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第13話 ……信じたく、なかった


「……お姉ちゃん、

 朝ごはん、持ってきたよ。」


「……ありがとう……

 でも、まだ食べたくない…………」


森から戻ってきてから、

お姉ちゃんはどんどん無口になって、

ほとんど言葉も食事も

受け付けなくなった。


きっと、

あの出来事のショックが

大きすぎたんだと思う。


このままじゃ、

宿の外に出るどころか、

立っていることすらつらいはず。


体も、心も、限界に近い。


でも──私は、まだ諦めてない。


悠月が

無謀なことをするような人だなんて、

思えない。


昔から、ずっとそうだった。

頼りになって、つい甘えたくなって、

私は……お兄ちゃんみたいに慕ってた。


「……お姉ちゃん、ちゃんと食べてね。

 私たち……一緒に悠月を探しに行こう?」


「………………」


返事は、なかった。


どうして?

なぜ何も言ってくれないの?


……まさか、もう本当に、

彼がいないって……そう思ってるの?


「……ちゃんと、食べてね。」


それ以上、私は何も言わなかった。


今の彼女には、何を言っても、

ただ傷を深くするだけだ。


しばらくは……そっとしておこう。


少しでも、

心が落ち着いてくれたらいいけど。


部屋を出ようとしたとき、ふと気づいた。


岩淵さんの視線は、ずっと……

お姉ちゃんから離れていなかった。



※ ※ ※



「光の様子、どうだった?」


階段を下りるとすぐに、

陽太が駆け寄ってきた。


声に焦りがにじんでいる。


「……変わらないよ。」


「クソッ……俺たち、

 これからどうすればいいんだ……」


街に戻ってすぐ、

私たちは安い宿を見つけて、

身を寄せることにした。


もう冒険者ギルドに戻るのは危険すぎる。


今はとにかく、目立たず、

静かに身を隠さないといけない。


陽太は外でお金を稼ぐ係で、

私はお姉ちゃんの世話をする係。


岩淵さんも一緒に泊まっているけど……


彼女はずっとベッドの隅に

座ったまま、一言も発さず、


まるで時間が止まったかのように

動かない。


昼も夜も、姿勢さえ変えず、

まるで何かに縛られてるみたいだった。



「……様子は?」私は陽太に聞く。


「あ、うん……俺の天職〈勇者〉だった。

 思ったより、かなり強いみたいでさ。

 今じゃ一人で魔物を狩れるよ。」


「……また一つ、

 守るべき秘密が増えたね。」


今持っているお金では、

陽太一人分の

魔導身分証登録が限界だった。


すでに登録を終えて、

天職の確認も済んでいる。


森の中で感じた、あの妙な強化補正

……そっか。

あれって、勇者だったんだ……

 

「勇者だってのに……

 仲間すら守れなかった、なんてな……!」


陽太が、悔しそうに唸った。


「……声が大きいよ。」


「……ごめん。」

 

「……とにかく、しばらくは頼むよ。」


「平気だよ、狩りで金を稼ぐなんて、

 大したことじゃない……

 それより……俺は、光の方が心配で……」


彼だって、

悠月の不在をまだ乗り越えられて

いないはずなのに……


それでも無理してる。


──彼が頑張ってくれているからこそ、

私たちはこうして、

どうにか日々を繋いでいられる。



「……悠月たちが生きてる可能性、

 あるって言ってたよね?」


陽太が声を潜めて聞いてくる。


「……ただの推測だけどね。」


「それでもいい。

 で、可能性は高いと思う?」


「……低い。でも、私は信じてる。」


彼は目を伏せたまま、

床をじっと見つめていた。


考えているような……

いや、

何かを受け止められないような顔だった。


「とにかく、

 まずは自分たちのことを

 しっかりしないと。」


「……うん。

 そこから、始めないとね。」



陽太はフロントで食事を注文して、

角のテーブルに座った。

私もその向かいに腰を下ろす。


「食べたらすぐ、狩りに出るよ。

 金のことは心配しないで。」


「……ありがとう。」


彼だって、苦しいのに。

それでも、こうして支えてくれてる。


本当に……ありがたい。


「それで……岩淵さんの様子は?」


「……昨日と変わらない。」


「そうか……

 あの場面を目の当たりに

 したんだもんな……

 まだ恐怖が抜けてないんだろう。

 彼女のことも、頼むな。」


恐怖?


