5.エンドレス・ファイアーの場合
一方その頃、穂村は新しい長編に挑戦していた。
あの短編群は、まだランキングに居残っている。露出が多い今の内に、例の短編を長編化しなければならない。
短編を長編化するには、話の軸を作らねばならない。穂村はなろうの上位作品を片端から読み漁りながら、ひとつの軸を探り当てた。
「……色んな決まったパターンがあるんだな。なろうテンプレっていうものがあるのか」
ひとことに「なろうテンプレ」と言っても様々なパターンがある。
まず、追放モノは敵と味方が冒頭ではっきり分かるし、追放の理由によって主人公がどのような報復行動を取るべきなのかが見え、ストーリーを強引に押し進めることが出来る。
婚約破棄モノも敵と味方が冒頭で分かりやすく区別出来るし、最終的にはざまあみろと啖呵を切るため読者がカタルシスを得やすい。
転生転移ものは主人公が冒頭で死んでしまう。が、前世の知識を異世界で使える設定にすれば、どんな姿で生まれ変わって現代人の行動を取っても違和感を覚えにくい構成になっている。ファンタジー世界を知識で成り上がるものが多いようだ。
現代世界が舞台の作品は少ない。ドラクエのようなRPGベースの世界観、華やかな宮廷、数は少ないが大正ロマンや中華ファンタジーなどが人気を得やすいようだ。
とりあえず、最初に主人公は不幸にならなければいけないらしい。そこから挽回して高みを目指す物語が主流といえる。
なろうテンプレに共通するのは、昔見た時代劇のような分かりやすさと爽快感があること──
「知らなかったな。こんな便利なフォーマットでみんな小説を書いていたんだ」
そりゃ公募で出遅れるわけだ、と穂村は思った。
「ホラーでも使えるかな……」
穂村は長年培った執筆スピードを駆使し、とりあえず思うがままに書き出してしまう。彼は設定を詰めはするが、ストーリーだけは完全に思いつくまま手を動かしてしまうのだった。たくさん書いて、詰まったら捨ててしまえばいい。彼はそのようにして量産を繰り返しながらストーリーの芯を探し当て、それから遠回りな肉付けをして行く。
ろくろ上で回転させ細く立ち上げた粘土を、皿にしようと押し広げて行くように。
穂村はテンプレを意識して手を動かしながら、鈍い手ごたえを感じ始めていた。
長編の骨子が出来上がった。
霊視の出来る女占い師がとある政治家を占ったが、その未来を言い当てすぎたところ偶発的な事故に次々遭い、周囲でも怪死が続くようになったというストーリーだ。その政治家の指示でもあるのかと思いきや、実は政治家に取り憑いた霊が度重なる事故の正体である。この霊を取り除くために占い師が取った行動とは、霊と渡り合い、霊の生前の無念を晴らすこと……
「悪霊は、何を考えているのか分からないのが一番怖い」
穂村は独り言を言って笑った。
「人間もそう」
悪霊の謎を探って行き、思わぬ原因を掘り出し、解決するのをメインテーマに据えよう。穂村は霊を退治するのではなく、霊を成仏させる方向へと話の舵を切った。
その為には、主人公の心の優しさが必要になってくるだろう。その政治家も悪い奴なら救う理由がないが、悲しい過去や隠している心の傷、立派な政治使命などがあると助けたくなるかもしれない。
工場勤務後の隙間時間を全て注ぎ込み、穂村の小説は三万字を突破した。話数にすると十話だ。
まだまだ序盤の段階だが、穂村は手ごたえを感じていた。
「これは大長編になるぞ!」
この調子なら、毎日更新しても苦ではなさそうだ。
穂村はなろうの上位作品を参考にタイトルとあらすじを付けると、「えいやっ」と冒頭をなろうの海に作品を投げ込んだ。
〝悪霊は今日も嗤う〟
連作の設定を活かし、ランキングから短編が落ちた一週間後には新連載を開始することが叶った。読者に名前を覚えていてもらえる内に投稿した方がいいだろう。
早速アクセス解析を覗くと、10分間で18pvあった。無視されるような題名ではなかったようで、彼はほっと胸を撫で下ろす。
「とりあえず、今日は三話投げようっと」
穂村は土曜に三話投稿した。
次の日。
なろうの日間ホラーランキングを見てみると、〝悪嗤〟は10位に入っていた。
やはりホラーは短編が強い。長編ホラーを求めている読者などいないようだ。
「あー……」
少しがっかりはしたものの、穂村はマイページへ飛ぶや気を取り直した。
あの〝明石のり男〟から感想が来ていたからだ。
『ついに連載版が始まったんですね!新たな設定も加わって面白くなりそうですね。早く続きが読みたいです』
穂村はじわじわと笑顔になる。
読者から来る反応の、何と尊いことか。
ポイントが入らず心折れそうになっても、応援してくれる人がいるというだけで心が軽くなる。
「そうだ。ひとりで書いてるわけじゃないぞ」
穂村はそう自分に言い聞かせ、とにかく毎日更新を目指すことにした。10位以内でも、続けていれば週間ランキングや月間ランキングに載れるかもしれない。また誰かが見つけてくれて、感想を書いてくれるかもしれない。
穂村はまた土日を新作小説に捧げた。
執筆が波に乗っている時は、どんなに書いても疲れを感じない。むしろ書けば書くだけ楽しくなり、疲れが吹き飛んで行くものなのだ。
しかし、それ以降ポイントは伸び悩んだ。穂村は何がいけないのか良く分からないでいた。他作品を参考に試行錯誤していたある日、ふいに明石のり男が感想欄にこんなことを書いて来た。
『うーん。主人公は降りかかった火の粉を払っているだけのように見えます。彼女の目的は一体何ですか?』
ぐっと穂村は返事に詰まった。さすがプロの作家だ。エンドレス・ファイアーの小説に足りないところを指摘して来た。
「主人公の、目的……」
5話でいきなり壁にぶつかってしまった。確かに、優しいと言う性格だけで、命を懸けた人助けが出来るだろうか?もっと根源的な欲求を主人公に与えなければ、話が破綻する未来が見えた。
「なるほど……ありがとう、明石のり男。早速小説に手を入れるか」