声がした。
「細工も足りてねぇけど、魔導具職人は
もっと足りてねぇからな!」
「……この前、
推薦状を渡したはずなんだけど。」
「え? そうだったか~?風に吹かれて、
飛んでっちゃったかもな~?」
このおっさん……絶対わざとだろ。
俺が直接手渡したの、忘れてねぇぞ。
しかもあんた、
それ、くしゃっと丸めて、
無人のカウンターに放り投げたよな。
「ま、いいや。
とりあえず、ここの倉庫にある魔導具、
全部片付けといてくれ。」
「……了解です。」
この倉庫にある魔導具の量、
マジでシャレにならない。
天井まで積まれてるじゃん……
なんでこんなことに……?
「……いや、十年分の在庫かよ。」
「魔導具職人なんて、
こんな場所に来るわけねぇんだよ。」
「え、でもここって、
仕事は多いんじゃ……?」
グレンおやじが少しムッとした顔で、
近くの鉄箱に腰を下ろしながら言った。
「ほかの職人は来るぞ?
鍛冶屋とか、錬成師とか。
でもな、魔石職人と魔導具職人
だけは絶対来ねぇ。」
「なんで……?」
「汚ぇ!臭ぇ!暑苦しい!って
文句ばっか言ってさ。
だから俺はあいつら、
自分が偉いとでも思ってる
クソどもだって言ってんのよ!」
うわ……
なんかホワイトカラーと
ブルーカラーの
仁義なき戦い感、出てきたぞ。
図書館で見かけた
職人の種類は、
たしか、こんな感じだった。
本気で金属を叩く、鍛冶屋。
魔力で物を瞬時に作る職、錬成師。
ポーションを作る錬金術師。
魔石を削る専門家、魔石職人。
そして──
俺がやってるのが、魔導具職人。
魔法陣を彫ったり、魔石を埋め込んだり。
魔力を流し込んで、起動させる。
……なるほどな。
俺が懐中電灯とか、電動ドリルっぽいのを
作れたのも、たしかにそういうことか。
うーん……
仕事内容、これってどう考えても──
エンジニアじゃん。
グレンおやじの愚痴は止まらない。
「あいつら、
自分たちで小さい工房作って、
仲良しごっこしてんのよ。
で、装置が壊れても、
魔法陣が無事ならいいやって、
“解体”なんて面倒なことやらねぇで――
ぜんぶまとめて、
ウチに投げてくんだよ!
……そりゃ、溜まるわけだっての!」
「そ、そういうことだったんですね……」
ああ、納得。
そりゃ、ここ二日間ずっと──
解体、解体、 そしてまた解体。
倉庫に山積みされた
魔導具を前にして、中の魔法陣を
ただひたすら一つずつ取り外すだけ。
最初に外しとかなきゃ、
魔力の残りが邪魔して、再利用どころか、
再構成もできなくなるんだよな……。
「この山……
いつになったら終わるんだよ……?」
「ははっ、終わるわけねぇだろ、小僧。
あんなの、最初から──
期待なんかしてねぇよ。
魔力あるうちは解体、
なくなったら、雑用でもしとけ。」
「……了解っす。」
グレンおやじは、
俺の作業をざっと眺めると、
そのままとっとと帰っていった。
……まぁ。
やることが尽きないのは、
ある意味ありがたい。
どうせ全部は終わらねぇ。
考えるだけ無駄だ。
飢えずに済むなら、それでいい。
……よし。
だったらもう、余計なことは考えない。
片っ端から――バラしてやるよ。
※ ※ ※
魔法陣を一つずつ壊していくうちに、
気づけば、昼の鐘が鳴っていた。
手を止め、
そこらの廃材を椅子代わりにして
腰を下ろす。
弁当箱を取り出すと、
中には、翠が今朝用意してくれた
おかずとご飯が入っていた。
箸を伸ばそうとして──
ふと、思い出した。
ポケットから魔導カードを取り出し、
微量の魔力を注ぐ。
すると、カードの表面が淡く発光し──
ゆっくりと、文字が浮かび上がった。
……あれ、ちょっと違う?
魔導具職人としての【解体】と【解析】、
気づけば、[初心]から[熟練]に
上がってた。
「……マジかよ、
ほんとに上がってるじゃん。」
思わず、箸を持つ手が止まる。
たしかに、この二日間ずっと──
ただただ魔導具を解体し続けるだけの、
地味な単純作業だった。
ただの繰り返しにしか
思えなかったのに……
ほんとに、
これで成長なんて、できるのかよ……。
……いや、
今日の作業中、スキルの発動速度が
明らかに速くなってた気がする。
「……はあ……」
苦笑がこぼれる。
ほんの少しだけど──
俺、ちゃんと成長してるんだな。
……自分の、 ささやかな成長が、
ちょっとだけ、嬉しかった。
「……いただきます。」
小さく呟いた直後、倉庫の奥から、
ゴロゴロと、何かを引く音が響いた。
誰かがリヤカーを引いて入ってくる──
……あれ?
