48.背中を押したのは
「ミステリーって言うと、綾辻行人先生みたいな……?」
「あ、いえ。本格推理というよりは、ミステリーの要素があるファンタジー小説……です」
「ふーん。謎解きとか?」
「……も、あります。とにかくそういったミステリー要素が含まれるラノベが売れているので、追随してみてもいいのではないかなーと」
正直なところ、穂村は誰かの真似が大嫌いだった。
「……似た話を書けってことですか?」
「強制はしませんが、それもひとつの作戦ですよ。作家を続けたいのなら」
穂村は言葉に詰まった。
そうだ。どんな話でも同じように売れる作家などいない。売れるためなら「市場に合った作品を出す」「ニーズがあるものを書く」という考えも、今の彼には肯定出来た。
「ミステリー……か。そうなると、トリックなどを勉強しないといけませんね」
「ミステリーなら、なろうに限らず公募にも出せますから、本格的に勉強しておけば後々使えるかもしれませんよ。シリーズ化もしやすいです。三毛猫ホームズや京極堂みたいに」
「……考えたことなかったな」
しかし、穂村はどうにも悩ましい。
「でもトリックを作るのって、めっちゃ勉強が必要ですよね……?」
「そうですね、とても難しいです。ヒット作品が多数出たにも関わらず、なろうで追随しようとする作家さんがほとんどいないのがその証拠です。ミステリーを書ける人自体が少ないんですよ」
「あー……」
「逆説的に言えば、だからこそ、勉強しておけば今後潰しが効きますよ」
穂村は考えた。
どうせしばらく無職だし、全く違うジャンルに挑戦してみてもいいのかもしれない。
「……検討してみます」
「作家さんはどの経験も無駄にはなりませんから、やるだけやってみましょう」
「あー、確かに」
時計を見上げれば、いつの間にか30分が経過している。
「あっ、時間が」
「私、これから会議がありますので切りますね」
「あの、お忙しい中ありがとうございました」
「いえいえ。では失礼しまーす」
電話は切れた。穂村は虚空を見上げる。
「推理?ミステリー?読んだことないや」
彼は早速ネット書店を検索し、ライトノベルジャンルを巡回し始めた。
確かに、去年見なかったようなミステリー要素のある異世界ファンタジーが、次々と新刊ランキングに上がっている。
「はー、こういうやつかあ……」
一方で、なろうを検索してみると、確かにミステリーは存外に少ない。
「なろうにはミステリーを書く人が少ない、というのは本当らしいな」
穂村は考えた。
じっと考えた。
「いかんいかん……無職で時間が余っていると、逆に余計な時間を喰う」
穂村は勇気を出して、久々に大きめのトートバッグを引っ張り出した。
「図書館へ行くか」
また、扉の手前で足が動かなくなるかもしれない。
本が眩しく感じるかもしれない。
「けど、今やれることをやっておこう……入れなくても、行ってみた方がいい」
穂村はそのまま軽自動車に乗り込むと、市内の図書館に向かった。
平日昼間の図書館は閑散としている。
穂村はやはり、その扉の前に立つと胸がざわついた。重たいものが背中に乗っかって、息苦しくなって来る。
選ばれし本のみが集う図書館。目の前が眩しくて、動けない。
その時だった。
〝ファイアーさんは才能、ありますよ〟
桐島のその言葉が耳によみがえった時──枷が外れたように、穂村の足がようやく前へと動いた。
ウィーン。
何のてらいもなく自動扉が開く。
穂村は脂汗をかいていたが、どうにか中に入るとほっと息をついた。
(……やっと、入れた)
ぐるりと本棚を見渡す。
ここにある本は、全て作家と編集者が作ったものなのだろう。どの作家も、彼らにおだてられ、導かれ、時にぶん殴られながらこれらの本を作り上げたに違いないのだ。
ここに並んでいる本は全て成功例ではなく、血にまみれた爪痕。
どん底からようやく這い出そうとしている穂村は、世の中の書籍というものの、また違った側面を見るようになっていた。
穂村は小説のコーナーに足を向ける。
背表紙からだとどれがミステリーなのか分からない。作家の名前から判断して、いくつかを手に取ってみた。
パラパラめくると、刑事だの被害者だのとずらずら書かれていていまいち気分が乗らない。
(ファンタジーでミステリー、か……)
巷によくある推理小説を書いたところで、なろう読者を振り向かせることは難しいだろう。やはりとっつきやすい世界観を作り、その合間にミステリー要素を挟んで行くしかあるまい。
穂村はとりあえず、小説の棚のあいうえお順に推理小説を借りることにした。
片っ端から目を通せば、どうにか自分の中で形になると願って。




