49.学習する作家
穂村は図書館からミステリー小説を借りて来た。
図書館の小説コーナーは、意外にもミステリー小説が多かった。それだけ利用者からリクエストの多いジャンルなのだろう。
とりあえず穂村は二週間で十冊のミステリーを読んでみた。
「うーん。何をどうやったら書けるようになるのか分からん!」
読む分には、謎が解けた時の爽快感は素晴らしいものがある。しかし、それを書けと言われると途端に難しい。ミステリーの書き方を自分なりに体系化し、落とし込まなければならない。そのためには習作を積み上げるしかない。
「はぁ~楽して書籍化してぇ」
願望だけが口をついて出る。無職期間はやはり精神的にかなり辛い。しかし今は眩暈の症状を抑えるのが精一杯で、求職するほどの体力はない。
「専業作家になりてぇな」
そのためには、とにもかくにもヒット作品を持たなければならない。
「もっと読まなきゃ。推理やミステリーもいいけど、毒物や薬品知識も仕入れたい……」
そういったわけで図書館を何往復もしていると、穂村の検索履歴と貸し出し履歴はかなりアブナイ本で埋め尽くされるようになった。何かの犯人と疑われても言い逃れ出来ないほど怪しさ満点だ。
一か月後。
三十冊も読むと、ようやくいくつか、穂村にも使えそうなトリックを編み出すことが出来た。
「問題は、世界観だな。ファンタジーでミステリーって、ちょっと〝なんでもあり〟過ぎるよな?」
魔法を持ち出すと、全部お手軽に解決出来てしまう。
「何らかの制限があるファンタジー世界がいい」
なろう系ファンタジーによくある〝授けられたスキル〟がある世界はどうだろうか。
穂村の頭に、むくむくと世界観が湧き上がる。限られた空間で異能を使えば、ファンタジーとはいえトリックが成り立つのではないだろうか。
「そうだ、登場人物にそれぞれ使える能力がひとつだけあって、それが謎解きの鍵になったり、逆に謎解き側の目を曇らせる壁になったりすれば面白いかも……」
かなり複雑な内容になってしまうが、人狼ゲームのように仕立てればいい。異能たちがひとところに集められ、ある事件によってひとりずつ殺されて行く──
「お互いに異能を隠したりすれば、もっと引き延ばせそうだな」
その隠し方や引き延ばし方も同時に研究して行かなければならない。セオリーを頭に叩き込み、金が尽きる前に書き終えたい。
穂村はようやくパソコンに向かい始めた。
異能力×ミステリーの骨子が完成した。
穂村は元々プロットを立てるタイプの作家ではないのだが、ミステリーは成り行きで書くことが出来ない。異能力、時間経過、視点の変更など、きちんと組み上げなければどんどん話がずれて行ってしまう。
主人公は「火を操る」異能を持っている。ある孤島に集められた八人のうち、ひとりが焼死体で発見され、主人公にその嫌疑がかけられる。主人公はその疑惑を晴らすため、島に残った七人の内誰が犯人であるかを突き止めなければならない。
通信手段はあり、全員スマートフォンを持っているというローファンタジー的な世界観だ。
警察を呼ぶのだが、悪天候のため半日かかると言われ、その間にまたひとり殺されてしまう。五人は互いに戦い、逃げ合う内に全員が異能者であることに気づく。それぞれ違った特性で逃げたり戦ったりを繰り返し、次第に島の全貌、なぜ彼らがひとところに集められたのかを解き明かして行く。
この時点で既に五万字を突破してしまった。
「うわ。冒頭のはずなのに、結構長いな……」
なろうの「執筆中小説」にデータを分けて入れ、展開や引きを調整する。
穂村は一息ついて、ふと考えた。
「これ、投稿前に桐島さんに見て貰えないかな?」
たまにSNSをうろついていると、よく漫画家がデビュー前に原稿を何度も編集者に読んで貰ったという内容のエッセイ漫画が掲載されていたりする。小説にもそれが適用されないだろうか。
なろうからデビューすると、編集者と試行錯誤する機会にはあまり恵まれないものなのだ。
「ちょっと聞いてみるか」
穂村は桐島にメールをした。すると、返信にはこう書かれている。
『原稿を送って来るのですか?それとも会って話しますか?』
穂村は考えた。実のところメールでやりとりするよりは、直接会って話した方が受け取れる情報量は多い。
『会って話をしたいです。今月なら、いつ頃会えそうですか?』