22.編集者だって人間です
「桐島さんは、私とマキシマさん……どっちが大事なのよ!!」
電話で叶にそう詰め寄られ、桐島は目を白黒させた。
「……はい?」
「だってマキシマさんは書店用SSを8本も書いてるしずるい。私は5本だったもん。桐島さんったら、えこ贔屓したんだわ!」
「……どっちも大事です。贔屓などしていません」
「何で私は5本だけなの?もっと書いたら、私の本はもっと売れてたはずなのにっ!」
「んーっと……」
桐島は後頭部をボリボリと掻いた。
「SSは書店さんからの依頼となります。なので、私どもがいくついくつと決めてるわけではないです」
「聞いてないわよ!」
「……前にお伝えしましたよ」
「じゃあ、もっと営業かけて増やしてよ!」
「……かしこまりました。営業部にも私の方からかけ合っておきます」
こうは言ってもやはり基本は書店からの依頼なので、編集者の一存でどうこうできる話ではない。
「本当?桐島さん!」
叶は少し機嫌が直ってきたようだ。桐島はにっこり笑ってたたみかける。
「はい。そういう見方も……ありますよね。貴重なご意見ありがとうございました」
「次は絶対SS増やしてよ!」
「はい。頑張ります」
何とか事を丸く収め、桐島は電話を切った。
隣では、編集者香川が固唾を飲んで成り行きを見守っている。
桐島は再びチョコを齧ると、天井を仰いだ。
「はー。ちょっともう、叶さんは……無理かな」
以前も、叶は別の出版社で編集者と揉め事を起こしたと伝え聞いている。つい先日はSNS上で漫画家と歴史知識レスバトルをし、炎上した。叶はよく売れる作品を書いてくれる女性作家さんだが、喧嘩っ早くて人間関係をすぐこじらせてしまうという欠点があった。
たとえ本が売れる作家だとしても、思いつくまま我儘を言って他人を振り回していいわけではない。編集者だって人間である。利己的だったり攻撃的だったりする作家とは、また仕事をしたいなどとは思わない。
隣から香川が声をかけて来た。
「知ってる?叶さん、またSNS炎上してるんだってよ」
「えっ。今度は何?」
「育児したことないのに、ちょっと昔の育児知識を断定的に書いちゃって炎上してる。桐島さんも確認した方がいいよ」
「ヒッ」
叶は意図せぬ炎上を繰り返しているためSNSでのフォロワー数が妙に多く、まずいことを呟くと一気に火が燃え広がってしまう。
「は、早く記事を消して貰わないと……!」
先程電話をしたばかりなので気が進まないが、もう一度桐島は叶に電話をかける。
「あっ、……叶さん、たびたびすみません」
「何ですか?」
「今、叶さんのSNS炎上してますよね?」
「……」
叶は黙ってしまう。桐島が固唾を飲んでいると、彼女は言った。
「ふーん。やっぱり桐島さん、私のこと嫌いなんだ。私の味方になってくれないんだ……」
桐島は歯噛みした。
なんでそうなる。
「叶さん?」
「はい」
「売れたかったら……炎上させないでもらえますか?」
「ふーん」
「これは忠告ですよ。意地悪で言っているのではありません。私は叶さんのためを思って」
「……お説教?」
ブツッ。
叶は電話を一方的に切ってしまった。
桐島はムッとして呟く。
「何よ。こっちは親切で言ってるのに……!」
隣から、香川がサッとチョコレートを差し出して来る。
「もう少しの辛抱よ、桐島さん」
「ぐぬぬ」
「今の売り上げ部数なら、叶さんの本は三巻ぐらいで終わるよ。それまで耐えよう」
桐島はもう一枚チョコレートを噛んだ。
「……叶さんは、編集者を人間だと思ってないのよ」
「まあまあ桐島さん……」
「売れればこっちに何を言ってもいいってわけじゃないんだからねっ!」
いきり立っている桐島を香川はなだめた。
「まあそうカッカしないで……今日は早めに切り上げて飲みに行こうよ」
「はー……そうする?」
最近色んなことがプライベートでも仕事でも立て続けに起こり、桐島の心はまるで休まっていない。
香川がどこかソワソワした様子で囁く。
「実は私もさ、桐島さんに相談したいことがあって」
「え。そうなの?何?」
「ここじゃなくて、店で言うよ。時間合わせて飲んで帰ろう」
午後八時、東京の片隅にて。
ペンドリー出版からほど近い居酒屋で、二人は串焼きを片手に膝を突き合わせていた。
「急なんだけど……私、来週鹿児島に行くことになっちゃって」
香川が切り出した言葉に、桐島は首を傾げた。
「えっ?鹿児島?何でまた」
「……編集長から何も聞いてない?」
「聞いてない聞いてない」
香川のどこか物憂げな口ぶりからして、旅行や里帰りといった話ではなさそうだ。彼女が言いにくそうに俯いているので、桐島はごくりと喉を鳴らした。
しばし、間があってから。
「実は……イラストレーターさんが、全くこちらの意見を聞かなくなっちゃってて」
と香川は語り出す。
「……!どの本のイラストレーター?」
「〝転生したら猫獣人〟の、相模真白さん」
「えっ、あの滅茶苦茶売れてるやつ……!?」
「うん……」
あれほど売れている本なのだからイラストレーターとの関係も良好かと思っていたら、どうやら違うらしい。香川の落ち込んでいる様子を見ると、こっちまで胃が痛くなって来るようだ。
「〝猫獣人〟って……今、コミカライズ待ちだよね?」
「そう。だから余計大ごとになってる」
「あっ、そっか。相模さんがキャラデザ原案になるんだもんね……でも、何で意見が出来なくなっちゃったの?」
「実はちょっと……私、自分では気づいてないんだけど、どうやら以前相模さんにマズいこと言っちゃってたらしくて、それで」
「えーっと、それっていつ頃の事件なの?」
「……」
香川は言い淀んでから、喉につかえた苦悩を吐き出すかのように言った。
「……二年前」
「えっ」
「二年前から、一切こちらの意見を聞いてもらえなくなってて」
それを聞いて、桐島はひゅっと息を呑んだ。




