第9話 向き合いたくも、向き合えもしない
朝一番、俺たちは街の市場へ向かった。
人混みの賑わいを肌で感じながら、
安くて実用的な物資を探して歩く。
昨夜は冒険者ギルドの共用寝室で眠った。
ただの板張りの床だったけど――
屋内で、
しかも他の人たちと
一緒に過ごせることが、
こんなにも安心できるとは思わなかった。
おかげで久々に、
ぐっすり眠れた気がする。
幸い、あのイノシシの牙が
そこそこの値段で売れた。
受付嬢の話では、 用途が広くて、
どの地域でも需要があるらしい。
そんな会話をしながら歩いていた時、
ふと前方に
人だかりができているのが見えた。
……何か、揉め事でもあったのか?
「……あれ?
あれって、佐藤たちじゃないか?」
見覚えのある数人が、
屋台の店主と何やら言い争っていた。
どうやら、干し肉と引き換えに
食事をもらおうとしているらしい。
……無茶にもほどがあるだろ、バカかよ。
その後ろで、
まるで他人事のように
爪をいじっていた高橋が、
こちらに気づいて
声をかけてきた。
「あっ、陽太じゃん!
こっちにもいたんだ~」
「うん……そっちは何してるの?」
大体察しはついたけど、
一応聞いてみた。
すると山本も近づいてくる。
「聞いてよ~!
この店主、マジでケチなの!
こんなにお願いしてるのに、
干し肉とごはん、
交換してくれないんだよ~」
「そうそう!
このウサギの肉、
命懸けで狩ってきたやつだよ~?
ね~?」
「…………」
頭が痛くなる。
あー、関わりたくない。
……ん?
「そういえば、枯川は?
一緒じゃないのか?」
周囲を見回しても、
彼の姿は見当たらない。
何か別行動でもしてるのか?
まさか勝手に離脱した?
「あのメガネでしょ~?
街に入ったあと、
いきなりいなくなったんだよね~」
「……何だって? 詳しく話してくれ!」
思わぬ展開に、思わず声を荒げてしまう。
山本は驚いた顔で俺を見ていた。
「街に入ったとき、
ちょっとしたトラブルがあってさ~
衛兵に説明してる間に、
あいつだけいなくなっちゃったの。
ね、そうだよね~?」
「そうそう!
私たちはそのまま衛兵詰所に
連れてかれて、
一晩泊まらされたんだよ~
まじで犯人扱いされて、
ずっと質問攻め。
超うざかった~」
山本が目をくるくるさせてため息をつき、
高橋は襟元のリボンを引っ張りながら、
不満げに顔をしかめる。
「あのメガネ、
本当に要領いいんだよね~。
ちゃっかり一人で逃げるなんて、
まじウケる~」
「ね~。
あいつが逃げなかったら、
私たちと一緒に
警備室でギュウギュウだったのに~」
その時、晶が鋭い声で割り込んだ。
「……それで、
その後は一度も連絡がなかったの?」
「ううんううん、
次の日の朝にようやく
解放されたんだけど~、
あいつ、
大人っぽい人たちと一緒にいたよ~」
「……話しかけようとは思わなかったの?」
「無理無理~。
だってさ、
あいつ、誰かの馬車に
しれっと乗ってたんだもん~」
晶が突然くるりと振り向き、
険しい表情で俺に向き直る。
「……マズい。陽太、今すぐ拠点に戻る!」
「晶、どうした? そんな焦って……
ちゃんと説明してくれ」
「……走りながら話すよ!」
そう叫ぶと、
晶は光の手を取り、そのまま駆け出した。
俺も慌てて後を追う。
彼女の顔色を見た瞬間、
胸の奥に不吉な予感が広がった。
「頼む……頼むから、
俺の想像通りじゃありませんように……」
俺たちは雑踏をかき分け、
必死に走って、下流の拠点を目指す。
「……あの子たち、どうしたんだろう?」
「さぁ~?」
その場には、
訳がわからないまま立ち尽くす
高橋と山本だけが残された。
※ ※ ※
ケツが……痛ぇ。
なんだよこの異世界の馬車、
乗り心地悪すぎだろ……。
ダメだ、
このままだとマジで尻が砕ける。
……よし、
俺がサスペンションを
設計するしかないな。
もしかして、 それだけでこの世界で
一財産築けるんじゃないか?