……わからない。


彼女とはほとんど接点が、なかったけど──


私の印象では……

最初から、そんな感じだった気がする。


空っぽ。


それ以外、言い表せないような……



※ ※ ※



「……お姉ちゃん、

 少しでもいいから、食べて?」


「……いらない……」


「……これは、陽太くんが頑張って

 稼いでくれたごはんなんだよ。」


ようやく、お姉ちゃんは顔を上げた。


私を一瞬だけ見て、

その視線は

テーブルの上に置かれた皿へと移る。


数秒の沈黙のあと、ぽつりと呟いた。


「……そうだね………

 今の私たち、陽がいなきゃ──

 ご飯すら食べられない……食べるよ。」


彼女はゆっくりスプーンを手に取り、

ポタージュを一口、

また一口と飲み始めた。


そのペースは、とてもゆっくり。

けれど一口も残さず、喉を通していた。


私はちらっと、部屋の隅を盗み見た。


……岩淵さんは、

まだベッドの隅っこに座っている。


だけど、

彼女の目の前に置かれていたお椀は、

すでに空っぽだった。


……全部、食べたの?


最初に食事を渡したときは、

彼女は一切手をつけなかった。


見ることすら、拒んでいたのに。


今は、こんなふうに……


あの時の恐怖のせいで、

彼女は壊れてしまった……?


違う……少なくとも、

私にはそうは見えなかった。


何かが違う。


違うけど、それが何かは、

まだはっきりしない。


私の中には──

岩淵さんの証言に、

対する強い疑念がある。


……私は、

悠月が死んだなんて、思っていない。

でも、

彼女が嘘をつく理由も──見つからない。


じゃあ、彼女は……

何を思って、何を語ったの?


私は……一体、何を疑っているの?


嘘じゃないと思っている。


けれど、言葉を信じられない。


──それは、

悠月の死を……まだ認めたくないだけ?


それとも……


私自身が「真実」を見たくないだけ?



※ ※ ※



夕方になって、

私は宿のスタッフのお姉さんに頼んで、

お湯の入った桶を

部屋まで運んでもらった。


まずは、

お姉ちゃんの体を拭いてから、

次は私の番。


彼女の動きはどこかぼんやりしていて、

まるで夢の中にいるみたいだった。


「……お姉ちゃん、

 背中、お願いしてもいい?」


「うん……いいよ……」


濡れたタオルの温もりが背中に触れる。


お姉ちゃんの手に込められた力は、

とても弱くて──


小学生の子が

手伝ってくれているみたいだった。



「晶の髪……長くて、きれい。」


「……お姉ちゃんのも、似合ってるよ。」


「そう……?……昔ね、

 月が……私たちふたりの髪を……

 梳いてくれたこと、あったよね。」


「……うん。」


「私たち……もう……

 月に会えないんだよね……あ……」


やめて、って。 そう言いたかった。


でも、その言葉が

喉の奥に引っかかったまま、

部屋のドアを叩く音が割って入った。



「オレだ、陽太。

 もう食べた? 下に来なよ、

 熱々の晩ごはんがあるよ。」


「……すぐ行くね。先に降りてて。」


「了解~」


足音が遠ざかっていくのを聞きながら、

私は少し混乱していた。


さっきの話、ちゃんと終わらせてない。


でも、

「もう、月には会えない」──

その一言だけで、

私は無視できなかった。。


口を開こうとした瞬間、

お姉ちゃんが先に動いた。

ゆっくり立ち上がって、服を羽織る。


「行こう。

 ご飯は、大事だからね……

 晶……ちゃんと着替えて、

 一緒に降りよう……?」



※ ※ ※



私たち四人は、

宿の一階にある丸テーブルに

集まって、夕食をとっていた。


ほんの数日しか経っていないのに、

こんなふうに

皆でそろって食卓を囲むのは、

ずいぶん久しぶりな気がした。


「今日、けっこう狼を狩れたんだ。

 思ったより収入良くてさ!」


陽太が無理やり笑顔を作って、

軽い調子で話す。


でも、その顔には疲労が滲んでいた。

私たちのために、無理して元気に、

振る舞ってるんだろう。


「……ありがとう。お疲れさま。」


「へへっ、そんなことないって!

