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書籍化地獄  作者: 殿水結子@「娼館の乙女」好評発売中!
第一章.小説家になりたい
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3.短編の魔法

 穂村の家の隣には、かつて占い師のお姉さんが住んでいた。


 彼女は霊視が出来るらしく、それでひっきりなしに客がやって来ていたのだ。


 彼はその原体験を元にして、占い師が事件に巻き込まれ霊視で解決するが、その依頼者は結果として救われない、というような話を書いた。バッドエンドだが、なろうの他ホラー作品を見る限り誰もキャラクターの幸せなど祈ってなさそうなので気軽に書き終えた。


 5000字の短編を五つ、連作風に仕上げた。ちょっとした腕試しのつもりだ。


 その日曜は全ての時間を短編に費やし、食事は全てレトルトで済ませた。


 明日、月曜の空いた時間にでも投稿しよう。


 穂村は久しぶりに創作をして発奮した。公募は良くも悪くも結果が出るまでに時間がかかり、執筆後創作熱が冷めてしまうが、Web小説はすぐに投稿出来、すぐに結果が出るので、その熱が冷めにくい。だから逆に、人によっては結果が出ないことに苛立ってあっという間に創作熱を失うこともあるだろう。その点穂村は公募勢十年選手。面構えが違う。




 このようにしてホラー短編ばかりを立て続けに五作上げたところ、彼の身に驚くべきことが起こった。


 穂村はその日のなろうランキングを覗いて手が震える。


(……今日の日間ホラーランキング……全部……俺だ!)


 金曜の工場での昼休み。


 なんと、ジャンル別ランキングが自分の作品で埋め尽くされているという奇跡が起こった。ホラーに投稿する人が少なかったのか、ちょうどふるった作品がなかったのか──よく分からないが、ラッキーが重なったと見える。


(やったあ。スクショしよ)


 穂村はにやけ顔を我慢して、スクリーンショットを残した。


(へへへ。俺ってば、やれば出来るじゃん)


 しかも、穂村は初めてマイページに〝感想が書かれました!〟の赤文字を見つけた。どうやらランキング上位に入ったので、ようやく読者に見つけて貰えたらしい。震える指でそれをタップすると、そこには記念すべき第一号感想が踊っている。


 穂村はしげしげとそれを読んだ。


『めちゃくちゃ怖かったです!文章も読みやすくてよかったです。早速他の作品も読ませていただきます♪』


 穂村の脳内に、謎の麻薬物質があふれ出した。


(反応が来た……ついに、読者からの反応が……!)


 冗談抜きに、手が震え出す。世間から作品を無視され続けていた彼には、刺激の強すぎる出来事だった。


(恐るべしなろう。……これは流行る)


 穂村は恐る恐る感想を書いてくれた読者の名前をタップした。


 その読者のページへ飛ぶと、驚くべきことが判明する。


〝明石のり男〟

〝『パンがないなら海苔を食べればいいじゃない』①~④書籍発売中!『その海藻を捨てるなんてとんでもない!』コミカライズ①発売中です!〟


 感想を書いて来たのは、プロの作家だったのだ。


 穂村の頭は真っ白になる。


(え?これ、プロの作家さん?え!?)


 まさかプロの小説家に感想を貰えるとは思わず、穂村は混乱した。が、プロに褒められると、かなりの自信を得た。自分が書いた物語は、誰かの心を動かしたのだ。しかも、プロの心を。


(やべえ)


 穂村の語彙は死んだ。しかし、創作意欲は生き返る。


(書いてみるもんだな……もっとやってみよう。ファンタジー長編はランキングに載らなかったから、ホラーで長編を書いたらいいかな?)


 穂村は切り替えが早かった。どうせ落選作品は落選作品なので、投稿し続けても上位に行くことはないだろう。新作を書き下ろさなければならない。


(ホラーの読者たちに忘れ去られない内に、新連載を立ち上げよう)


 特にこの〝明石のり男〟はいい読者だ。気づけば、何やら穂村の全ての短編に感想を書きに来ているではないか。


(この人が見てくれる内に、新作を考えたい。五作品が全部日間から落ちる前に……)


 穂村はその日、午後の業務に差し支えるぐらい、頭の中で設定を練り続けた。占い師のうら若き女性。彼女が霊視で事件を解決しながら、何か人の心を癒したり、誰かの人生を変えたりする話にすれば、けっこういい長編になるのではないだろうか。


 穂村は夕焼けの中トラックを運転しながら、ふわふわと創作の波に吞まれて行った。




 一方その頃──


 都内某所。


 高層ビル内にあるペンドリー出版社のオフィスで、夕焼けの中、ひとりの女性が小説家になろうをチェックしていた。


 黒く艶やかな髪を肩に落とした清楚な女性。ピンとした生地のブラウスを着、タイトなひざ下スカートを履いている。その黒い髪を耳にかけると、耳たぶからチラチラとカットストーンのピアスが輝いた。


 彼女は日間ホラーランキングに目を留め、じっと見つめる。


 見たことのない名前の作者が、ランキングを席巻していた。


「エンドレス・ファイアー?」


 窓の外が燃えるように赤い。彼女はリンクを辿ってエンドレス・ファイアーのページに飛んだ。


 その作家は既に長編をふたつ投げている。どれも文字数は十四万字を超えており、いずれも完結していた。


「〝書ける〟作家さんね……」


 そう呟いた瞬間、スマートフォンから陽気な着信音が響いた。


 女性は電話に出る。


「はい。ペンドリー出版の桐島乙葉きりしまおとはです」


 電話の向こうで、相手が怒っているような声が聞こえる。桐島はぐっと何かを飲み込むように唇を噛むと、きっぱりと言った。


「こちらの提案を却下し、背表紙のフォントをグラデから単色に戻して欲しいとおっしゃったのはそっちですよ。先週送った修正案をもう一度見直して下さい」


 桐島は電話を切ると、ふーっと息をついた。


「……電話の前にメール見返しなさいよ。ま、確認してくるだけマシだけど……」


 隣のデスクの香川芽衣かがわめいがクスクスと笑う。


「桐島さん怖っ」

「な、何よ……こっちは真剣なのよ?私たちにとっては毎月出る内の一冊だけど、作家さんにしたら人生で何冊か出せる内の、数少ない一冊なんだからねっ」

「はいはい。完璧主義なのは分かるけど、無理はしないようにね。ところで……いい作品見つかった?」


 桐島は首を横に振った。


「最近ちょっと見つからないの。またいい作品が見つかればいいんだけど」

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― 新着の感想 ―
[一言] のり男先生、名前にかけて、海藻縛りで書籍化してるのカッコよすぎる!!www
[良い点] 三連投、ありがとうございます! リアリティありありですね、脳内にジュワッと出る感覚、わかります。 私も「公妾」に初レビューもらったとき、出ましたよ。 その方もプロの作家さんでした。 殿水結…
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