隣のオッサンたちが、
じーっとこっちを見てくる。
……は? 何見てんの?
贅沢言ってるわけじゃねぇからな?
悪いのはこのクソ原始的な馬車だからな?
「圭吾さん、
あとどれくらいで着くんですか?」
「……森を抜けて三日目です。」
「なるほど。
じゃあ今日のうちにできるだけ進んで、
夜は適当な場所で野営すれば、
明日の昼には着けそうですね?」
「……馬車でそのまま寝てもいいですか?」
「もちろんです。
あなたは我々にとって
重要なお取引相手ですから。
見張りの件は、
護衛たちに任せてください。」
ふん、言うじゃん。
機嫌を取らないと、
いい目見れないってことくらい
分かってるんだな。
だったら、
遠慮なく甘えさせてもらうけど?
……とはいえ、マジで尻が限界なんだが。
クソ、こんな異世界召喚、
いったいどこのバカがやったんだよ……。
召喚を仕掛けた奴が見つかったら、
俺の被った損害、
全部きっちり償わせてやる。
勝手に人を連れてきて、
あとは放置とか……
そんなの、通用すると思うなよ。
※ ※ ※
──あと少し、あとちょっとだけ……!
俺は歯を食いしばり、
全身の力を振り絞って走り続けた。
呼吸はもうバラバラで、
視界もだんだん暗くなってきている。
「もし悠たちに何かあったら……
どうすればいいんだよ……」
晶は先頭を走りながら、
一言も発さず、
顔には見たことのないほどの
険しい表情が浮かんでいた。
そのすぐ後ろに光が続き、
拳をぎゅっと握りしめながら、
何かに気づいたような顔をしている。
俺は何も聞けなかった。
聞きたくなかった。
そして止まりたくもなかった。
ただ走って、走って……
止まったら、
すべてが壊れてしまいそうで怖かった。
拠点はもうすぐだ。
そこまで行けば……
何か分かる。
そこまで行けば……
少しは安心できるはずだ。
…………大丈夫、
きっと、大丈夫なはずだ――!
※ ※ ※
朝からずっと、
俺たちは忙しく動き回っていた。
全体の建設進捗を確認するため、
山の斜面を伝って、
比較的緩やかな上り坂を探し、
そこから拠点全体を
見下ろせる場所を目指す
その前に、まずは翠に声をかけておいた。
彼女も「みんなの頑張りを
見てみたい」と言ってくれたので、
二人で登ることにした。
「……いい感じじゃない?」
「うん、
これだけ頑張った甲斐があったって、
素直に思えるよ。」
翠は目の前に広がる拠点を見つめながら、
その瞳を輝かせていた。
水辺へと続く小道には、
簡易の拒馬と罠が点々と設置され、
山肌の両側には柵が組まれ、
魔物の側面接近を防ぐ構造になっていた。
仮設のトイレと簡易シャワーの周辺には、
さらに多くの罠が仕掛けられ、
柵も強化されている。
できる限り、
使用時の安全が
確保されるよう配慮している。
現在の防衛配置なら、
警戒組も正面の守備に集中できるため、
精神的な負担もかなり軽減されたはずだ。
「……よし、
これでようやく形になってきたな。
次は生活面の改善だな。
それと……陽太たちの朗報を待とう。」
「……あっち、
うまくいってるといいけど……」
翠が少し不安そうな顔を見せたその時、
山の下から、ざわめきが聞こえてきた。
……何だ? 何かあったのか?
