第11話 やっと始まったんだよ……俺の異世界冒険がさ
「町を見つけたぞーっ!」
伊賀の声が、
いかだの先頭から響いてきた。
目を細めて前を見てみたけど────
何も見えない。
……たぶん、職業補正の差ってやつだ。
でも、
あいつがあそこまで断言するなら――
きっと、本当に町があるんだ!
本来なら、
慎重に接触すべきなんだろうけど……
今の状況じゃ、そんな余裕ないよな。
枯川が
あの集団を連れてこれたってことは、
言葉は通じるはず。
それより、これからどうすればいい?
どこに行けば助けてくれる?
病院なんてあるのか?
それとも薬屋だけ……?
――いや、この魔法がある世界なら……
治癒師もいるはずだ。
すぐに翠の熱が下がれば、
どんなに助かるか。
……そう、願わずにはいられなかった。
※ ※ ※
「すみません!
入れてもらえませんか!?
妹が熱を出してて、
助けが必要なんです!」
翠を背負ったまま、
俺は城門の前で門番に話しかけた。
門番はわりと人当たりの良さそうな人で、
俺たちを一瞥したあと、
隣の門番に目を向ける。
「どうする?」
「大丈夫そうだな。
トラブル起こすガキには見えねぇな。」
「じゃあ、通してやるか。」
そう言って――
彼は後ろの机に歩み寄る。
置かれた帳簿に、記入を始めた。
「本当に……ありがとうございます!
もうひとつだけ、
教えてもらえますか……
妹が高熱なんです!
どこに行けば助けてもらえますか?」
「んー……
薬屋に必ずいるとは限らないし、
冒険者ギルドに
行ったほうが早いかもな。」
「このまま道なりに進んで、
左手側にある三階建ての建物だ。」
「本当ですか!?
ありがとうございます!
落ち着いたら、お礼にまた来ます!」
「気にすんな。
礼儀正しい子だな。さっさと行きな。」
言われた方向に向かって、
俺たちはすぐに走り出した。
「田舎の子どもで、
あそこまでしっかりしてるのは
珍しいな……」
「だな……。 まあでも、
全員黒髪ってのも珍しいよな。」
二人の門番は肩をすくめながら、
自分たちの持ち場へと戻っていった。
※ ※ ※
門番の指示どおりに進んでいくと──
三階建ての建物が見えてきた。
建物の入口には、
剣と杖が交差したマーク。
その背後には、
盾の意匠が彫られている。
それを刻んだ看板が、掲げられていた。
……間違いない、ここが冒険者ギルドだ。
俺たちはそのまま勢いよく、
扉を押し開けた――
で、俺はその場で固まった。
想像してたギルドと、全然違う。
やけにキレイで、妙に整ってる……。
中はまるで、どこかの公共機関みたいだ。
一望すると――
受付カウンターに休憩スペース。
掲示板はカテゴリ分けされ、
案内標識まである。
……たぶんアニメとかラノベの見すぎで、
変な先入観を持ってたんだろうな。
とにかく、
今は受付っぽい人を探さなきゃ。
できるだけ暇そうな人がいい。
「いらっしゃいませ、若い皆さん。
何かお手伝いできることがあれば、
どうぞ。」
「妹が、熱を出してて……
助けていただけませんか?
持っているのは、この素材と……
いくつかの魔石だけなんですけど。」
町に入る前に、
伊賀と一緒に荷物の整理はしておいた。
俺が作った即席の道具は、もう不要だ。
町の中で大事なのは──換金できるもの。
だから、いらない物は全部分解して、
価値がありそうなものだけを
残しておいた。
「それは大変ですね……
そこの左の扉から入ってください。
そこは冒険者ギルドの共用寝室です。
ひとまず彼女をそこに休ませて、
こちらから治癒師を手配いたします。
あなたの持ち物は、
こちらで鑑定・買い取りが可能です。」
俺は翠を田村と長谷川に託し──
ギルドのルールは
まだよく分からないけど……
とにかく、素材をぜんぶ並べてみた。
「ふむ……
どれも下位の魔石ではありますが、
量はそこそこですね。
お、これはフレイムベアの魔石。
品質も悪くない。
あとは……この素材たちも──」
受付嬢がひとつひとつ確認しながら、
計算を始めた。
「合計で……
金貨46枚と大銀貨7枚ですね。」
「えっと……
妹が共用寝室にいるんですが、
一晩いくらかかりますか?」
「大銀貨2枚ですね。」
受付のお姉さんは、
優しい声で答えてくれた。
……助かった。今は、それしか言えない。
「ありがとうございます。」
その流れで、
ギルドの基本的な情報を
いろいろと教えてもらった。
施設の機能とか、食堂の場所とか、