 こうしてみんなが

 ごはん食べてくれるなら、

 それだけで十分だよ!」


もう一度お礼を言ったけれど、

彼は笑って首を振り、

疲れを軽く流すように返した。


お姉ちゃんと岩淵さんは、

言葉を交わさず、

ただ静かに食事を続けていた。


それでも、

朝よりもたくさん食べてくれている

お姉ちゃんの様子に、

私は少しだけ安心した。


「そういえばさ……

 最近、外を歩いてると、

 よく知らない人に

 ジロジロ見られるんだよね。」


…………え?


まさか、私たちのことがバレた……?

奴隷商人が、

誰かから情報を聞き出したとか……?

それとも、他のクラスメイトが……


……まずい、この街を離れたほうが……


「おっと、晶。

 そんな怖い顔すんなって。

 変な連中の視線じゃないよ、

 ただの通行人だよ。」


「………………」


通行人がじっと見る理由って……

やっぱり、髪の色……?

黒髪って、もしかして目立つのかな?


染髪剤……この世界に、あるんだろうか……


「……陽太くん、

 ちょっと偽装したほうがいいと思う。」


「偽装?」


「……明日、出かけるときに、

 染髪できるものが

 ないか探してくれる?」


「うん、わかった。探してみるよ。」


染めるだけじゃ足りないかも……

髪型も、変えたほうがいいかもしれない。


私はそっと、自分の長い髪を撫でた。

……本当は、切りたくない。


でも、安全のためなら……

切ったほうがいいって、思うよね?


「……できれば、ハサミも買ってきて。」


「髪型まで変えるの?徹底してるな……」


「……うん。」


陽太はうなずいて、

最後の一口を口に運んだ。



お姉ちゃんと岩淵さんは、

最後まで

その会話に加わることはなかった。

ただ、黙って、ごはんを食べていた。


──それでも、お姉ちゃんが、

前よりしっかり食べてくれているだけで、

私は少し救われた気がした。



※ ※ ※



深夜。


冷たい風に肩を打たれて、夢から覚めた。


うっすら目を開けて、窓のほうを見た。


この安宿の窓なんて、

ただの木枠にすぎない。


ガラスなんて入ってないし、

風を遮るものもない。


私は掛け布団を引き寄せ、

もう一度眠ろうとした。



──そのとき、気づいた。



「…………お姉ちゃん?」


隣のベッドが、空っぽだった。


どこに行ったの……? トイレ……?


──まあ、いいや。

せっかくだし、私も行こう。


私は上着を羽織り、部屋の外に出た。



廊下は静まり返っていて、

数個の魔導ランプ

だけがぼんやり光っている。


陽太の部屋はすぐ近くにあって、

通りかかったとき──微かな音が聞こえた。


まだ、起きてるの?


私は音に惹かれて、そっと扉に近づいた。


木の扉の向こうから、

ギシ、ギシ、と不規則な音。


木が軋むような……

何かがぶつかるような音。


最初は風かと思った。

でも──

次の瞬間、耳が勝手にそれを拾った。


「……っ、はぁ……ん……」


……女の声?苦しんでる?

いや、違う……息が乱れてる……。


胸の奥が冷たくなる。

まさか……いや、そんなはず──


か細い声が、

途切れ途切れに聞こえてくる。


今にも消えてしまいそうなのに、

耳から離れなかった。



そして、次の()()



私は──

()()()しまった。



「……陽……もっと、抱いて……」


「……陽……気持ちいい……

 ……もっと、ちょうだい……」



……今、私の耳、何を──?


違う……そんなはずない。


なんで……

なんで……


どうして、あなたが……

お姉ちゃんが……


お姉ちゃん……



口に出したことはなくても、

私はわかってたよ。


ずっと……

ずっと、悠月のことが……


()()だったんでしょう?



なのに……どうして?

どうして、陽太と……


悠月がいないから?

その寂しさを埋めたくて?


それとも、もう……()()たの?



私たち、

まだ何も始まってないのに……


どうして……

どうして、こんな……



気づけば私は、扉の前に膝をついていた。


額を扉に押し当てて、

お姉ちゃんの嬌声を聞いていた。



……涙が、音もなく零れ落ちた。



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