──あれ……あれって枯川?
あの隣にいる大人たちは……誰だ?
※ ※ ※
「枯川? 戻ってきたのか……
その人たちは?」
「街を見つけたよ。
彼らが、助けてくれるって。」
当番の見張りだった石田が、
勢いよく声を張り上げる。
「マジかよ!? みんな、来てくれ!
枯川が助けを連れてきてくれたぞ!」
「助けが来たの!?
やっと……やっと帰れるんだ……」
「やるじゃん、枯川!
これでこの地獄から抜け出せる!」
仲間たちが次々に広場へと集まっていく。
その様子を高台から
見下ろしていた俺の目に、
枯川の口元に浮かぶ、
薄気味悪い笑みが映った。
そして、
その周囲にいた見知らぬ大人たちは――
まるで陣形を組むように、
静かに散開していた。
「……おい、枯川。
お前の後ろにいる連中、何者だよ?」
松本がその場を動かずに立ち尽くし、
眉をひそめて、
異様な雰囲気を放つ男たちを
じっと睨みつけていた。
他の連中のように
すぐに近づくこともせず、
むしろ何か臭うかのように鼻をしかめ、
低く呟く。
「……クソッ。
お前、何を連れてきやがった……?」
返事を待たずに、
松本は枯川に向かって突っ込んでいった。
右拳をまっすぐ振りかぶって――
だが、その瞬間。
巨体の男に一瞬で捕らえられ、
肩をがっちり押さえられたまま、
腹に強烈な一撃を叩き込まれる。
「ぐっ……がはっ……!」
松本は膝から崩れ落ち、
顔をゆがめながらも、
それでもなお、
その男を睨みつけていた。
……何だこれ。
いったい、どういうことだ?
「ハハハッ、 ここの小物ども、
素直に大人しくしてろよ?
こいつらは俺が連れてきた
“ビ・ジ・ネ・ス・パートナー”――
そう、奴・隷・商・人だ。」
「……は!?
奴隷って……何言ってんだお前!」
「テメェふざけんなよ!
まさか、俺たちを売る気かッ!?」
片山と石田が声を荒げ、
枯川に詰め寄ろうとした。
だが松本と同じく、
一瞬で地面に叩き伏せられる。
あの男たちの動きは、まるで見えない。
枯川の影すら掠めることなく、
鮮やかすぎる手際で、二人を制圧した。
「ハハッ……なにマジになってんの?
所詮、お前らはただの高校生なんだよ。
正規の傭兵に勝てるとでも思った?」
「きゃあああああああっ!!」
女の子たちの悲鳴が響く。
護衛たちが全員を取り囲み、
反抗する者は、
次々に地面にねじ伏せられていく。
そして、ひとりずつ首に――
重たそうな首輪が、
無慈悲に装着されていった。
翠は言葉を失い、呆然と立ち尽くす。
俺は恐怖と無力感に
歯を食いしばりながら、
彼女を強く抱きしめ、
身を低くして必死に気配を消す。
「ハハッ、笑わせんなよマジで。
これが異世界召喚?
神殿もなけりゃ、王都でもない。
チートスキル一つすらなし?
これで“召喚”とか、
マジでギャグだな。
はあ、クソみたいな世界だ。
でもまあ――
俺が異世界を満喫するためには、
ちょっとくらい
お前らには我慢してもらわないとな?」
……なに言ってやがる……。
こいつ、本気でそう思ってるのか……!?
怒りで体が震える。
あまりの卑劣さに、全身が煮えくり返る。
「安心しろよ。
俺が異世界の主役になったらさ、
そのときには、
お前ら全員ちゃんと助けてやるよ。
だからそれまで、な?
ちょっとだけ我慢してくれよ?」
「……クソ野郎。 あの外道どもと、
まるっきり同じニオイがする。」
松本は地に伏しながらも、
まっすぐ枯川を睨みつけていた。
まるで、
その視線で相手を
燃やそうとしているかのように。
「チッ、ガキの分際で説教かよ?
