第14話 ……もう、けっこう
一晩中、
私は陽太の部屋の前に座っていた。
思考はもう、とっくに止まっていた。
ただ、何も考えないようにしていただけ。
……いや、違う。
考えることを、拒否していた。
涙も、もう乾いていた。
室内から、わずかな物音がした、
私は、はっとして顔を上げた。
考えるより先に、体が動いた。
慌てて立ち上がり、
扉の横の死角に身を潜める。
カチャ──
扉が開いた。
陽太が部屋から出てきて、
背後に声をかける。
「先に、洗面に行ってくるね」
「……うん」
彼が階段を下りていくのを、
私はじっと動かず見送った。
足音が完全に消えるのを待ってから、
死角から出る。
私は手を扉に伸ばした。
ノックもしない、迷いもない。
ただ、ゆっくりと──
扉を、開けた。
──そして、見た。
ベッドの上に座るあなた。
何も身に着けず、
毛布は腰までしか掛かっていない。
窓の隙間から朝日が差し込み、
あなたの青ざめた肌を照らしていた。
隠そうともしない、驚きもない。
ただ、静かに私を見つめていた。
「…………晶……」
その瞬間、全身が冷たくなった。
胃の奥が濁流のようにかき回されて──
吐きそうだった。
「……なに、してるの?」
ようやく声が出た。
かすれていて、
自分の声とは思えなかった。
「なんで……?
なんで、あなたが陽太と……!?」
答えなんて、いらなかった。
私はただ、もう限界だった。
「どうして……どうして、
悠月がまだ生きてるって信じないの?」
「………………」
「まだ何もしてない。
始まってもいないのに!
あなた……昔、
悠月のことを信頼してるって──
そう、言ってたよね……?
なのに今──
真っ先に彼を、
いなかったことにしたのは……
あなただよ!!」
「……わたし……わからないの……」
「……わからない?」
私は睨みつけた。
「それで、諦めたってこと?」
「諦めたんじゃない……ただ、私は……」
彼女は顔を覆い、
小さく震えながら──
やがて、叫んだ。
「私が何を間違えたっていうの!?
教えてよ!
もういいよ! 何もわかんないよ!
知りたくもない……!!
月は……死んだの!!
もう、死んじゃったのよ!!!!
いくら待っても、もう……
戻ってこないのよ……!」
私はその声に、思わず息を飲んだ。
声の大きさじゃない。
……その中にある何かが、
もう壊れていた。
「あなたに何がわかるの!?
私にとって一番大切な人が、
消えたんだよ!
どうやって生きていけばいいのか、
わかんないよ……こんなの、
望んでないのに!
返してよ……
月を……返してよ………………」
彼女は泣き叫び、
言葉にならない声を漏らしていた。
でも、
私だって──もう、黙っていられなかった。
「……わかってたよ」
ずっと、気づいてた。
お姉ちゃんが悠月を見る、あの目。
私は、何度も見てきた。
でも、何も言わなかった。
このままなら、
ずっと一緒にいられるって……
そう思ってたから。
「ずっと、わかってたの」
「……え?」
「あなたが悠月のこと、好きなの。
ずっと前から、知ってた」
「……晶……」
「……私は、それでいいと思ってた
あなたが悠月と一緒になるなら──
私は、大好きなお姉ちゃんと、
本当の“お兄ちゃん”の両方を
手に入れられるって、
そう思ってた」
彼女は、
ぽかんと口を開けたまま動けずにいる。
私は、それでも言葉を止めなかった。
「嫉妬なんてしたことないし、
怒ったこともない。
だって……
本当に、
お姉ちゃんのことが大好きだったから
ずっと……
このままずっと、
みんなで一緒にいられたらって、
そう願ってた……」
「──なのに、あなたが壊したの。」
私は顔を上げて、
まっすぐ彼女の目を見る。
「あなたは、
悠月のことを信じなかった。
そして……陽太に、自分を明け渡した」
私はそのまま、無言で扉に歩いていく。
手をドアノブにかけて、
振り返りざま、小さく──
「……もう今日から、
私は“お姉ちゃん”なんていらない」
そのまま部屋を出た。
もう、振り返る気にもならなかった。
廊下には誰もいない。
響くのは、自分の荒い足音だけ。
階段を降りて、
旅館の出入口に差しかかったとき、
ふと足が止まった。
──さっき、
誰かが陽太の部屋に入っていくのが
見えた気がした。
……陽太?
でも、違う。
階段はずっと私の視界にあった。
誰も通っていない。
じゃあ、あれは……誰?
……どうでもいい。
もう、どうでもいいの。
私は旅館を飛び出した。
空はもう、白み始めていた。
街はまだ静かで、
ほとんど眠ったままのよう。
──遠くに数人の衛兵が、
旅館の方へ向かっていくのが見えた。
何かあったのかな……?
…………
もう、知らない。
私は、
悠月を、
私の手で見つける。




