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第二章⑦

「は、はぁぁぁあああああ?」

 螢樹の言葉を聞いた美律子が、素っ頓狂な声を上げる。

 だが、美律子も自分が脱走の手助けをしている自覚はあるのだろう。今までの威勢はなくなり、頬が引きつっていた。

 自衛官が脱走し、脱走兵扱いとなると当然罰則が与えられる。

 普通の自衛官の場合懲戒免職、つまりクビにされるのだが、特別国家自衛官はこの限りではない。四年間の従事期間を終えるまで、特別国家自衛官であり続けなければならないからだ。

 ではどうなるのかというと、特に罰則は存在しない。ただ訓練内容が帰化日本人と同じく、きっちりと日本人になるための教育を施されるだけだ。

 また、どれだけ逃げたとしても訓練施設に送迎されてから四年間の従事期間がスタートする。そのため逃げれば逃げるだけ、逃げて老いた分だけ訓練は辛いものとなる。

 逃げたほうが辛くなるだけだというのに、何故一樹は、ニートは逃げようとするのだろうか? 逃げ続けようとするのだろうか?

 その先には、もう何もないというのに。

 その気持ちは、きっとニートになったことがなければ、分からないのだろう。

「な、何言ってるの? アンタたち自衛隊でしょ? 警察でもないのに、逮捕なんて出来るわけないじゃないっ!」

 ニート、いや、今は特別国家自衛官となった一樹の逃亡に手を貸した美律子は、今度は自分の身を守るために声を張り上げていた。

 そして、美律子の主張は正しかった。

「ええ。美律子さんのおっしゃるとおり、普通は警察官でなければ、『逮捕』することは出来ません」

 螢樹の言葉に、美律子は安堵の表情を浮かべた。

「ほら、そうじゃない。アンタたちに、ワタシを逮捕することなんて出来やしないのよ!」

 普通、強制的に身柄を拘束する『逮捕』という行為は刑事訴訟法に規定された司法警察職員、つまり警察官でなければ行うことは出来ない。

 そう。普通は。

「ですが、その犯罪が現行犯だった場合は、話が変わってきます」

 刑事訴訟法二百十三条には、こう規定されている。

「現行犯の逮捕は、警察官でなくても、普通の一般人でも可能です。しかも現行犯なので、逮捕状は必要ありません」

 脱走兵である一樹の逃走幇助は立派な犯罪であり、刑法の逃走の罪に反するのだ。

 つまり、つい先ほど俺を部屋に入れないように妨害し、さらに今まで一樹を自分の部屋に匿っていた美律子は、この罪に問われることになる。

 それも、現行犯で。

「そ、そんな……」

 螢樹の言わんとしていることを理解した美律子が、力をなくしたように座り込んだ。

 俺はアンリに目配せし、美律子を確保させる。

 俺は部屋に設置された、美律子のものであろうノートPCを一瞥した。ノートPCには、ネットにつなぐLANケーブルが刺さっていない。

 ノートPCの隣には、こちらも美律子の私物なのだろう、スマホでも使えるWi-Fiのモバイルルータが転がっていた。ノートPCは有線ではなく、無線LANを使っているのだろう。

「不動。そっちはどうだ?」

 インカムで不動に話しかけると、丁度アンリが美律子を立たせ、部屋の外に連れて行くところだった。

『こっちもばっちしー。たいちょーの言ったとーりになったよー』

「……そうか。分かった」

 不動との話を終えると、螢樹が壁にかけられているカレンダーを見つめていた。カレンダーは何かの付録だったのか、どこにでもありそうな猫の絵柄で、今月、つまり六月の内容を示している。

 そしてそのカレンダーのいくつかの日付には、丸が描かれていた。

 一樹の部屋にあった、カレンダーと同じように。


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