《幕間:天川晶──小さな願い》
小さいころから──
あたしは、
お姉ちゃんのことが大好きだった。
お姉ちゃんは、
いつも一緒に遊んでくれて、
お絵かきしたり、砂場で遊んだり、
絵本も読んでくれたりした。
あたしは、なんにもできなかったけど、
お姉ちゃんは、なんでもできた。
なんだか、大人みたいに思えてた。
お隣に住んでたのは、ユウにいちゃん。
あんまりしゃべらないけど、
笑うとすっごく優しくて、
転んだあたしを起こしてくれたり、
お姉ちゃんのランドセルを
持ってくれたりした。
それから、ようにいちゃん。
めっちゃうるさくて、
いつも、
よくわかんないアニメのセリフばっかり
言ってたけど――
お姉ちゃんとユウにいちゃんは笑ってた。
あたしも笑った。よくわかんなくても。
だって、
みんなで一緒にいるのが
すっごく好きだったから。
ある日、ママが笑いながら聞いてきた。
「ひかりとあきらは、誰と結婚するの?
ユウくん?ようくん?」
お姉ちゃんはすぐに答えた。
「わたし、ユウと結婚する!」
あたしもそう言いたかったけど……
先に言われちゃって、
ちょっと泣きそうになりながら、
小さな声で言った。
「……あたしも……
ユウにいちゃんと結婚したい……」
お姉ちゃんはあたしを見て、
にっこり笑った。
それから、こんなことを言った。
「ねぇ、あきら知ってる?
結婚すると家族になるんだよ?」
「……うん、知ってるよ。」
うなずいたら、
お姉ちゃんがつづきを言った。
「もしあきらがユウと結婚したら、
ユウはあたしの弟になるよ?」
「えっ……?」
頭がこんがらがって、
ぽかんとしちゃった。
「ユウがあたしの弟……
なんかヘンだよね~、あはは!」
お姉ちゃんがそう言うと、なんだか
「本当にそう思えてきて……」
「だからね~、
あたしがユウと結婚するのが
一番いいんだよ。
そうすれば、
ユウはあきらのお兄ちゃんになって、
あきらにはあたしっていう
お姉ちゃんと、お兄ちゃんができる。
────ちょうどいいでしょ?」
あたしは、こくりとうなずいた。
「……うん、それがいちばんいいかも……」
──それで、
あたしはユウにいちゃんを
お姉ちゃんにゆずった。
でも、ぜんぜんイヤじゃなかった。
だって、
ユウにいちゃんも、お姉ちゃんも、
あたしのそばにいてくれたから。
そのあと、
あたしは少しずつ気づきはじめた。
ユウにいは、
いつもお姉ちゃんを見ている。
……きっと、
あたしの気のせいなんかじゃない。
お姉ちゃんが楽しそうに笑えば、
一緒に笑って。
お姉ちゃんが落ち込んでいれば、
そっとそばに寄っていく。
ユウにいは
あまりおしゃべりじゃないけど──
お姉ちゃんが話せば、
ちゃんと聞いてくれる。
まるで、その声だけを
ずっと待っていたみたいに。
あたしも話しかけたことがあるけど、
そのときの目の向け方が……
あたしのときとは、ぜんぜん違った。
優しさは同じなのに……
あたしの心には、
ちゃんと分かっちゃった。
たぶん──
ユウにいも、お姉ちゃんが好きなんだ。
あたしと、同じように。
ある日、お姉ちゃんが言った。
「長い髪って、手間かかるし……
切っちゃおうかな」って。
その瞬間、
あたしは泣き出してた。
必死で手を握って、
切らないでって頼んだ。
「やだ…… 切らないで……!」
「どうしたの、あきら?
