クワックさんではなく、クワックで
朝食の準備が整い、クワックを起こしてみる。
こんもりと盛り上がった毛布を触るのは、何か気が引けるので、
布団に向かって声をかけて起こしてみる。
「クワックさん、朝になりました。食事も作りましたが、起きますか」
「フム」
返事をするや否や、バザッと毛布をはねのけて、上半身だけ起き上がる。
顔を見ると、寝ぼけ眼で目が開いておらず、眠そうだ。
「たべる」
一言そういうと目が明かない糸目の女神は、
ゆっくりとだるそうに動いてテーブルに着き、ボケーっと待っている。
どう客観的に見ても、女神には見えない。
昨日よりも幼く見える。
待ちながらも、時折コクコクと船をこいでいる。
本当にこの女神大丈夫なんだろうか?
ただ・・・寝ぼけ顔と言えども、完璧な絶世の美女である。
つい見とれてしまう俺がいる。
否、女神にたいして少しといえでも、恋愛感情などありえない、
軽く左右に頭を振って、現実に戻る。
どうやら、昨日の心を読まないという約束を守ってくれているらしい。
もし読まれていたら、俺はきっと、大変な目に合っているだろう。
2人分の食事をテーブルに持ってきた。
自分もテーブルに着き、クワックに食事を促す。
「ごはんとお味噌汁、焼きシャケ、目玉焼きを作ってみました。」
「食べてみて下さい。」
「ウン」とうなずき、モグモグとクワックは食べ始める。
日本食だけど苦手なく食べられそうだな、と観察しつつ自分も食べ始める。
「美味しいわね」
クワックのそんな言葉に、嬉しくなる自分がいる。
よく妹に言われてたよな・・・・と思い出すのだ。
「タイの人は、朝食はどうしてるんですか」
神様にする会話ではないと思うけど、聞いてみた。
雰囲気が、フレンドリーにさせてくるのだ。
「そうね、タイは朝は家ではみんな料理は作らないから、
外の屋台で食べる事がほとんどね」
「そーなんですねー」
「クワックさんは、普段食事はされているんですか?」
「私は食べる必要が無いから、食べないなー。」
「地球に下りてきている時は、特別だから、
食べなきゃ損って思って食べてる」
「ははは」
あからさまな、愛想笑いになっている俺がいる・・・・
驚愕な事実を知って、気の利いた返事が出来なかった。
自分の理解が及ぶ常識的を、かるく超えており、上手に返答するスキルが無いのだ。
初めての経験だし、しょうがない。
ただ誰かと一緒に食事をするのは、楽しいものだ。
長らく、朝は一人もくもくと習慣的に、何の感情を抱く事無く食べてきた。
クワックを面倒だと思っていた事を少し反省している俺がいた。
俺の朝は、忙しい。
食後、急いで食器を洗い、急いでクワックと今日のこれからについて会話を始めた。
「俺、これから会社へ行きますので、指導は帰ってきてからでお願いします」
「その間、どうしますか?」
「冷蔵庫に入っている物は、自由に使ってください」
「今日は部屋の中にいますか?外出しますか?」
「私、外出するから気にしないで、友達に会ってくる
今日は夕飯いらないけれど、デザートと、紅茶が欲しい。」
「分かりました、買ってきます」
「外出するなら、鍵を渡しておきますか?」
「大丈夫、すり抜けられるから」
そうか、女神はすり抜けられるものなのだと、
それが常識だという事を理解し始めている自分がいる。
昨日の出来事で、不思議な事を受け入れられる自分に変わっている。
とてもハッキリと見えるのに触れられない事を体験したのだ。
触れられないんだから、空気みたいな物で、すり抜けだって出来るに違いない。
そんな事を体験すれば、非常識も常識に思えてくる。
「すり抜けてる途中で、誰かに会ったら困りませんか?」
「悲鳴を出されるかもしれないですよ」
「相手が見ても、私の事は認知できないようになっているから大丈夫!」
「空気のような感じね」
それを聞いて安心した。
昨日はきっと、勝手にすり抜けて部屋に入ってこられたのかもしれない。
もし違う方法だとすれば、パッとテレポートしてきたかもしれないが、まぁ、凄い事だ。
そう、相手は女神だ。当たり前なのだ。
たしかに、神様がカギを使って部屋に入ったり出たりするのは、
何かイメージがわかない。
スッと消えて、パッと現れるような感じがとても神様っぽい。
「クワックさん、分かりました、では夜11時ごろになるかもしれませんが
部屋に戻ってきますので、よろしくお願いします。」
「分かった。あっ・・一つお願いしていい」
「何ですか?」
「私はさんづけ、じゃなくて、タメ語でいいから」
「・・・・・・・」
「分かりました」
「だいぶ気が引けるますが、タメ語で話すようにできるだけ努力します」
「じゃぁ、クワック、俺行ってくるので、また」
「のび、またね」
そうして、俺は玄関から出て鍵をかけ、会社へと向かった。