異世界に必要なのは“主役”だけだ。
他のやつなんて――
全部、 邪魔なんだよ…… っ!」
言いかけたところで、
枯川の声が途切れた。
──次の瞬間、
口から大量の血を吐いて、崩れ落ちた。
本人は何も気づいていない。
だが、
俺と翠には、はっきりと見えていた。
「な、なにを……
お前、俺に何をした……?」
「え? まだ分かってないの?
君もね、“いらないほう”なんだよ。」
奴隷商人が、にこりと笑った。
だがその笑みは、異様に冷たく――
人間のものとは思えないほど、
背筋が凍るようなものだった。
「坊や、
勘違いしてないかい?
君には“道案内”を頼んだだけで、
仲間にするなんて
一言も言ってないんだけど?」
「それにね――
仲間を売るような奴なんて、
誰が信用できるって言うのさ?
君はね、その“仲間たち”よりも――
もっと価値がない。」
「……ウソ、だろ……?」
枯川はかすれた声でそう呟くと、
そのまま力尽きたように、
地面に倒れ伏した。
周囲からは、
どうしても押さえきれない恐怖と、
怒声と、悲鳴と、泣き声が溢れ出す。
翠は目をぎゅっと閉じ、
涙がその頬を伝って落ちていった――
もう、見ていられなかったのだ。
奴隷商人の男が冷笑しながら、
懐から手帳を取り出した。
黙って俯き、
何やら淡々と書き込んでいく。
「こいつら三人は元気そうだし、
帝国にでも売って
奴隷剣闘士にしようか……
ふむ、
この三人の女の子は見栄えもいいし、
貴族たちにウケそうだな。」
名前、用途――
まるで家畜のように、
ひとりひとり、
その手帳に書き込まれていく。
その時になって、ようやく気づいた。
少し離れた茂みの陰に、
伊賀が身を潜めていた。
彼は歯を食いしばり、
すでに武器に手をかけている。
けれど、どうしても
引き抜くことができない。
額には冷や汗が滲み、
身体はわずかに震えていた。
まるで今にも飛び出しそうな勢い――
それでも、自分を必死に抑えている。
「頼む……衝動で動くな……
勝ち目なんて、ないんだ……」
俺は心の中で祈るように願っていた。
もうこれ以上、
自分の目の前で仲間が
殺される光景なんて見たくなかった。
やがて、奴隷商人が全員の点呼を終え、
その場を離れようとした。
伊賀もゆっくりと武器から手を放し、
戦闘姿勢を解く。
それでも、警戒を解かず、
身を伏せたまま状況を見守り続けていた。
仲間たちは次々に
馬車へと押し込まれていく。
無理やり鎖で縛られ、
泣き声と叫び声が広場に響き渡る。
そして、
奴隷商人が立ち去ろうとしたその時――
地面から、突如として一つの手が伸びた。
それは彼の足首を、がっちりと掴んだ。
「……てめぇ……話が……違うだろ……!」
枯川だ! 生きてた……!
頼む、動くな……もうそれ以上は……!
あいつさえ助かれば――
翠を、助けられるかもしれない……!
