伝わりかけたノスタルジー
どこか懐かしくて、でも少しだけ不安になるような場所——
観光地って、そんな空気をまとっている気がします。
今回は、そんな街角でふと交差した心と心の話を、短く書いてみました。
少し仕事が早く終わり、僕は彼女と浅草へ出かけた。
「100年程前はこれが普通だったのね……」
人力車に乗りながら、つぶやく彼女は不思議そうな顔をしていた。
「わざわざ人力車に乗るなんて……こういうのも、たまにはいいわね……」
「うん……便利じゃないのも、たまにはね……」
まわりにはたくさんの観光客。その中に、鮮やかな髪色の小さな子が、ひとり、立ち尽くしていた。
戸惑いながら声をかけても、言葉が通じない。
「あなた……どうしたの……迷子かしら……」
彼女は、聞いたこともない言語で、その子に優しく話しかける。
迷いなく、親を探し、人混みのなかへ歩いていった。
数分後、手をつないで戻ってきた彼女と、その子。
別れ際、小さな子は何語かわからない言葉で彼女に話しかけ、何度も頭を下げた。
「すごいな……どんな言語でも話せるんだね……」
「そうね……私には全ての言語がプログラムされてるから……便利よ……」
少し得意げに笑う彼女の手には、小さな紙が握られていた。
そこには、崩れそうなかわいい文字で、こう書かれていた。
「[ありがとう」
彼女と僕は目が合い……ほっこりとした顔で、優しく……微笑んだ。
打ち間違えたような「[ありがとう」
でも、それが逆にすごくリアルで、伝わる気がしました。
きっと、感情って完璧じゃなくていい。
ちゃんと伝わらなくても、「伝わりかけた」だけで、
誰かの心には残るんじゃないかって思います。
-980円カットですっきりしました-