それから……身分証の発行方法とか。
魔導身分証の作成には、
金貨が5枚もかかるのか……。
ついでに、この世界の通貨制度も――
なんとなく把握できた。
銅貨・銀貨・金貨、それぞれに
「大」と「小」があって、
十進法で換算されている。
俺たちの手持ちは────
日本円で換算すれば、
今のところ46万7千円分くらい。
共用寝室が一泊2千円、身分証は5万円。
……でも、翠の治療費はまだ分からない。
正直なところ──
財布事情、マジでギリギリだ。
俺と伊賀は、
共用寝室のほうへと向かった。
ちょうどそのタイミングで、
夕陽色の長い髪をしたお姉さんが
向こうから歩いてきて──
軽く会釈してくれた。
※ ※ ※
「……疲れてるわね。
過労と体力の消耗……。
まずは、休んで栄養を。
治療費、大銀貨三枚。」
「お願いします」
俺と伊賀は同時に頭を下げた。
「治癒。」
翠の身体が、やさしい光に包まれた。
その瞬間、
顔色がみるみるうちによくなっていく。
疲れも、病気の痕跡も、
まるで嘘のように消えた。
今はただ、ぐっすり眠っている。
そう見えるだけで、安心はできなかった。
……何だよこれ。すごすぎる……。
詠唱の速さ、回復の力。
あっという間に癒えていく傷。
翠はあんなに必死に練習してたのに。
何度も失敗して、
泣きながら続けてたのに。
それなのに……
その努力の全部が、
まるで届いていないみたいじゃないか。
助かったはずなのに――
嬉しいはずなのに、
胸の奥がチクッと痛んだ。
「治療は終わり。
……体調は整えておくこと。
食堂は、向かい。
……今なら、まだ空いてる。」
「ありがとうございます!」
俺は大銀貨三枚を渡した。
彼女はそれを受け取ると、
軽く頷いて立ち去っていった。
翠が助かった。
次にやるべきは、状況の整理だ。
さっき売った魔石と素材、
それに聞き出した金額の情報を──
全部、仲間に共有した。
……金貨四十六枚と大銀貨七枚、
ざっと四十六万七千円。
そこから宿代、七人分で一万四千円。
魔導身分証が五万円×七人で三十五万。
さらに翠の治療費が三千円……。
……残り、十万。
七人で割ったら……
考えたくもない額だな。
「マジかよ?
今、残金って十万円くらいってこと?」
「うん。」
「……で、それを七人で分ける?」
「そう……」
佐野と長谷川が、左右から同時に言った。
確認してる風ではあるけど……
みんなもう気づいてる。
「これって、けっこう……ヤバくね?」
でも、伊賀は冷静なままだった。
拠点にいた頃の、
あの落ち込んだ姿は見せていない。
――いや、むしろ今のほうが、
ずっと頼もしいかもしれない。
「それともうひとつ。さっきも見ただろ?
この世界の魔法、あまりに凄すぎる。
特にヒール系は────まさに命綱だ。
だから……
金貨二枚は予備として残しておきたい。
怪我人や病人が出たときのために。」
みんな、すぐに理解した。
誰一人、異論を挟まなかった。
数秒の沈黙。
「ってことは、 残りは金貨八枚……
大体八万円くらいか。
うわ、これって結構キツくないか?」
「小林、行くぞ! ウサギ狩りだぁ!」
「おうっ!」
「私も手伝う!」
長谷川が計算を終えたタイミングで、
佐野がすぐに案を出す。
小林は一切迷わず、即答。
田村も当然のように続いた。
気づいたら、
一瞬で全員いなくなっていた。
振り返っても、誰もいない。
扉だけが揺れてる。
……伊賀まで、
ちゃっかり後を追って行きやがった。
いや、ちょっと待ってくれよ。
俺、まだ話の途中だったんだけど……。
まったく、こいつらってば……!
※ ※ ※
魔導身分証。
それは、
この世界において最も重要な身分証明だ。
ほとんどの国には
冒険者ギルドが存在していて、
このカードさえあれば、
依頼の受注も身分の証明もできる。
幸い、
ドリルラビットは常設依頼扱いで、
わざわざ掲示板から受注しなくても、
捕まえればそのままギルドに
売れるらしい。
……まあ、
農民でも捕まえられる魔物ではあるけど、
体力の消耗は段違いだ。
俺は受付カウンターに戻った。
やることは、もう決まっている。
まだ何も言われてないのに、
先に口を開いた。
「魔導身分証の申請をお願いします。」
出身……よくわからない小村でいいか。
天職……不明、空欄にしておこう。
特技……戦闘スタイルか個人スキルか?
そして一番大事なのが────名前。
「君たち、森の反対側から来たの?