「……俺の異世界は……
これから、始まるんだ……」
「いいや。
始まりなんてなかった。
お前はもう――
とっくに終わってるよ。」
奴隷商人は冷笑を浮かべたまま、
振り返らずにその場を離れる。
そしてその傍らの護衛が、
何のためらいもなく、手を掲げて――
──火球が、炸裂した。
俺は目を閉じ、翠を強く抱きしめ、
身を伏せるしかなかった……。
俺たちには、何もできない。
誰も、救えない……。
※ ※ ※
奴隷商人たちが馬車に乗って去ったあと、
俺と翠は、
ゆっくりと山の斜面を下っていった。
翠は俺のすぐそばに身を寄せ、
ズタズタになった拠点を
無言で見つめている。
その唇は真っ青で、
まったく血の気がなかった。
そのとき、
茂みの中に何かが
走り抜けた気配を感じた。
俺は思わず息を止めて反応する――
……伊賀透だった。
彼の顔色はまるで死人のように蒼白で、
まるで全身の血が抜かれたように見えた。
「……俺……見てたんだ……
でも……どうやってみんなに
知らせればいいか、分からなくて……
俺、本当に……
どうすればよかったのか……」
伊賀は俯いたまま、声を震わせていた。
ついに溢れた涙が、
頬を伝って流れ落ちる。
彼の体も、悔しさと無力感に震えていた。
「……お前のせいじゃない。
悪くない……
自分を責めるな……
お願いだから……」
俺はそう言って彼を支えながら、
まるで自分に言い聞かせるような
気持ちでもあった。
翠が倒れそうになったのを、
俺は慌てて支える。
だけど、俺の頭の中は真っ白だった。
これからどうすればいいのか
――何一つ浮かんでこなかった。
そのとき、背後から足音が近づく。
俺たちは驚いて振り返る。
「……なあ、お前ら……
何があったんだよ……?」
――佐野大輝だった。
小林拓真、田村千紗、長谷川奈奈も
一緒にいた。
無事な人が、まだいた。
それだけで、
心のどこかが少しだけ救われた気がした。
「よかった……生きてたんだな……」
「おい、夜見。何が起きたんだよ?」
俺は事の顛末を、簡潔に彼らに伝えた。
四人は言葉を失い、
驚きの表情を浮かべる。
……けど、彼らは現場を見ていない。
そのせいか、
恐怖というよりも
困惑と戸惑いが強く感じられた。
「……お前ら、
現場にいなくて正解だったよ。
あれは……地獄だった。」
「……あ、うん……」
小林がどこか落ち着きのない様子で、
視線を彷徨わせている。
どこか、
後ろめたさを感じているような顔だった。
俺は彼を見据え、問いかける。
「……さっきまで、どこに行ってた?」
「えっ? あー、いや、その……
ちょっと気分転換っていうか、
周りを見て回ってただけ!」
小林は明らかに
言い訳がましい態度でごまかした。
佐野は俺の目を避け、
田村と長谷川も俯いたまま、黙っていた。
その様子を見て、伊賀と視線が交わる。
彼は小さく頷いた。
……なるほどな。
お前たちは、そういうことか。
「まあ……無事ならそれでいい。
とにかく、今はここを離れよう。
あの奴隷商人、
まだ捕まえてない連中がいるって、
分かったら、
もう一度戻ってくるかもしれない。」
「悠兄……私たち……
これから、どうすればいいの……?」
翠が顔を歪め、俺の服をぎゅっと掴む。
今にも崩れそうな表情だった。
「洞窟の中と外、
使えそうな物を全部持って、
俺についてきてくれ。」
俺がそう言うと、皆すぐに行動に移った。
物資、獣の皮、古い衣類を布に包み、
背負っていく。
俺は彼らを率いて、
下流へと足を運んだ――
そこには、
俺と翠が万が一のために用意していた、
逃走用のイカダが隠してある。
「奴らは上流から来た。
……だから、
俺たちはイカダで下流へ逃げる。」
そうして俺たちは――
あの忌まわしい拠点を後にした。
……悔しい。けど、他に道はなかった。
イカダを川に押し出すとき、
俺は一度だけ、拠点の方を振り返った。
「……陽太。
