第0話 序章
一日の労働を終え、
べたついた汗を洗い流して、
何も考えず、そのまま外に出た。
今夜の空には、雲ひとつない。
月明かりに照らされた道を、
夜風に吹かれながら、ただ歩く。
心地よい気温。 やわらかな風。
それだけで、十分に幸せだった。
でも――
「……あれ?
こんな時間にどうしてここに?」
「いや、別に。ただ散歩しに出ただけ。」
考えるより先に、つい口から出た拙い嘘。
「そう……なんだ。」
彼女はその嘘を咎めることなく、
静かに、そっと近づいてきた。
そして――
そっと、手を握る。
「……ちょうど、
あたいもあんたに会いたかった。」
ああ………やっぱり、全部バレてたんだ。
二人で、誰もいない夜道に立ち、
遠くの星空を見上げる。
言葉なんて、もういらない。
満たされるまで、ただ一緒にいた。
※ ※ ※
……いったい、何が起きたんだ?
どうして、彼女があんな姿に……?
「うう……ごめんね、ごめんね……」
彼女は誰に謝っている?
なぜ、謝っている?
彼女は、何も悪くないのに――
なんで、こんなにも苦しそうで……
なんで、彼をこんなに痛めつけるんだ……
俺はまだ、何もわかっていなかった。
誰も何も教えてくれないまま、
何かをする前に――
意識が、遠ざかっていった。
※ ※ ※
再び目覚めた時――
……ここは、どこだ?
何が……起こった?
俺は……
いったい、どうしてこうなったんだ……?
※ ※ ※
何もわからない。
何も見えない。
身体の感覚が、少しずつ消えていく。
それでも胸の奥にだけ、
切り裂かれるような痛みだけが、
確かに残っていた。
それ以外のことなんて、どうでもいい。
ただ一つだけ、わかっていることがある。
――待っててくれ。
必ず君に会いに行くから。