あそこ、広くて険しいし……
普通は通らないわよ?」
「はは……元々は、
ちょっと狩りの練習がてらに
入っただけなんですけど。
思ったより行けそうだったから、
冒険者やってみようかなーって。
そしたら、見事に迷って……
二週間近く彷徨ってました。」
受付のお姉さんが、
驚いたように目を見開く。
どうやら、
ここは〈商国〉の国境都市らしい。
王国の領地ではなく、君主もいない。
大商人たちに
よる議会制で統治されている場所だ。
気づかないうちに
国境を越えてたなんて……。
でも、まだ安全とは限らない。
やっぱり、偽名のほうが安心だよな。
誰かに俺たちのことを喋られたとしても、
すぐには追跡されにくいし。
────とはいえ、
偽名ってやっぱりちょっと後ろめたい。
……まあ、命のほうが大事だよな。
そのとき、
不意に翠の笑顔が脳裏に浮かんだ。
あの、名前を呼んでくれる声が──
「ユニ……コ……」
ちょ、 おまっ、 何書いてんだ俺!?
……即座に取り消し線!
俺、登場するとBGMが
流れ出す系のキャラじゃねーし!
ユ ニ ク ス 。
……これなら、
ただの一冒険者として埋もれられる……
そういう名前でいい。
ちょっとシステム系っぽい気は、
するけど…… まあ、いいか。
大事なのは──
翠が、これからも
「ユウにい」って呼んでくれること。
それでいい……それで、いいんだ。
記入し終えた申請書を、
そっと受付嬢に差し出した。
「では、 この魔導カードに
魔力を注いでください。」
カードを両手で持ち、
ゆっくりと魔力を流し込む──
直後、カードがほのかに光を放った。
「はい、これで完了です。」
彼女は業務に戻り、
俺はその場で少し待つ。
「こちらがあなたの魔導カードです。
大切に保管してくださいね。」
────ついに手に入れた。 魔導身分証。
ああ……これだよ。
やっと、
本当に異世界に来たんだって実感できた。
※ ※ ※
そのまま、
カウンターの横にある壁際へ移動した。
そこには三台の装置が並んでいた。
────天職スキル診断機。
どうやら、カードを挿すだけで
自分に一番適した《天職》を
診断してくれるらしい。
もちろん、これは強制じゃない。
たとえ"魔導士"と判定されても、
剣を持って戦うのは自由だ。
この装置は、 かつて神代に
使われた魔法技術の名残らしい。
つまり────女神様からの
《オススメ職》ってことだ。
性格、特性、スキル傾向……
それらを分析して、
成長効率がもっとも良い職業を
提案してくれるんだとか。
素直に女神の案内に従ったほうが、
レベルアップも早い。
逆に、あえて別の職を選ぶなら
────相応の覚悟が必要になるらしい。
……なんか
地球の職業適性テストみたいだな。
「やっぱり……戦闘職じゃないか……」
森の中で、
他のみんなと体力差があったのは
最初から分かってた。
ある意味、想像通りの結果だ。
はぁ……
でも、やっぱり欲しい。〈力〉が。
……あの時、俺に力さえあれば――
翠をあんな顔させずに済んだのに。
……立ち止まっても、答えは変わらない。
今はまず、天職とスキルを確認して、
これからどう動くかを考えたほうがいい。
ちょうどそのとき、佐野が戻ってきた。
「ウサギ捕まえたぞー!
売るぞー! 大儲けだー!」
……いやお前ら!?
俺、まだ話の途中だったんだけど!?
まずはギルド登録して身分を確保。
それから天職とスキルを確認。
そのほうが、
何倍も効率的なんだからな!?
全員そろったな──
よし、まとめてカウンターまで行くぞ。
※ ※ ※
「俺、タキ!」
「オレ、タク。」
佐野大輝と小林拓真が、
まるでタイミングを合わせたかのように
申請書を差し出してきた。
そして、ついでに顔も見て──俺は思った。
いや、お前ら絶対、適当に決めただろ?
名前の響き……完全に兄弟やん。
ていうか──ほんとに兄弟だし。
定食と弁当かよ。
しかも汁物ついてそうなタイプ。
田村千紗は──
やたら自信満々に何かを書き込み、
ドヤ顔で用紙を掲げた。
「チサト!」
……一瞬、沈黙。
「……その名前、強すぎる。 ダメ」
「えぇぇ!? なんで!?