お前たちは、絶対に無事でいてくれ……」
俺が残した痕跡に、
気づいてくれたらいい。
そう願いながら、
イカダが遠ざかるのを見送った。
そしてようやく、
緊張で強ばっていた肩を下ろし、
俺は静かに座り込んだ。
――前を、見据えるために。
※ ※ ※
「……いない。
みんな……いなくなってる……?」
陽太は拠点のど真ん中に
立ち尽くしていた。
辺りは荒れ果て、
地面には血の跡と
引きずられた痕だけが残っていた。
晶が悔しそうに歯を噛み締め、
小さく罵る。
「……クソッ、間に合わなかった……」
光は顔を覆って泣き崩れ、
俺は頭が真っ白になったまま、
拳で地面を
叩きつけることしかできなかった。
「……くそっ……なんでだよ……っ!」
そうでもしないと、
この怒りと悲しみを
どうぶつけていいか分からなかった。
そのとき、
近くの茂みから微かな音がした。
俺は反射的に警戒して、
腰の木棒に手を伸ばす――
「岩淵……!?」
すぐに駆け寄って、彼女の肩を掴む。
「何があった? みんなは……!?」
岩淵は小さな声で、
虚ろな口調のまま答えた。
そして――
淡々と、すべての経緯を語った。
「……枯川が裏切った。
みんな……奴隷商人に連れていかれた。」
彼女は言った。
自分はいつも影が薄くて、
あのときも岩壁の裏手の草むらに
座っていたから、
誰にも気づかれなかったと。
その語り口には、
どこか自嘲が混じっていた。
「綾香っ……!
月は!? 月はどうなったの!?」
光が涙声で叫んだ。
「……殺された。」
「っ!!」
光の顔が歪み、声を上げて泣き崩れた。
晶も俯いて、静かに涙を流す。
胸の奥から、
何かが抜け落ちた気がした――。
どれくらいの時間が経っただろうか。
光の泣き声が徐々に小さくなり、
晶も涙を止めていた。
誰も何も言わず、岩淵だけが黙って、
俺たちを見守っていた。
晶はふらふらと拠点の中を歩き回り、
何かを探すように辺りを見回していたが、
すぐに立ち止まり、こちらを振り返る。
……いや、正確には、俺じゃなく
――岩淵の方を見ていた。
その一瞬、
彼女の目は鋭く光り、すぐに伏せられた。
「陽……これから、どうするの……?」
光が力なく問いかける。
俺も聞きたかった――
これから、俺たちはどうすればいい?
「……ここに残っても意味はない。
一度、街に戻ろう。
あの連中に見つかれば、
俺たちも同じ目に遭うかもしれない。」
「うぅ……
月と翠の……お墓、作ってあげたい……
いい、でしょ……?」
光はしゃくり上げながら、
かろうじて言葉を絞り出す。
その気持ちは痛いほど分かる。
俺が頷こうとした、そのとき――
「……ダメ。」
「……晶っ、どうして……
月と翠は、もういないのに……」
「……誰かに見られたら、
危険になる。悠月なら、そうしない。」
「「………………」」
「……ダメ。」
晶が静かに口を開いた。
光が再び崩れ落ち、彼女の肩を掴む。
「晶……お願い……
もう、月も翠もいないのに……」
「……ここに来た痕跡を残せば、
それだけで危ない。
悠月は……それを許さない。」
「「…………」」
俺と光は、黙って頷くしかなかった。
俺は手を差し出し、光を立ち上がらせる。
そして、俺たち四人は再び、
街を目指して歩き出した。
岩淵は何も言わず、
ただ黙ってその後ろをついてきた。
――誰一人、振り返る者はいなかった。
《読後感:高橋&山本》
「ねぇねぇ~今日の話マジやばくない?
あのメガネ、
ほんと裏切ったんだって~」
「うける~ 勝手に抜け出してさ~
主役気取りだったんじゃない?」
「え~じゃあ主役って誰?あたしたち?」
「ちょっと~ありえなくない?
そんなの笑っちゃうんだけど~」
「でもさ、少なくとも主役は
あのメガネじゃなかったよね~」
「だよね~
もう黒こげだし、終わった人じゃん~」
「こわかったけど……
自業自得、ってやつじゃない?」




