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平民聖女とわらべ歌

作者: アーク

水と麦パンだけで生活出来る平民聖女の話

「とおりゃんせ、とおりゃんせ…」


祭壇の前、祈りを捧げながら何処か不気味な音色の歌を口ずさんでいるのは聖女リリー。


数百年ぶり、平民出身の聖女は神殿の誰よりも早く目覚め神殿中を掃き清め、神殿に在籍する全ての神官の食事を作り、全ての神官が食べ終わったのを確認してから水と麦パンひとつを口にして平和の祈りと国を護る結界を張る聖女の職務を行う。


5歳の時、当時の大司教に聖女として見出されてから清貧と信仰を矜恃として10年を過ごして来た。

それ以外の生き方は知らない。


神殿に来たばかりの頃、痩せぎすのリリーに「もう少し、食事をしても良いのですよ」とシスターがサラダを分けたりしていたが、彼女は頑として水と麦パン以外は口にしなかった。

「身体を壊してしまうかもしれないから」、と説得してリリーを連れて病院に足を運んだところ


「健康そのもの」


とリリーを診た医者も不思議そうな顔で首を傾げていた。


どうしてこの子は、水と麦パンだけで生きていられるのか、と国の研究施設の人間が何人も出入りして結論付けたのは


「そういう体質」


というものだった。


歴代の聖女に、リリー程人間離れした者はいなかった。せいぜい、ショートスリーパーくらいだ。


いつしか、神殿の人間達は「触らぬ神に祟りなし」とリリーと関わるのは朝夕の祈りだけで済ませる様になった。

リリーは聖女として街の奉仕活動に出ているので街の人間からは評判が高い。街の人々は、神殿の神官達は何故腫れ物を扱う様にリリーを扱うのか首を傾げていた。


嗚呼、「人と違う事」はそんなにも恐ろしいものなのだろうかとリリーは肩を落とす。


だから、祭壇で祈りを捧げる時に村のお姉さんから聞いた異郷のわらべ歌を口ずさむ。


『異界に繋がるまじない歌だって、先代の聖女様がこの村に来た時に教わったんだよ』


眉唾だけどね、とお姉さんはからからと笑って言った。

確かに、何処か遠くに繋がりそうなメロディーで何故か強く心惹かれてすっかり覚えてしまったその歌を歌いながら祈りを捧げると不思議と強い結界が生まれるので最初の頃神殿の神官は「神の前でなんと不敬な」と言っていたが文句を言わなくなった。


街で奉仕活動をしている時と、わらべ歌を歌っている時が唯一心安らぐ時間だった。


「こわいながらも、とおりゃんせ、とおりゃんせ…」


ふと顔を上げると『カミサマ』と目があった。


おかっぱ頭で、遠い東方の民族衣装に似た洋服を身に付けた『カミサマ』はリリーをマジマジと頭の先からつま先まで眺めると


『逢いたかった!!』


と言って抱き着いて来た。


神官達には『カミサマ』は見えない様で、「はやく街に奉仕活動に行ってくれればいいのに…」と言いたげな視線を隠そうともしなかった。


『嗚呼日孁、日孁!!キミを忘れた事はただの一度も無かった!!本当に逢いたかった!!

嗚呼、たった15年だと言うのに、キミが傍にいない、というのは1000年でも10000年でも引き離されているのも同じだ、お願いだから私の元に戻って来ておくれ!!』


ひるめ。ヒルメ。―――日孁(ヒルメ)


聞いた事の無い筈なのに、何処か懐かしい響きだなとリリーが思っていると、『カミサマ』がリリーの額に口付けを落とした。


―――嗚呼、思い出した。


『本当に反省していますか、日郒』

『勿論だとも!!だから帰って来ておくれ!!』


日郒(ヒルコ)はリリーが()()()()()()()()()()()()()()


日孁の屋敷の機織り女に向かって暴言を吐いた挙句に生皮を剝いだ天馬を放り投げるという暴挙に出た日郒に愛想を尽かした日孁は『カミサマ』という身分を捨てて人間に生まれ変わった。


『カミサマでも人間でも、好きな女の子の気を惹きたいのは変わらないのよ』


のほほんと母伊邪那は言っていたが、


日郒(あんなの)に跡を継がれたら迷惑だ』


と父伊弉諾の手を借りて婚約話は白紙に戻して貰った上で日孁は『カミサマ』としての記憶を全て失った上で人間として地上に転生した。

日孁としての痕跡は全て消した上で人間に転生したので、


『もし、日孁を見つけ出しても関わらない』


とも言われた筈なのにこの人は、とリリーは呆れた。


人間らしからぬ食生活でも問題ない事に納得した。天界の父も母も自分には相当甘かった。

孤児、数百年ぶりの平民出身の聖女、貴族令嬢が聖女になると思い込んでいる国の人間達にいびられても大丈夫な様にリリーの身体には『カミサマ』だった頃の生態系が残っているのだ。

寧ろ、何も食べなくても生きていけるかもしれない。


―――人(?)の話を聞かないヤツには、ちょっとだけ仕返ししても良いよね。


「とおりゃんせ、とおりゃんせ…」


リリーは日郒を追い返す為にわらべ歌を歌う。



ここはどこの細道じゃ

鬼神様の細道じゃ



日郒の後ろに天界でのリリーの父が現れて彼の首根っこを掴んだ。父の姿は神官達にも見えているらしく、平伏していた。


『我が愛しい娘日孁、…今はリリーか。リリーを不幸にした時にはこの国の繁栄は無いと思え』


この国で信仰されている『カミサマ』直々に伝えられた神官達は「わかりました、わかりました!!」「天罰だけは、どうかご容赦ください!!」と叫ぶだけの生き物になっていた。


『カミサマの娘』が人間を知る為に、平民かつ聖女として降臨している、とリリー本人としては「話盛りすぎでは?」と思いながらまるで別人の様に手のひらを返した神官達と、王族や貴族達を見て苦笑いをした。

「お姉さん」はわらべ歌を教えてくれた「誰か」は顔も声も思い出せないそうな。

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