可愛いじゃん!」
ぷくっと頬をふくらませ、
唇を尖らせてしぶしぶ線を引く。
少し考え込んでから、書き直した。
「じゃあ……チサル?」
「……うん、こっちのほうが良いかも。」
「名前……ナナでいいかな?」
長谷川がぼそっと呟く。
軽い口調で、
あまりこだわりもなさそうだった。
ちらっと彼女の申請書を覗く。
「うん、ありがちだけど、
別に悪くないんじゃない?」
「……お前、バンドでもやってんの?」
「え?」
「ナナミにしたら?なんか可愛くない?」
彼女は一瞬まばたきして、
数秒だけ考えてから──こくりと頷いた。
「……うん。じゃあ、それで。」
「名前……トール。」
伊賀透がそっと申請書を差し出す。
自信なさげで、
訂正されるのを恐れてるみたいに慎重だ。
ちらっとカードを見る────
片仮名でしっかり「トール」。
「……マジで? その名前、
めっちゃ強そうなんだけど?」
「ぼ、俺はこう書いたけど……
片仮名なら、
適当に見えないかなって……」
言えば言うほど、声が小さくなっていく。
……うん。トールで決まりだな。
全員がカードを受け取ると、
まるで待ちきれなかったかのように──
我先だとばかりに、
天職診断機へと殺到した。
佐野は──戦士
小林は──剣士
しっかり戦えて、自分の身を守れる。
……いいじゃん。悪くないよな?
「ウォリアーとソードマンって、
何が違うの?」
「お前はなんでも装備できて、
俺は剣しかダメってこと?」
……いや、それ違うだろ!?
まずはスキル構成ぐらい見とけって、
お前ら!
次は──田村。
弓手だった。
魔導士狙ってたみたいだけど、
残念だったな。
長谷川は……治癒師。
まさか、翠と同じとは──
こんなに一緒にいたのに、
全然気づかなかった。
ウォリアー、ソードマン、
アーチャー、ヒーラー。
まるで教科書に載ってるような、
綺麗に揃ったバランスパーティじゃん。
みんなの雰囲気も悪くないし、
……これ、本当にいい感じだ。
そして最後は──伊賀。
名乗る間もなく、
佐野がカードをひったくり、
診断機にブッ刺した。
「やっぱりな──暗殺者だったか!」
その瞬間、伊賀は両手で顔を覆う。
まるで致命傷を受けたみたいに、
画面から目を
逸らしたまま動けなくなった。
──その夜、みんなで共用寝室に泊まった。
※ ※ ※
翌朝。
翠の顔色はすっかり良くなり、
安心したように眠っている。
……この世界に来てから、
いちばん安らかな夜だったかもしれない。
俺たちはギルドの裏手にある洗面所で、
顔を洗って、口をゆすいで、髪を整えて──
そしてまっすぐ食堂へ向かい、
あたたかくてシンプルな朝食を
一緒に食べた。
あぁ……やっと“普通の食事”ってやつに
ありつけた……。
──と思ったら、このバカども。
食べ終わった途端、
また外へ飛び出そうとしてる!
ちょっと待て、お前ら!?
昨日言っただろ!?
ギルドには図書室があるって!
さっさと自分の天職とスキルの資料、
ちゃんと読んでこい!
俺は彼らをギルド横の建物──
二階にある開放型ライブラリに
叩き込んだ。
そして俺は──翠と一緒に残り、
昨日やり残した登録を済ませるために、
カウンターへ向かった。
翠は、満面の笑みで、堂々と書き終えた。
「できたっ!」
俺は彼女から提出用紙を受け取り──
その瞬間、息が止まりかけた。
ス イ カ
「……マジでそれで通すつもりか……?」
「え? ダメ?
夏っぽいし、かわいいし!
私っぽくない?」
カウンターの受付嬢が小首を傾げ、
こっちを見てくる。
「すみません、
彼女ちょっと間違えただけです。
少々お待ちください。」
「えぇぇ!? でも、“スイカ”って、
覚えやすくない?」
「ダメだ、絶対ダメ。
一シーズン丸ごと
“スイカ”って呼ばれたいのか?」
「うぅ……じゃあ……
スイナ……とか……いい?」
彼女はぷくっと頬を膨らませながらも、
おとなしく名前を修正してくれた。
──危なかった。
あと一歩で
翠の“ネタ化”が決定するところだった。
※ ※ ※
冒険者ギルドの三階、静かな一室。
華やかさはなくとも、
明らかに格が違う空間。
その中心で──
夕陽色の長髪を持つ女が机に座していた。
「昨日、あの七人……全員、登録を済?」
「はい、確認済みです。」
ギルドマスターは目を細め、
書類へと視線を落とした。
「……全員、偽名……なぜ?」
偽名の使用は違反ではない。
ギルドは過去や出自を問わない。
──すべての冒険者にとって、
平等な場所であるために。
「上層への報告、必要でしょうか?」
秘書が手帳を構えたが、
彼女はゆるやかにその手を制した。
「いいえ……」
書類の角を揃え、静かに目を伏せる。
「……今は、静観。」
「了解しました。」
本話ではキャラクター名と金額に
誤りがありました。
初版を読んでくださった皆さま、
混乱させてしまい、
心よりお詫び申し上げます。
どうやら頭をぶつけたせいか、
計算まで間違えてしまいました……。
今後は同じ過ちを繰り返さぬよう、
細心の注意を払ってまいります。




