23.「便利」の弊害
「二年も前から話が出来なくなってたの!?」
桐島の声に、うなだれるように香川は頷いた。
「何でそんなになるまで放っておいたのよ……」
「だって、メールじゃ取りつく島がなくなっちゃって。どこに挿絵を入れるかとか、表紙のレイアウトとかを相談しないといけないのに、こっちの意見は聞いてもらえない。だからしょうがなく〝次の原稿はこれです〟って添付メールを送信したら、一応それなりに描いた絵を寄越して来るから……私、どうにかなるかなって、そのままにしちゃってた。でも人気が出て、コミカライズまで決まっちゃったっていう……」
「電話はしたの?」
「電話は完全に音信不通」
桐島はひえええと声を発してから頭を抱えた。
「……だからもう相模さんに直接会いに行くしかない、って判断したのね」
「そういうこと」
「編集長も同行するの?」
「うん。二人で……頭を下げに行く」
「私は相模さんと直接話したことはないんだけど……もう少し手前でどうにかならなかったのかな」
香川は静かに考えてから、答えを探すように答えた。
「私もそれはいつも考える」
「……」
「多分だけど、私……初手から間違ってたんだと思う」
「……初手?」
初手からまずかったとは、香川も不思議なことを言うものだ。彼女は頷くと、戸惑う桐島にはっきりと言った。
「今って顔を合わせなくても、何でも出来るじゃない。メール、電話、テレビ通話……。私も含めて作家さんもイラストレーターさんもみんな、直接会って話すことがなくなっちゃったの。それが、関係がこじれた一番の原因だと思う」
思わぬ話が出て来て、桐島は目を丸くした。
「えー?そもそも……って話?」
「そう。世の中が便利になり過ぎて、作家も編集者もイラストレーターも、本が出せればそれでいいってなっちゃってた。人間関係を作ることを怠ったんだよ。結局、それでこじれちゃった」
桐島はその話を聞いて動揺しながらも、静かに自らの仕事を振り返った。
明石と穂村は誘っても出て来なかった。叶には、正直会いたくない。グレースはフットワークが軽く、編集者に会いたがり、こちらの誘いにも顔を出す。どの作家と仕事がしやすいかと考えれば、結果は明白だ。
「私も、顔を知ってる作家さんって少ない……でも顔を知ってると、確かにやりやすいって感じるかも」
まだ危機感が薄い桐島の前で、香川はこれみよがしにため息を吐いた。
「私、今回の件で本当に懲りたよ……。書籍って、本来は人間同士で作ってる。なのに私、テキストやデータを組み合わせれば勝手に本が出来るって思い上がってた。それを相模さんも薄々感じてて、不満を言わずに抱え込んで、私のちょっとした一言で耐えられなくなって、いきなりこっちとの関係を切ったんだよ。向こうが一方的に悪い!って言えれば楽なんだけど……やっぱり私のやり方が間違ってたんだなーって、今は思う」
書籍はデータで出来る。
けれど、書くのも編集するのも買うのも、人だ。
その関係をなおざりにしていれば、いつか手痛いしっぺ返しが来る。
「だとすると、地方の作家さんとの関係づくりは、どうしても難しくなるよね……」
「うちも大手の出版社みたいに親睦会とか出来ればいいんだけど」
「そう考えると、あれだってただのパーティじゃないんだよね。作家さんと関係を作るための、ひとつの手段なんだよ」
「昔ながらのそういうのって、実は大事ってことだよね。私、今回のことで懲りて、最近は新しい作家さんには〝会おう〟って見境なく声かけて回ってる」
桐島は肩をすくめて笑った。
「ふふっ、急ね。成果は?」
「やっぱ断られるよ。交通費も無しじゃねぇ……」
「今は不景気でみんな節約しないと暮らせないから、食事奢るぐらいじゃ出て来て貰えないよね」
「だからさ、また困っちゃうんだよ~」
桐島はレモンサワーを飲みながら、色々とこじらせた作家たちのことを思った。
(案外、叶さんみたいにはっきりと不満を言ってくれる作家さんって、まだやりやすいのかも)
桐島は幸い、作家と大きなトラブルになったことはない。どちらかというと最近は、叶のような作家がSNSで起こしたトラブルに対処することが増えた。作家というものは強固な信念がある上、妙に伝わる文章を書くのでネット上で炎上しやすい。
(次の仕事は〝後宮祈祷師〟のキャラクターデザインね……)
最近エンドレス・ファイアーとは主にメールでやりとりしているが、この辺りで一度電話でもしておくべきかもしれない。やはりメールでのやりとりではお互いの感情が伝わらず、業務的になりがちだ。
(sunaoさんとも、電話で一度話し合った方がいいわね)
香川の失敗に学び、桐島はこれからはなるべくメールではなく、電話かZoomで作家たちと話し合おうと決めた。




