35.編集者は動けない
一方その頃、都内某所──
桐島は、酒屋の片隅にある角打ちで飲んだくれていた。
「何よ……みんな、自分自分って。編集者って何なのよ!」
ぐい飲みを卓上に叩きつけたその真向かいで、香川も頷いている。
「作家さんって、こっちがどんな仕事をしているかは別に知らないし、知ろうともしないからね……」
「そーなのよ!」
「ゼロからイチを生み出す作家業よりは楽と思ってるフシがあるよね」
「そうそう!」
新宿外れの薄暗い街角で桐島はくだを巻いていた。
「私だって、売り上げを伸ばせるなら伸ばしたいわよそりゃ!」
「あ、ねー……」
「でも、運や時流や書店の判断……どうにもならないことだってあるじゃない!」
「うーん……」
香川もレモンサワーのグラスを空けた。
「とにかく、終わったことは引きずってもしょうがないよ」
「うー……」
「もしファイアーさんが再起を望むのなら、次の作品を書いてもらうしかないよね」
「……」
実のところ、桐島がずっと引っかかっていることは、それだった。
あの電話の強引な終わらせ方に、桐島は一瞬、嫌な予感がしたのだ。
編集者を拒んだというよりは、出版そのものを諦めたような投げやりな電話の切り方だった。悔いがあったり、もっとやれると思っている作家だったら、あのように雑な切り方をしないのではないか。
「私は筆を折らせるために、ファイアーさんに書籍化打診したんじゃないのよ」
桐島から出た思わぬ言葉に、香川は眉をひそめた。
「桐島さん……」
「売れると思ったからだし、もっと書いてもらって、もっと売れて欲しかったの」
「……」
「なのに……作家さんは結果に振り回されて、私たちのその願いは伝わらない」
香川はそれを受けて言った。
「作品そのものに関して、編集者が出来ることって限られてるよね。結局さ、作家さんが本気出して書いてくれないことには何も進まないわけじゃん」
「うん……」
「あちらからアクションを起こしてくれないと、こっちもやりようがない」
「あー!ホントそう、ホントそれ」
「でも作家さんて、書くこと以外は受け身なことが多いよね。特に最近は、こまめに連絡取る人って減ったよ」
「それはあるよね。顔を合わせる作家さんってほとんどいないし……」
「〝あなたに書いて欲しいんだ〟って言える機会がとんと減っちゃったよね」
「でも、こっちが〝書け〟というメッセージを送りつけるのは一方的で……何か違うのよ」
「〝打ち切っておいてどの口が言う〟と思われて、逆上されてもたまらんからね」
「あー……もう、詰みだわ」
作家はトライアル&エラーの機会に恵まれにくい。打ち切られたらそれでおしまいだし、売れない作家と見られればその後のオファーもなかなか来ない。
だから作家が再起する方法は、作家しか持ち得ないのだ。
「作家さんから〝協力して欲しい〟って言われれば、まだ対応のしようがあるんだけどなー……」
香川は気落ちする桐島を案じたのか、あえて別の話題を振り向けた。
「そうだ。お互い最近色々あり過ぎたしさ、ちょっと気分転換しない?ほら、この前私、広報と一緒にコミケの出版社ブースに行って来たの。覚えてる?」
桐島は冴えない顔で頷いた。
「ああ。あれ、編集部からは香川さんが行ったんだっけ?」
「そうそう。そんでさ、その後の話はしてなかったんだけど──実は私、そこで高校の後輩と再会したのよ」
「へー!その人は、コミケとはどういう関係……?」
「それが、あっちも編集者だったの。角泉社のラノベ部門を担当してるんだって!」
「めっちゃ大きいとこじゃん」
「今度一緒に情報交換も兼ねて飲みに行こうって言ってるんだけど、桐島さんもどう?」
桐島は悩んだ。
「お邪魔じゃないかな……」
「あ、私たちはそういうんじゃないので大丈夫!篠原君、既婚だし」
「そ、そうなんだ……」
「角泉社って、最近ヒット作バンバン出してるじゃん?アニメ化する作品も複数抱えてるし、色々聞き出したいのよ」
桐島は頷いた。
「いいね。行ってみようかな」
「オッケー!じゃあ、ちょっと急なんだけど来週の土曜でいい?」
「いいよ~」
桐島自身も最近、今までのやり方に飽きていたところだ。担当作の売り上げがパッとしないことが続いているし、何か再起のきっかけを掴みたかった。




