36.情報交換会
それから一週間後。
ペンドリー出版の編集者ふたりは、角泉社の篠原翼と会うことになった。
恵比寿の韓国料理屋で三人は落ち合った。篠原はつい先程まで書店イベントに駆り出されていたらしく、スーツ姿である。ちょっと老成したような印象の人のよさそうな眼鏡の男で、香川の後輩ということだったが桐島より年上に見えた。
「それでは、乾杯!篠原君、仕事お疲れ様ー!」
桐島はちょっと気まずそうにマッコリで乾杯する。香川と篠原は慣れた関係のようだが、桐島は初対面である。
「篠原君、紹介するね。こちらは同期の桐島さん。最近だと〝パン海苔〟の担当だったんだよ」
桐島が頭を下げると、篠原も照れ笑いを浮かべながら頭を下げた。
「どうも、篠原翼と申します。最近の作品だと〝真の魔王の悪役花嫁〟を担当しています」
桐島は「わぁ~」と間抜けな声を出した。
「それって、今度アニメ化するやつじゃないですか!」
「そうなんです。それで、最近は色んなところに出入りしなきゃいけなくなって」
「凄い!」
「まあ、凄いのは僕じゃなくて作家さんなんですけど」
「確かに!」
桐島はミーハー心を丸出しにしている自分に気がつき、我に返った。
「いいですね~私もアニメ化したいです!」
「いざそうなったら、なかなか家に帰れませんよ」
「大変ですね」
「嫁には怒られてばかりです。今はちょっと我慢してくれ……って懇願してるんですけど」
香川が話題を変えた。
「そういうことだから、篠原君がここにいられるのはあと一時間程度なのよ。ねえ篠原君、角泉社的には次はどのジャンルが来るのか私たちに教えて?」
「ええ?営業から送られて来るデータ、そっちと同じようなもんだと思いますけど……?」
「そこから篠原君なりにプロファイリングしたエッセンスをちょうだいっ。私、先輩だよ?」
篠原は学生時代のノリを思い出したのか、ゲラゲラ笑いながらこう言った。
「まあどこの出版社もそうだと思いますけど、結局は流行に沿ったのを出しつつ、新しいジャンルを開拓するって感じですよね?」
「うんうん」
「僕は、そろそろ大きな流行がひとつ終わると思ってる。女性レーベルの乱立……あるでしょう?」
「あるある!」
「女性向けの恋愛ものって、二~三巻で終わっちゃう。あれは出版社としては次々新作を出せていい面もあるんですけど、アイデアや弾数の消費が激しいんですよ。そうなると出版社的にはもっと、長く続く連載が欲しくなって来る」
「確かに~」
「長く続いてるのは、引き伸ばし可能な物語っていうわけです。恋愛や復讐のように〝結末〟を求める話ではなくて、次は〝長期連載を見込める作品〟〝長く読みたい作品〟のフェーズに入って行くんじゃないかと思うんですよね」
桐島は身を乗り出した。
「た、例えば……!?」
「サザエさんとか……コナンとか……?」
「えっ!?」
「まあそれは冗談として、つまり〝日常〟や〝勘違い〟みたいな大きなテーマがあって、それを引っ張れる作品ですね。そこに〝結末〟はないでしょう?」
「あ、ほんとだ」
「作家さんは大抵独自のエンディングを持っていますから、ラストは仕舞い時にやればいい。要は、長期連載をさせるには、中間をいかに日常で引き延ばせるかにかかってるわけですよ」
香川がチーズトッポギを取り分けながら尋ねる。
「角泉社が最近注目している作品ってある?」
「角泉社以上に、最近メガヒットを飛ばしたのがあるでしょ。なろう発のミステリーが!」
桐島の耳がぴくりと動いた。
「ミステリー……」
「あの作品が取れなかった出版社、今みんな爪噛んで悔しがってますよ」
「うちも一応打診かけてみたんだよ?」
「いや香川先輩、もうそんなこと言ってる段階じゃないですよ。あそこまでヒットすると、どの出版社も追随作品を出して来ると思いますよ。懇意にしている作家さんがいたら、ちょっと相談して書いてもらったらどうですか?」
「でもさ、ミステリーってだけじゃ、なろうでは打ち上がらないよ。それにミステリーってファンタジー作家さんがすぐ書ける感じじゃないじゃん。かなり勉強が必要だしさぁ」
「あー、そこがネックなんですよね~」
桐島はじっと考え込んでいる。酒の入った香川は更に言った。
「じゃあ〝日常勘違い系ミステリー〟ならどうだ!?」
「そんな曲芸出来る作家さん、いますかね……?いるんだとしたら、うちで欲しいぐらいですけど」
「角泉社の情報で酒が進むわ!」
「僕にもペンドリー出版の持ってる情報何かくださいっ」
桐島は酔うことなく、山芋とセロリのキムチをポリポリ齧りながらじっと二人の会話に耳をすませていた。
「ミステリーを書ける作家さん、か……」




