24.キャラデザ完成
一週間後。
穂村の元にキャラクターデザインが届き、彼は目を輝かせた。
頭の中に思い描いていた愛すべきキャラクター達がそこにいる。イメージカラーも伝えてあっただけに、デザインは色合いも含めかなりの再現度だった。穂村の頭に描いていた通りで、出来に全く不満は出ない。むしろ涙すら出て来た。
「これが、俺のキャラクターたちなのか……」
正直なところ、作家はよほど絵心のある人間でない限り、脳内に確固たるキャラクター像は持てていない。ぼんやりしたイメージがプロのイラストレーターの手によってそこに現れることは、奇跡としか言いようがない。頭の中を覗かれ隅々まで理解されたようなその感動は、作者にしか味わえないものだ。
穂村は目をごしごしとこすってから、桐島に返信した。
『キャラクターデザイン、とても良かったです!これで行きたいです。よろしくお願いします』
しばらくすると、割とすぐに桐島から返信が来た。
『確認ありがとうございます!ところで、今ってお電話出来ますか?挿絵をどこに入れるかとか、表紙をどうしたいのかをご相談したいと思うのですが』
妙にせわしい桐島を不思議に思いながら、穂村は返信した。
『今日は休日でどこにも出かけないので、いいですよ』
すぐに桐島から電話がかかって来る。穂村はスマートフォンを手に取った。
「はい。エンドレス・ファイアーです」
「ファイアーさんっ。キャラクターデザインどうでしたか!?」
「どうもこうも……みんな文章から抜け出して来たみたいで本っ当に最高の気分ですよ。書籍化作業の中で、今が一番最高な気分です。打診のメールより嬉しいですね」
桐島は電話の向こうで興奮気味に頷いた。
「そうおっしゃる作家さん、本当に多いです」
「ところで桐島さん、何で急に電話で話そうなんて言ったんですか?」
桐島は曖昧に笑って誤魔化す。
「その……ファイアーさんの反応を直に聞きたかったからです」
「……?へえー」
「あと、メールより電話の方が情報を一気に多く伝えられるんですよ。イラストのことを話し合うなら、電話がいいかなと思いまして」
そう言われてみれば、確かにそんな気もする。「メールはどの時間に送っても相手の手を止めさせないからいい」と昨今は主要な連絡手段に選択されがちだが、電話は短い時間で感情や声色を伝えられるぶん、メールより情報をより乗せられる。
「だいたい、巻ごとにカラー挿絵は2枚、モノクロイラストは8~10枚ほど入れるんですけど」
「へー、そうですか」
「どの場面に入れて行きたいですか?」
「一番大きな場面転換は村から追い出されるところと、後宮へ招かれるところですかね。あとは幽霊退治のアクション……」
「それだと3枚です」
「そっか……もっと入れるってことですよね」
「あと5枚ですね」
穂村はそこまでは一度に決められないと思った。
「うーん……ちょっと、まだそこまで考えてなかったですね。とりあえず今はsunaoさんのキャラクターデザインに浸りたいです」
「そうですか」
「いやー、本当に最高だったので!」
桐島はしばらく黙っていたが、急にこんなことを言った。
「あのう、ファイアーさんはどうして小説を書こうって思ったんですか?」
穂村は全く仕事と関係のない話に呆然とする。
「……はい?」
「小説に対して、情熱が……かなりおありだとお見受けしましたが」
「ああ。そりゃそうですよ。僕は小学生の頃からずーっと小説を書いて生きて来ましたからね!」
桐島は素直に驚いた。
「えっ。すごいキャリアですね」
「その言い方だと、いいように聞こえますけど……要はくすぶってる期間が長かったというだけです」
「いえいえ……」
「僕にとって、小説を書くっていうことはライフワークのようなもんです。書くなと言われても書くし、多分ですけど……こうして書籍化されなくても、ずーっと書いていたと思います。これからも、どんなに自分の書いたものを悪く言われても、いいものだと信じて書くと思います。何と言うか……いい意味でも悪い意味でも、僕は諦めが悪いんです」
電話の向こうで、桐島がしみじみと聞き入るように黙り込んでいる。
「……桐島さん?」
「あ、いえ……ファイアーさんは本当に、楽しんで書いていらっしゃるんだなーと」
「そうですね。桐島さんこそ、編集者やるのって楽しいですか?」
桐島はそう問われて、ふいに微笑んだ。
「楽しい……楽しいです」
「よかったです。せっかくこうしてご一緒出来たので、僕は桐島さんとなるべく長く仕事がしたいと思っていて……ところで、桐島さんは何年編集者やってます?」
「私ですか?新卒から数えると、7年ほどですね」
「あれっ?じゃあ桐島さん、もしかして僕と年近いですか?」
桐島は契約書を結ぶ時に穂村の生年月日を見たので、彼と年が近いことは分かっている。
「私の方が、ひとつ上ですね」
「あ、なんだ……そうだったんですか……」
「ふふっ。なんだってなんですか?」
「あっ……変な意味に取らないで下さいよ。同世代だと話が合い易くて助かるなあ~ってことです!」
「……そういう意味ですか」
「えーっと、ちなみに桐島さんはどんな漫画や小説を読んで来ましたか?参考程度に聞きたいんですけど」
二人は顔を合わせたことがない。
しかし電話で繋がりながら、二人の間で互いのキャラクターデザインが浮かび上がって行く。
こんな調子でダラダラと話していると、二人とも見て来た漫画は似通っていたが、読んで来た小説は全く違うことが判明した。出身地はお互い田舎で、都内の大学に出て来て驚いた話などで盛り上がる。
全く小説とは関係ない話を続けた二人は、いつものように一時間ほど電話をすると、そのまま切った。
穂村は天井を見上げ、呆然と呟く。
「あれ……?途中から仕事の話、全然しなかったぞ」
何やら今日の打ち合わせは雑談ばかりになってしまった。
「桐島さんに〝おしゃべりクソ野郎〟って呆れられたかな。今度からは、ちゃんと仕事の話をしないと……」