45.どうなりたい?
桐島の熱弁も空しく、穂村は苛立ち紛れにため息を吐いた。
「だーかーら、才能あったら、売れてるでしょうがっ」
「まだそんな風に言うんですか?ファイアーさんはまだデビューしてすぐじゃないですか。まだまだチャンスはあります。一作目で売れる作家さんなんて、そうそういないんです。一回の失敗で落ち込まず、何作も打てばきっと……」
「一回の失敗で落ち込んじゃうのも才能がないからですよ」
「もうっ、ファイアーさん!」
桐島も苛立ちをぶつけた。
「書ける人って、本当に少ないんです。私は、ファイアーさんが書かなくなるのは勿体ないって思ってます!」
「それ、作家全員に言ってるでしょ?」
「ああああ。もうっ、何で伝わらないかなぁ!」
桐島は店員呼出しボタンを押した。
「〝開華〟冷やで!」
桐島は穂村に向き直った。
「編集者にも、好みの作家っていうのがいるんですよ」
急激な話のハンドルさばきに、穂村は度肝を抜かれた。
「えっ?」
「物凄く正直な話をすると、私にも好きな作家さん、嫌いな作家さんがいるわけです」
「どうしました?飲み過ぎですか?水でも飲んでください」
「いいですか?よく聞いてください。ファイアーさんは、好きな作家さんなんです。だから、これからも書いてもらわないと困るんです!」
〝開華〟が運ばれて来て、桐島はそれをまたあおった。
穂村はぽかんとそれを見つめている。
「す、好き……?」
「あの、作品がってことです」
「ああ、はい」
「もう、滅茶苦茶言って来る作家さん、いっぱいいるんですよ。編集者に物語のラストを丸投げしようとする作家さんとか、自分を特別扱いしろって圧をかけてくる作家さんとか……」
「そりゃすごいですね」
「どんなに売れてる人でも、そんな感じだとやっぱり嫌いになります。また、自分の作品に愛がなく、よく分かんないけど売れてるから書く、なんていう作家さん、驚くことに結構いらっしゃいます!でも、売れる時は売れちゃいます。私は、そういう作家さんを多く見て来ました。だからこそ、私はファイアーさんみたいな作家さんを応援したくなる。それは、売れてるからとか売れてないからとかじゃないんです。素敵なお話を書いてくれるのはもちろん、どれだけ真剣に作品を書いているかとか、こっちの都合を考えてくれるかとか、約束の期日は守るとか……そういった点でも、好きな作家さんなんです!」
穂村は酒も入っていないのに何だか喉が熱くなった。
「そう……ですか」
「だからあなたは書くべきです」
「でも、売れない……」
「売れたらいいじゃないですか」
桐島の言葉に、穂村は目を剥いた。
「えっ?」
桐島は睨み上げるように穂村の目を見ている。
「出版社には、データがあります」
桐島は穂村の緊張を解くように笑って見せた。
「それが、出版社と繋がった作家の強みです。今、どんなものが流行っていて、どんなものが下火になっているか。私どもは、そういったこともお伝え出来るんですよ」
穂村はごくりと息を呑んだ。
桐島は本気だ。
「ファイアーさんが〝売れなければ自分の才能を信じられない〟と言うなら、売れるまで書けばいいじゃないですか。売れたら、才能があったってことになります。そうでしょう?」
何やら無茶苦茶な理論まで出して来ている。
けれど彼女はそこまでして、エンドレス・ファイアーに書かせたいらしい。
穂村は段々、恐れ多くなって来た。
「打ち切られたんですよ、僕は。もうペンドリー出版では出せないわけじゃないですか」
今度は桐島がきょとんとする。
「え?別に打ち切られても新作をまたご一緒させていただいてる作家さん、結構いますよ」
「……えっ」
「それに、作家さんにこうして会って話したり、情報を提供するのも、私の業務の範囲内ですので」
穂村は少し肩から力が抜けた。
「業務の範囲内?」
「はい。〝後宮祈祷師〟の契約が切れるまでという条件下ではありますが、その間ファイアーさんの作品作りのお手伝いをするのも、編集者の仕事のひとつなのです」
「へー……」
「現在売れてるかどうかは、切り離して考えて下さい。私たちは、今売れていない人にだって売れて欲しいと考えています。その気持ちは、作家も出版社も変わらないんです」
穂村はその言葉を全部受け止めてから、静かに頷いた。
「そうですか……」
まだ煮え切らない表情の作家に、桐島は問う。
「ファイアーさんは、今後どうなりたいですか?」
穂村はきょとんとした。
「……どうなりたい?」
「私の誘いに乗って来たのには、何か理由があったんじゃないですか?」
それについては、穂村は考え込んでしまった。
「それは、その……たまには東京に出て来てもいいかな、って思っただけです」
桐島の目が、何か獲物を見つけたかのようにきらりと光った。
「本当ですか?口ではそんなこと言ってますが……まだ書きたい気持ちが残っているからでしょう?」