あのエルフ、見覚えがある。
たしか、前に会ったとき──
天職は【運搬士】だったな。
リヤカーには木箱が
いくつも積まれていた。
どう見ても、
中身は工房から出た廃材の山だ。
前に見たときも思ったけど──
あれ、やっぱり重そうだな。
それでも、
一人で黙々と運んでるあたりは、
相変わらずか。
前は、手伝おうと思ったこともあった。
……けど、
どう見ても必要なさそうだったな。
なら、俺は大人しく弁当を食べるか。
……いや、
せめて挨拶ぐらいはした方がいいか?
「どうも、ユニクス(夜見悠月)です。
最近この工房で働き始めました。
よろしくお願いします。」
「……スピカ。」
「こんなに大量の荷物、
一人で運んでるなんて……すごいな。
本当に……大変だったでしょう。
ありがとう。」
「……!」
……え?
彼女が、ふいに顔を上げた。
その視線が、一瞬だけ鋭くなったように
見えて──
思わず、手が止まった。
「……別に。仕事だから。
私には、これくらいしかできないし……」
声が、かすれるほど小さい。
その最後の一言……
聞き逃すところだった。
──ああ。
……この子も、俺と同じなんだな。
「……ごめん。」
「え?」
「なんでもない。
仕事の邪魔しちゃったね。
これから、よろしく。」
彼女は俺の手元をちらっと見てから、
ほんの少しだけ迷って
──それでも、手を差し出してきた。
女の子の手にしては、
全然柔らかくなかった。
でも、ちゃんと伝わってきた。
そこにある、努力の跡と
──隠しきれない悔しさが。
スピカと軽く言葉を交わしたあと、
俺はまた腰を下ろして、
翠の弁当をつつき始めた。
何も考えず、ただ無心で──
一口、また一口。
(……私には、これしかできないし……)
あの言い方は、諦めじゃなかった。
もっと前に、とうの昔に──
反抗することさえ、
やめてしまった人の声だった。
それでも彼女は、黙々と……
やるべきことを、最後までやっていた。
「………………」
※ ※ ※
夜──
冒険者ギルドに戻った俺たちは、
まず食堂で、さっと夕食を済ませた。
共用寝室に戻ると──
すでにみんなは、
思い思いにくつろいでいた。
誰かが笑って、誰かがふざけて
──騒がしいけど、不快じゃない。
生活は、まだ少し大変だけど。
それでも──悪くない。
……本気で、そう思った。
俺が近づいた瞬間、
佐野が勢いよく話しかけてきた。
「おっ! よ……ユニクス!」
……おいおい、空気読めって。
“身分隠してる”って設定なんだからさ。
「どうした? 何の話してたんだ?」
「ユニクー! 聞いてくれよ!
ほら、最近さ、素材とか売って、
ちょっとだけ金入ってきたじゃん?
でさ! ちゃんと飯も食えるように
なってきたしさ……
旅館に引っ越さね?」
ちょ、勝手に略すなってば……!
旅館、か。
……たしかに。
もっと安全で、もっと落ち着くだろうな。
少しだけ皆の顔を見渡すと、
全員、どこか期待に満ちた目をしていた。
伊賀は壁際に座っていて、
特に何も言わない。
まあ、多分反対はしてないんだろう。
この数日間で、なんとなく分かってきた。
──アイツ、俺と似たタイプだ。
「ユニ兄は、どう思うの?」
顔を上げると、翠がこっちを見ていた。
その瞳は、やっぱり──どこか期待してた。
「スイナは?君も、そう思ってるの?」
俺はやわらかく笑って、弁当箱を返す。
彼女も、少しだけ笑って受け取った。
「うん……私はどっちでもいいかな。
共用寝室も賑やかで、
冒険者の先輩たちもいるし、
ちょっと安心できる。
でも、みんなが引っ越すなら……
私も、賛成。」
──そうか。
佐野と田村は、
どう見ても旅館に行きたくて
ウズウズしてたし。
長谷川もウィンクして
軽くうなずいてきた。
小林は、
あまり乗り気ってほどでもなくて……
たぶん、内心では賛成してる。
──なら、拠点を移すか。
寝床が良くなるだけで、
体も心もだいぶ違うはずだ。
「うん……人数もちょうどいいよな。
女子三人で一部屋、
俺たち四人で一部屋。
…………悪くないかも。」
「やっほー! 引っ越しだー!
荷物まとめようぜー!」
「ちょっと待ってよ!
