4.桐島乙葉の場合
桐島は現在、新規小説開拓業務を担当している。
既存作家の書籍化作業と並行して、Web小説から「これは」という小説を引っ張って来る仕事である。
基本的には定期的に小説家になろう、カクヨムなど、ランキングを見て取って来れそうな小説を探す。ポイント順で探すこともあれば、流行のキーワードで探すこともある。一番確実なのは日間ランキングと月間ランキングの掘り起こしだ。ポイントは多ければ多いほどいい。何らかの数字を持っている作品ほど、編集会議で意見を通しやすくなる。
異世界恋愛ジャンルとハイファンタジーのランキングから探すのは無論だが、時たまマイナージャンルも掘り起こす。意外にも、マイナージャンル作品は書籍化してみると大化けすることが多い。マイナーだということは、誰にも書けない作品であるという可能性も含んでいるからだ。
桐島はエンドレス・ファイアーの連作を見つめた。
「ちょっとこのままだと主人公の動機が不十分なままだけど……改めて連載形式にはしないのかしら」
単話でバラバラになっているのも気になる。どういうつもりでこのように分割して書いたのか、桐島は作者の意を図りかねた。
彼が書いたハイファンタジーを読んだが、話の流れは上手に出来ていて、書き慣れている印象は受ける。ただ、この作家の悪い癖なのだろうが、どれも主人公の動機が弱い。いつも主人公は何かに流され、しょうがなく事件を解決しているように見える。
「……とりあえず、気になる新人さんだからブクマしておこうっと」
桐島はエンドレス・ファイアーのホラーをキープした。
そして、時計をちらりと確認する。17時から作家との電話打ち合わせを予定しているのだ。その作家は養殖業をしている自営業者なので、意外にもこの時間帯が暇らしい。
17時になった。桐島から電話をかける。
「もしもし、明石さんですか?」
電話の向こうから、少し訛った男の声がする。
「明石のり男です……こんばんは」
「お世話になっております、ペンドリー出版の桐島です」
「どうも……」
「ええっと、最終巻の五巻についてなんですけれども」
明石は少し弱々しい声で言った。
「ああ、あれ……」
「現時点でのなろう掲載分だと、あと十万字ほど書き足すとぴったり五巻分で収まる……というお話をこの前メールで送りましたが」
「はいはい」
「進捗いかがですか?」
すると明石は消え入りそうな声でこう答えた。
「ワンアイデアだとちょっと限界が……」
「明石さん、一巻発売の時点で既にそうおっしゃってましたよ」
「あはは……」
「メールでもお伝えしました通り、今日はラストについてアイデア出しして行きましょうか」
「はぁ……」
明石は電話口の向こうでため息をつくと、思わぬことを言い出した。
「もうね、桐島さんに最後を考えてもらえたら楽なんやけどね」
桐島は「む」と口を尖らせた。
「あのー、こちらも多少のアイデアはご用意しますが、さすがに物語のラストは明石さんご自身が……」
すると明石は簡単に言った。
「仕事と小説、両立は難しいですね。思い知りましたわ。俺はもう小説を書きません」
桐島は思わず「えっ」と声を上げた。
「……もう、二度と?」
「そうですね」
「そんな、勿体ないですよ。確か、初めて書いた作品がうちで書籍化ということでしたよね」
「うーん、そうやからきついんかも分らん。書き慣れてないし、適当に書いたもんやったし」
「そうは言っても明石さん。普通だったらなろう投稿一作目で書籍化なんて出来ませんよ?人気作だし、続刊もこんなに……凄いんですよ明石さんは」
「そんなに褒められたって出来んもんは出来んて。それやからね、桐島さん。ちょっとラストを考えといて欲しいんです」
「……!?」
「電話会議ももうしんどいし、執筆にもうそこまでの情熱はないし。書き始めた時は、ラストまで書こうなんて考えは俺、ハナからなかったもん。印税も、その……もう労力にちっとも見合わん金額やんか」
桐島は苛立ちをぐっと我慢して応じた。
「まあ……そうです……ね」
「五巻の刷部数はもっと減るやろって。それで書き足し十万字はもう、ねえ」
「では……四巻で止めたい、ということなのでしょうか?」
少し、感情的な発言だったかもしれない。桐島ははっぱをかけたつもりだった。しかし明石はこともなげにこう答えた。
「そうしてもらえると助かります」
桐島は頭痛を我慢するように額を押さえて少し考え、それをとりあえず笑い飛ばすことにした。
「あはは、何をおっしゃってるんですか明石さん!五巻出しましょう。みなさん最終巻を待ってますよ」
「えー……」
「編集者はラストを書くのは無理ですが、アイデアなら出します!仕事ですからっ」
「うーん……面倒やしな」
「だ・か・ら。アイデアなら任せて下さいっ」
「そう?まあ、桐島さんがそこまでおっしゃるなら……」
「お願いします。じゃあ、ラストはどうしますか?四巻で張った伏線で、まだ回収していないのがあったでしょう」
日が落ちて行く。桐島は作家と自分、双方の迷いを吹っ切るために話し続けた。
電話会議は一時間後に終了した。今度はイラストレーターから上がって来たキャラクターデザインに一通り目を通し、文章と一致しているかどうかを確認して行く。
おびただしいデータを瞳に映しながら、彼女はぼんやりと虚空に問う。
「なぜ、小説を書いているの?」
編集者に小説は書けない。つまり出版社は作家に食わせてもらっている。だからこそ小説を書く作家という者に憧れ、尊敬もするし、売れて欲しいと願い、サポートする。
読者たちだってそうだ。みんな明石の作品に惚れ、買い支え、次巻を待ってくれている。
「……なぜ?」
明石は絶筆したがっている。桐島はここまで明石と二人三脚でやって来たと自負していただけに、先程の会話にやりきれなさを感じていた。