53.「転生捜査官」
数日後。
穂村は新たな小説の題名を決め、なろうのホーム画面と向き合った。
「転生捜査官~冴えないおっさん刑事は推理力で異世界を無双する~」
ジャンルは〝推理〟に決めた。初速の勢いで日間ランキングに乗せるため、一日に五連投するつもりだ。
とりあえず、土曜に狙いを定める。
穂村は第一話を投げた。
今までと違う、ちょっとおちゃらけた内容。更にジャンルが推理ということで、アクセス解析に派手な動きはない。
しかし、ホラーで書籍化を果たした穂村に焦りはなかった。
「一時間で120pv……ま、こんなもんかな」
二時間後にまたもう一話投げよう──などと考えていた、その時だった。
感想が書かれました!の赤文字が踊る。
クリックしてみると、明石のり男からだった。
『ようやく帰って来てくれましたかファイアーさん!転生転移物語、楽しみにしています。』
穂村は鼻をすすった。
「ありがとう……明石のり男」
かつての記念すべきファン第一号は、この物語の感想欄においても一番乗りだった。
しばらくすると、続々と読者が集まって来た。意外なことに、投げた時間よりもそれ以降のpvの方が伸びている。余りにもなろうを放置していたので新人気分で再戦したつもりだったが、読者の方は覚えていて続々と集まって来てくれたのだろうか。
次第に期待値からかポイントが入り出し、この時点で日間推理ランキング5位以内には食い込めそうだ。推理ジャンルはホラージャンルと同様、競争率は低い。メジャージャンルと違って、連投にそれなりの効果が期待できる。ランキングはアニメ化されている異世界推理ものが常に一位となっているが、この作品は現在連載を停止しているため、条件次第では抜かせるかもしれない。
ともあれこの話の肝は推理にあるので、連載初日は世界観が受け入れられるか、という段階でしかないが……
穂村は夜にかけて五話を投げ、安らかな眠りについた。
〝転生捜査官〟を投稿した次の日。
穂村はランキングを覗いて飛び上がった。
日間二位。トップはアニメ化作品で何年も順位は変動しないので、新連載では実質的な一位だ。
「よしっ、滑り出しは順調!」
ホーム画面には〝感想が書かれました!〟の赤文字が並ぶ。
そこには〝後宮祈祷師〟に感想を書きに来てくれた読者たちがいた。
『ファイアーさん、お久しぶりです!また新連載追わせてもらいますね!』
『異世界モノと推理の融合ですか?なかなか見ない題材なので頑張って欲しいです!』
『今日出て来た魔女っ子が正ヒロインってことでいいですか?』
『〝後宮祈祷師〟からだいぶ時間が経ちましたね。あれからずっと全裸で待機してました。いつ服着ればいいですか?』
穂村はそれらの文字列を眺めながら、喉を絞られて行くような気がした。
ここにも、待っていてくれる人がいたのだ。
穂村は涙が溢れないように天井を見上げた。
「ありがとう……みんな」
自分を見放していたのは、自分だけだった。
自分を信じていないのは、自分だけだった。
みんな、自分を待っていてくれたのだ。
「は~、これだからなろうはやめられねーなぁ」
穂村は桐島にもメールを打った。
『先日はご相談に乗っていただき、ありがとうございました。おかげさまで今日の日間推理ランキング二位でスタートです!』
しばらくして、桐島から返信がある。
『私も見ましたよ。日間二位おめでとうございます!続きを楽しみに待ってますね』
義理を通し、穂村は体から力が抜けるのを感じた。
これはランキングに関わらず、作家エンドレス・ファイアーの新たな一歩だ。
これをきっかけにダメージから抜け出して、体勢を立て直し、執筆速度を上げて行きたい。
就職活動をする前に、一本書き切ってしまいたい。
小説を書き始めると、不思議と眩暈は治まって行った。やはりこの病はストレスと関係があるらしい。穂村はようやく書くことにストレスを感じなくなった自分を褒めてやりたくなった。
「いいぞ。この調子、この調子……」
この手ごたえなら、長期連載に出来る。
穂村は覚悟を決めた。
「しばらくこの作品に注力しよう。書籍化に耐えうる、きりのいいところまで」
書き続けるには、また新たなトリックを考え出さなければならない。
穂村は図書館から借りて来た推理小説を、深夜まで読み込むのだった。