髪なんて、また伸びるのに」
「……やだもん……うっ……うぅ……」
その日、どれだけ泣いたか覚えてない。
ごはんも食べられなかったくらい、
ずっと泣いてた。
でも──
結局、お姉ちゃんは髪を切った。
「あきら、変なの」って、
笑いながら、頭をぽんぽんされた。
「髪なんてまた伸びるんだから、
大丈夫だよ」
あたしは何も言い返せなかった。
それからずっと──
あたしは一度も髪を切ってない。
毎日ちゃんと手入れして、
大事に、大事に伸ばしてる。
その頃には、
お姉ちゃんはもう短かったけど……
それでも、あたしは伸ばし続けた。
たとえ、ユウにいが
気づいてくれなくても。
──昔、ユウにいが言ってた。
「長い髪のほうが似合うと思う」って。
……それだけで、ずっと覚えてた。
でも、わかってた。
どれだけ頑張っても、あたしは届かない。
ユウにいの目は、最初から──
お姉ちゃんだけを追いかけてた。
あたし、 ずっと知ってた。
ある日突然──
クラス全員が、異世界に連れてこられた。
最初は、夢だと思った。
でも、それは夢じゃなかった。
私たちは本当に、元いた世界を離れ、
見知らぬ場所に放り込まれたんだ。
だけど、そんなに怖くはなかった。
お姉ちゃんがいたから、悠月もいたから。
……陽太もいた。
うるさいけど、それでも一緒だった。
みんながいるなら、
私は大丈夫だって思えた。
私たちは助け合って、一緒に行動した。
大変だったけど……
でも、それほど悪くないと思った。
それに、私の職業は──戦えるものだった。
お姉ちゃんは戦闘が
得意じゃないって言ってたから、
だったら、私が守ろうと思った。
たとえ異世界でも……
こんな日々なら、
私は耐えられるって思ってた。
──あの日までは。
岩淵さんが、私たちに言った。
悠月は、死んだって。
その瞬間、何も聞こえなくなった。
信じられなかった。
悠月が、そんなことするはずがない。
生きることを諦めるなんて、絶対にない。
無茶な反抗なんて、するわけがない。
死ぬために戦ったりなんて……
そんな人じゃない。
彼はいつも冷静で、落ち着いていて──
誰よりも他人を大切にする人だった。
もし本当に何かあったなら、きっと──
それは、逃げ場がなかったから。
どうしようもない状況に、
追い詰められたから。
最悪、奴隷にされた可能性だってある。
でも……抵抗しただけで殺されるなんて
──あり得ない。
信じられなかった。
どうしても、信じることができなかった。
──でも、お姉ちゃんは……信じた。
私たちはまだ、何もしていないのに。
まだ、探し始めてもいないのに。
それなのに、彼女は……
まるで、
悠月の存在を
自分の人生から削ぎ落とすみたいに。
過ごしてきた年月のすべてを、
手放すみたいに。
あんなに彼のことが好きだったのに。
一番、彼のことを
信じていたはずなのに……。
どうして。
ねえ、お姉ちゃん──
あなたは、あんなに好きだったのに……
どうして、そんなに早く諦められたの?
どうして、私がまだ待っているのに──
あなたは、もう待たないの?
……私は、聞いてしまった。
あの夜、目が覚めたとき、
部屋の中は少し寒かった。
ただトイレに
行こうとしただけだったのに──
そのとき、聞こえてきた。
陽太の部屋から……
お姉ちゃんの声が。
私は、その場に立ち尽くした。
足が、一歩も動かなかった。
どうして?
どうして……相手が陽太なの?
だって……
お姉ちゃんは、
ずっと悠月のことが好きだったじゃない。
口に出したことなんて、
一度もなかったけど……
私は、知ってた。ずっと前から。
その瞬間、私の心は……
私の世界は、崩れ落ちた気がした。
「私たち、三人でずっと
一緒にいようね」って。
お姉ちゃん、そう言ってたよね?
「私の妹になってくれる?」って、
嬉しそうに言ってくれたよね?
なのに、どうして……
どうして、こんなに早く諦めちゃったの?
何もかも投げ出して、
自分を陽太に預けてしまうなんて……
私たち、
まだ何もしてないのに……
お姉ちゃん、
まだ探しにも行ってないのに……
どうして……?
これまでの年月は──
いったい、なんだったの?
もう……
“お姉ちゃん”なんて、いらない。
悠月のことを信じられないなら──
私は、もうあなたを姉として見ない。
あなたに、あの人を語る資格なんてない。
あの人を愛する資格なんて、ない。
私が譲ってきたすべて……
もう、譲らない。
悠月は、私の……一番、大切な人だから。
────信じることさえできない人に、
渡したりしない。
これからは、私が自分の足で探しに行く。
悠月を、この手で見つけ出す。
そして──
必ず、私だけを見てもらう。




