54.書籍化断念
とりあえず、五万字を書き終えているので穂村は毎日投稿する。
〝転生捜査官〟はひと月ほど日間推理ランキングの五位圏内に入っていた。評価も順調に増え、2000ptを突破している。現在三章を連載中だ。
しかしながら、やはりと言うべきか打診はない。
「ま……前回の書籍も完結後の打診だったからな~」
正直、穂村はこの話を完結させるべきかどうか迷っていた。出来れば長く続けて、書籍化した暁には巻数を重ねて行きたい。
「どうしよう。そろそろ投稿ペースを落として長期連載を狙って行こうかな」
戦術は様々ある。が、なろうの推理モノを眺める限り、完結していないものが多い。
「完結……長期連載……どっちがいいだろう。桐島さんに相談してみるか」
穂村はメールをカチカチと打つと、送信した。
その送信画面の向こうでは、桐島が頭を抱えていた。
なろうで順調にポイントを重ねていた〝転生捜査官〟を書籍化会議にかけてみたが、落選してしまったのだ。
やはり〝主人公の動機の薄さ〟が仇になった。推理ジャンルとしては短期間でかなりのポイントを重ねているし、売れ線の要素はある。だがペンドリー出版では出版不可の判断だった。
「はあ~……だめだったか」
とはいえ。
出版社はペンドリー社以外にもいくらだってある。そのどれかに引っかかれば、エンドレス・ファイアーは再びファイアーしてくれるだろう。
「まだ五万字だもんね……もっと続けていれば、あるいは」
書籍化打診戦略のひとつに、露出の多さがある。どのジャンルであれ、長期間なろうトップページに作品名と作者名を露出し続けていれば、それだけ出版社の目に留まる頻度も上がるのだ。
そんな時、メールが飛び込んで来た。噂をすればファイアーからだ。
「ふむふむ……完結か、長期連載か……?」
答えは一択である。
『長期間なろうトップページに作品名と作者名を露出し続けていれば、それだけ目に留まる頻度も上がるので、連載を続けている方がいいと思います。推理小説は長期連載出来るのも魅力のひとつですから』
桐島は余計なトラブルを避けるために、書籍化打診を断念したことは伏せておいた。
とりあえずエンドレス・ファイアーの望みを叶えるならば、時間をかけてもらうしかない。望みが絶たれたわけではない、〝転生捜査官〟は売れ線要素が存分に詰まったいい作品だ。
「結構狙い目の良作だと思うんだけどな~」
桐島が口を尖らせていると、隣の香川が声を掛けて来た。
「お疲れ。やっぱだめだった?」
「うーん。〝転生捜査官〟は売れ線だと思ったんだけど」
「私もそう思う!でもちょっと最近うちが出してる作品たちのカラーには合わないかもね。ところで桐島さん」
「何?」
「ファイアーさんって、どんな作家さんなの?」
桐島は虚空を見上げて答えた。
「いい人だよ。常識のある普通の作家さん」
「常識のある……ふふっ」
「あ、でも名前の通り熱い男だよ。熱血!いっつも手は握りこぶしで目の中が燃えてる」
「クドい感じ?」
「あ、そういうんじゃない。執筆に熱心ってことだよ」
「うんうん」
「あれ以来なかなか浮上してないから、何とかしてあげたいんだけどね」
「あー、そういうこと」
香川がどこかにやけながら聞いているのを桐島は見逃さなかった。
「……どうしたの香川さん?ニヤニヤしちゃって」
「ううん、別に……教えてくれて、ありがとね」
その含み笑いにどんな意味があるのか桐島は少し気になったが、来週校了を迎える原稿があるのですぐにそれに取り掛かった。
一方、穂村は。
「連載を続けた方がいいのか……」
確かに長期連載を狙って書き始めたのだから、桐島のアドバイスは的を射ていると言えるだろう。
「でもなー……」
穂村は書きかけの原稿の前でため息を吐いた。
「推理ってさああああ……すっげー難しいんだよおおお……」
そう言うや机に突っ伏す。推理小説の何が大変かと言うと、トリックを考え、それを上手にストーリーに食い込ませる作業である。普通に書く冒険物語の作業工程の上に、更に二段階を組み上げる必要がある。そして最終工程として、矛盾点がないかの確認。トリックにオリジナリティを出そうとすればするほど、それらがこんがらがって深みにはまって行く。
「推理小説がこんなに難しいとは思わなかった……」
しかし好位置発進してしまったからには、投げ出すのも勿体ない。
「こんなに勉強したの……大学受験以来だよ」
穂村はノートパソコンを閉じると、再び推理小説を読み込んだ。
どの仕事もそうであるが、結果や評価がないままクオリティを維持し続けるのは難しい。
「桐島さんの言うことはもっともなんだけど……ちょっと、もう無理かな」
手元では、更にもう十万字を書き上げている。
その苦労の跡を眺め、苦悩しながらも穂村は決めた。
「読者には悪いけど……あと十万字投げたら、いったん書くのを辞めるか。俺には時間がない。損切りして書籍化を狙える作品をもっと書いて行きたいし」