私、荷物多いんだって!
矢筒とか矢もあるし!」
──こいつら、テンション高すぎだろ。
と、思っていたら──
先に長谷川が冷静に口を開いた。
「……もうこんな時間でしょ?
今から旅館探すのは無理。
明日にしときなさい。」
「ほんと、バカ二人……」
小林ですら呆れてた。
その小林が、
ふと俺の方を見て聞いてきた。
「……それでいいのか?
本当に決めちゃって。」
「宿代は多少かかるけど……
君たち、もう
“ドリルラビット”も
“フォグウルフ”も
安定して狩れてるだろ?」
「……まぁ、確かに。」
──フォグウルフ。
最近、よく出くわすあいつのことだ。
図鑑には、霧を撒いて、潜んで、奇襲する
──そんな習性が書かれていた。
……どうりで、
落とす魔石が“青”だったわけだ。
「うーん……タク、フォグウルフの討伐、
今の戦力で、いけそうか?」
「天職もスキルも、だいぶ慣れてきた。
油断しなければ問題ない。」
「それならよかった。
タキが前線を受け持って、
チサルが後方支援。
君は補助と、チサルとナナミの護衛。
役目は一番重いけど、
そう言うなら、安心だね。」
「そっか……」
元々責任感のあるやつだからな。
こういうの、向いてるんじゃないか?
だから俺は提案してみた。
「パーティーにはリーダーが必要だろ?
タク、やってみないか?」
「え、俺?無理だよ……
リーダーなんて性に合わないし。
タキの方が向いてると思う。」
すると田村が即座に反論してきた。
「無理無理~、タキがリーダーとか、
最速で全滅コースでしょ~?
いやマジで、
ありえなすぎて笑うんだけど~!
あははははっ!」
「お前が言うなよ!昼飯ん時、矢筒忘れて
走って戻ったやつ、誰だっけ〜?」
「あっ、それは……
まだ弓使いの自覚なんてないもん!
本当は魔法使いがよかったのに!」
……まだ諦めてなかったのかよ。
あの森ぶっ飛ばしたい欲、
どんだけ根深いんだ……。
すると長谷川が田村を引き寄せて、
頭を撫でてやる。
それだけで、田村はおとなしくなった。
「私も、タクが向いてると思う。
落ち着いてるし、頼りになるし。」
そう言って、微笑む。
「お前ら…………ん、わかった。
とりあえず、頑張ってみるよ。
でもさ、
ダメだったらちゃんと
言ってくれよな!」
小林は照れくさそうに、
頭をかきながら言った。
三人は、嬉しそうにそんな彼を見ていた。
「じゃあ、明日の朝は、
まずその件を進めてみようか。
ギルドの受付でさ、
安くて安全な旅館、あるかどうか
ちょっと聞いてきてくれない?」
「……俺が行く。」
壁際に黙って座っていたトールが、
ふいに顔を上げてそう言った。
「……頼めるか? トール。
お前なら、
周りの空気にも気づけるだろうし。」
「……安全で安い宿、探してくる。
みんながちゃんと寝れて、
ちゃんと食べられる場所を。」
あいつに任せるのが、今は一番だ。
みんなで一緒に宿に住む……
うん、なんだか“拠点”っぽい感じ。
「じゃあ、俺は先に
洗い場で体を拭いてくるよ。
みんなはもう疲れてるだろうし、
待たなくていいからね。」
簡単な着替えと拭き布を手に取って、
そのまま洗い場へ向かう。
なんだか──
足取りが、少しだけ軽い気がした。
……たぶん俺も、
宿での生活、ちょっと楽しみかもな。
※ ※ ※
体を拭いている途中、
ふと、あることを思い出した。
──あ。
……しまった。
翠にまだ言ってなかった──
「弁当、美味しかったよ」って。
「…………待って。」
俺はうつむき、
髪の先から、水が木板に落ちていく。
水をじっと見つめた。
翠。
今日の……お弁当……
──何が入ってたっけ…………?
…………思い出せない。
胸の奥から、
罪悪感と吐き気が同時にこみ上げる。
けれど、
吐き出すこともできず、
声も出せなかった。
俺は木の椅子に腰を下ろし、
ただ俯いたまま、床を見つめていた。
《読後感:星野翠》
……え?
今の話、読み返して気づいたんだけど──
悠兄、
お弁当の感想、言ってないじゃん!?
……あれ?
私も全然気づかなかった……。
え、えぇ……?
みんな、気づいてたのかな……?
たぶん最近、色々考えすぎてたからかな。
でも大丈夫。
悠兄、ぜんぶ食べてくれたし。
それだけで、もう十分だよ~。
……でも次は、ちゃんと言ってね?




