47.もっと我儘に
桐島との繋がりが再び戻ったことで、穂村の思考は前に進み始めた。
あれから一週間が経過した。
穂村は自宅で、スマートフォンとにらめっこしている。
「〝話題は何でもいい〟って言ってたよな……」
桐島は対面でも電話でも何でも話せと言っていたが、穂村からすると引け目を感じる。
去年、彼は編集者の忙しさを嫌と言うほど目の当たりにしていたからだ。あんな細い体にいくつもの書籍化案件を抱え、終電間際まで仕事をして、時には居酒屋で作家を接待し、目まぐるしい毎日を送っているのに、更に売れない作家の雑談をぶつけるなど──善人の穂村には心苦しい。
「こういう時、昭和の文豪みたいな傍若無人さが欲しいよな~」
我儘さも、作家が持つべき特性なのかもしれない。
「とりあえず、気ままに、我儘にメールするか」
穂村は一週間後、電話出来ないかとメールを送信してみた。
返事がやって来る。
『来週は火曜であれば、正午~30分空いてますよ!』
完全に休憩時間のさなかではないか。穂村はぞっとした。
無理ならいいです……と言いたいところだったが、ここで我儘カードを切らなければ、穂村はいつまで経っても桐島と無駄話など出来ないであろう。
真面目な穂村は〝我儘に慣れなければならない!〟と心を鬼にした。
『では、火曜の12時から12時半までご相談させてください。よろしくお願いします』
穂村はそう送信してから、フーと息をついた。
「さて……どんな相談を持ちかけるべきかな?」
穂村は今から話題を探しに行く。
「図書館や書店には入れなくなっちゃったし……」
そういうわけで、久々に穂村は〝小説家になろう〟に足を踏み入れた。
なろうは相変わらず異世界恋愛の牙城である。穂村はどうしてもその波に乗り切れない。
「やっぱ、あれかな。桐島さんも〝異世界恋愛を書け〟って言うのかな……」
穂村は〝後宮祈祷師〟に恋愛要素を入れなかったことを、実はうっすら後悔していた。恋愛要素をがっつり入れれば、もうちょっと売れたのでは……という疑念があったのだ。
「あとは、ハイファンタジーか」
エンドレス・ファイアーが次に目指すべきは、きっとここだろう。ランキングを見てみると、どれもこれも書籍化している。
その中のいくつかを読んで、少しばかり話題の種を拾っておく。
約束の火曜がやって来た。
桐島から連絡が来ることになっている。電話が鳴ると、穂村はすぐさま手に取った。
「も、もしもし。エンドレス・ファイアーです!」
「ファイアーさん、どうも~」
声を聞くと、やはり申し訳なさの方が先に立って来る。
「……すみませんでした」
「えっ!?何を謝っているのですか?」
「本来は休憩時間でしょうに……」
「いえいえ。別にいいんですよ~お気になさらず」
「こんな売れない作家に……」
「ええっと……まず、先に申し上げておきますね」
「はい」
「こんな風に雑談を入れて来る作家さん……別に、他にもいっぱいいらっしゃいますよ。ファイアーさんだけというわけではないんです」
穂村はそれを聞いて、ちょっとほっとした。
「あ、なんだ。そうなんですね」
「はい。みなさんちょくちょく電話、メールで〝最近流行ってるの何?〟って聞きに来ますよ。編集部に直接やって来る作家さんもいます。もちろん、刊行中の方とは食事に行ったりもしますし……」
そう前置きした上で、桐島は尋ねた。
「それで、今日は何を話しますか?」
穂村は答えた。
「とりあえず、現状はなろうからの書籍化を考えておりまして」
「はい」
「なろうから書籍化するには、今どのジャンルがいいのかなーと」
桐島はしばらく考えている。
「うーん。目的は〝書籍化〟だけでいいのですか?」
穂村は目が点になった。
「え?書籍化を目指すのは当たり前では……」
「あ、言い方を間違えました。要は〝一冊出して終わり〟を続ける方向でいいのかな?ってことです」
穂村はハッとした。
「……そこまで考えてませんでした。確かに、長く続いた方がいいですよね」
「もしファイアーさんが一巻読み切りを次々出したいのだとしたら、現在人気の異世界恋愛を推したいところなのですが……もし長期連載を狙っているなら、むしろそれは避けた方がよいかと」
書きたいネタばかりを探していた穂村だったが、一度商業で出版したのもあって別の欲求がむくむくと現れる。
「そうですね。出来れば長く続けたいです」
「であれば、ちょっとこの前、別の出版社さんと話す機会があったんですけど」
いきなり話がペンドリー出版の枠外へ飛んで行ったので、穂村は目を丸くした。
「別の出版社……?」
「はい。そこの編集者さんが言うには、これからはミステリーの波が来るのではないかと」
穂村は益々わけが分からなくなった。
「え?なろうで、ミステリー?」
「あれ?知らないんですか穂村さん。最近出たなろう発のミステリーのいくつかが、今、立て続けにヒットしてるんですよ」
最近すっかり書店から遠のいていた穂村には、驚きの話だった。




