52.作家の悪い癖
作家エンドレス・ファイアーは再び机に向かった。
主人公の動機を練らなければならない。読者をひきつけるような、もっともらしい理由が必要になって来る。
「いっつも同じことを注意されるんだよなー」
これはもう、エンドレス・ファイアーの癖のようだ。書きたい場面に気を取られ過ぎて、話がそっちに引っ張られてしまうらしい。
どんな物語においても、実は〝主人公の動機〟が物語の核なのだ。推理だからトリックが核と思われがちだが、主人公が刑事でもない限り、そうではない。
「推理をして……事件解決をして……その後、どうなったら主人公が嬉しがるのか、だよなー」
最近のラノベの傾向として、何かが元に戻る話やマイナスがゼロになる程度の話は受けない。やはり、現状より大きく羽ばたく方が話としては面白いだろう。
「何か大きな達成感が欲しいな。成功、報酬……満たされる何かが」
穂村はふと、なろうにありがちな冒険者ギルドの設定を思い出した。
「そうだ、仕事に忙殺されている刑事が異世界に転移してファンタジーの世界で推理……その推理力によって、理想の世界を手に入れて行くっていうのはどうだろう?」
穂村の腕が久々に鳴った。
「ちょっとコメディーに寄せるか。前作のシリアス方面はあんまり受けなかったからな」
激務の男性刑事が、捜査時に大怪我をしたのをきっかけに異世界転移する。
「〝スキルなし〟という無能判定を食らったからこんなところしか働き口がなく、ギルドの受付をすることになった。異世界でもっといい暮らしが出来ないか、と切望していた……そんなある日、事件発生」
刑事は、ギルドに集う冒険者たちのいざこざを処理することになる。
とある魔物が倒されたが、その魔物を討伐したと主張するパーティが三組も現れる。いずれかのパーティが嘘をついているらしい。刑事は彼らの所有するスキルを元に、魔物の倒され方から討伐者を認定。このようにいざこざを処理するうち、彼はどんどん有力者からの依頼をこなすようになる。
「推理で色々と解決したり、犯人を腕力で追い詰める内、おっさんには美少女たちが集って来る……と」
なろうでよくあるハーレム設定に寄せてみた。元々が刑事だし、モテ要素としては説得力があるのではないだろうか。
「ちょっと不運な報われないおっさん刑事が、異世界で無双する。それを見ていた色んなタイプの女達から慕われて、ちょいちょいイイ思いをする……刑事属性抜いたらよくある異世界系だな」
少し恋愛やお色気も入れ込んでみた。とはいえ、硬派なおっさん設定なのでそこまで女にがっつくことはない(女から誘っては来る、または放っておいてくれない、という程度)。おっさんは酒のみなので、異世界で美酒を味わいながら畑をやり、異世界特有の巨大な猛獣を飼ってみたり、旅をしてみたりする。その間に貴族や王族から依頼が来て解決して行く、スローライフ要素のある推理ファンタジーに仕上げることにした。
出来上がった三章までを読むと、とんでもなくおっさんエンターテイメントに仕上がってしまった。穂村自身おっさんに足を突っ込んでいるので仕方ない面もあるが、ここまでエンタメ寄りのものは、穂村自身書いたことがなかった。
「逆に……アリかもしれんぞ、これ」
ここまで清々しい冴えないおっさんエンタメがあるだろうか。感覚としては(赤川次郎+山田風太郎+なろう系)÷3という推理ファンタジーである。
「ちょっと作風の振り切り方が凄いけど、桐島さんに見せてみるかな~」
正直、前回の少女小説とはかけはなれた内容の小説なので、桐島がどんな反応を見せるか不安ではある。
一か月後。
再び都内に出て来た穂村は、大衆居酒屋で桐島と対峙していた。
桐島はざっと穂村のスマートフォンから小説を眺め、開口一番こう言い放った。
「……ファイアーさんの書く女の子って、めっちゃ可愛くないですか!?」
穂村はぽかんと口を開けた。
「え?そうですか?」
「すいません、ちょっと意外で……こんなに女の子の書き分けが出来るんですね?」
「確かに、誘って来る女の子を書くのはこれが初めてかもしれません」
桐島は目を光らせた。
「冴えないおっさん、ハーレム要素、異能力バトル、スローライフ……これ、推理要素抜いてもよく売れるなろう小説の典型ですよ」
「今回、僕はそこを意識しています。おっさんが異世界を楽しむならどこを楽しむか。あとは読者を惹きつける要素。とにかく売れたいので」
「飼ってるふわふわグリフォンちゃんや雄たけびを上げ続けるマッチョなマンドラゴラちゃんもキモ可愛いし、異世界グルメも美味しそうだし、色んな女の子や貴族に慕われて……一見わちゃわちゃして女の子にフラフラしてますけど、主人公の芯の部分はハードボイルドなんですね。これ予想ですけど、主人公はその内スパイになりますか?」
「あっ、分かります?書いてるうちに気づいたんですが、この話は007の構造に近いんですよ。王族と親しくなる流れで、それも考えてました。冒険要素とスパイって食い合わせいいですよね」
桐島は夢中で読み切ってから、天井を仰いだ。
「いいんじゃないですか?ちょっと動機は薄い気がしますが、主人公が世界を楽しもうとしているのが伝わって来ます。読者にとって〝買いたいラノベ〟になる要素がふんだんにありますよね。異能力からさかのぼって考える推理というのも、新しい要素で目を引きます。一話目からある程度未来予測が出来るのもちゃんと話が立っているからだと思いますし……何せ女の子が可愛い」
「……めっちゃ褒めますね?」
「今回は、ケチのつけようがないということです。あるとすれば、推理となろう系ファンタジーの喰い合わせがなろう読者の目にどう映るか、というところですかね……」
穂村はごくりと息を呑んだ。
そうだ。なろうからの拾い上げを狙うならば、なろうで上位を狙わなければならない。読者を得られずランキングを這い上がれなかったら、また振り出しに戻ってしまう。
桐島は言った。
「一度、なろうに投げてみてもいいと思います。どんな反応があるのか、私も楽しみに注視してますね」