21.地雷だらけの作家
数日後。
穂村は改稿提案の作業が済んだので、今度はキャラクターシートに取り掛かる。
イラストレーターはsunaoに決定した。そのイメージも踏まえながら、シートに髪や瞳の色、身長や服装などをフォーマットに打ち込んで行く。
穂村は絵が描けない。なので、キャラクターイメージに近いイラストをネットの海から探して貼り付けて行く。独自に余計な絵を描いてしまっては、sunaoを混乱させかねない。
それらを添付して送信すると、穂村はようやくひと仕事終えたような心持ちになった。
「ふあーっ、終わった!」
穂村はささやかなお祝いに、三ツ矢サイダーを一本のむことと、ポテトチップスを一袋食べることを己に許した。
数時間後、桐島から返信がある。
『初校をお戻しいただきありがとうございました。再びチェックし、また一か月後を目途に再送させていただきます』
穂村は呟いた。
「まだ改稿のラリーがあるのか……」
これですべて終わりというわけではないらしい。穂村は続けてメールを読んだ。
『sunaoさんとの契約も終えましたので、いただいたシートを元に、次はキャラクターデザインに入って行きます。作者様からもチェックしていただきたいので(これも複数回に渡ると思います)、その際はご確認をよろしくお願い致します』
穂村はひとりごつ。
「今度はキャラデザか……こっちも一筋縄では行かなさそうだぞ?」
二週間後。
桐島はsunaoへ依頼したキャラクターデザイン画が届いたので、ざっと目を通した。主要キャラクター五人の立ち絵が並んでいる。
桐島は思わず声に出した。
「あちゃー……」
やはりと思ったが──sunaoは小説の読み込みが足りない。
(事前に小説を全部読んでおいて欲しい、って言ったんだけどな)
このキャラクターはこんな表情をしないだろう、という顔で立っている。描いておいて欲しいと頼んでいた物語のキーになるアクセサリーも、西洋風で妙に華美だ。主人公はもっと年齢が低いはずだが、ずいぶん大人びている。これをエンドレス・ファイアーに送るわけには行かない。
(小説家は、どうしてもイラストレーターさんに遠慮するから……)
このまま送って作家からゴー・サインを出されると、編集者としても困ってしまうのだ。
(ここで一度、止めよう)
桐島は基本的に、イラストレーターには小説を読んでから書いてもらえるかを確認してから依頼することにしている。中身を読まずに挿絵を描くイラストレーターとは、どんなに上手な絵を描く人であっても仕事を断ることにしているのだ。
桐島はキャラクターの解像度を上げるため、小説のセンテンスを例示しながらキャラクターの矛盾点を指摘し、修正を要求するメールを送信した。
「はあ……」
自然とため息が漏れるが、sunaoからは思いがけないメッセージが返って来た。
『ありがとうございます!私は文章を読むのが下手なので、今後も矛盾点を指摘していただけると助かります』
修正を極端に嫌がるイラストレーターではないらしい。桐島はほっと息をついた。
指摘を〝文句〟と解釈するような人とは数冊でおしまいの関係ならどうとでもなるが、長期連載になって行くとコミュニケーションの危険度が跳ね上がる。関係が一回でもこじれると、その後は大抵取り返しがつかなくなるのだ。都内で顔を合わせにくい、地方住まいの作家ならば尚更である。
こういった関係悪化の危機を回避するのも、編集者の仕事なのだ。
(ファイアーさんとsunaoさんはこちらの意見を受け入れてくれる人たちで助かった……)
作家や絵師というものは、やはり繊細でこだわりの強い人が多い。彼らを上手く乗せ、関係がこんがらがりそうになったらほぐし、嫌われぬよう立ち回らなければならない。
午後三時。桐島がチョコレートを齧って少しばかりの休憩を挟んでいた、その時だった。
ブー。ブー。
スマートフォンが震え出す。誰からだろうと思って見ると、それは一か月前に共に書籍化作業を終えた作家・叶さやかからだった。
桐島はおっかなびっくり電話に出る。叶の小説は続刊が決まり、今は次巻までの小休止というところなのだが、一体何の用だろう。
「はい、桐島です」
電話に出るや否や、叶はすごい剣幕でまくし立てて来た。
「桐島さん!どういうことなのよっ!」
「……!どうされました?」
「書店pos見たんだけど、私の本、同時期に出たマキシマさんの本より売れてないじゃない!」
「……えっ。そうですか?」
桐島が担当しているマキシマは、叶と同じく女性向けラノベの女性作家だ。叶はことあるごとにこのマキシマをライバル視している。他社の新人賞で同時期デビューだったらしく、何の因果かこのペンドリー出版でも同じ時期に刊行、しかも編集者まで一緒だったという、もはや同性ながら運命の相手なのでは?とまで思わされる作家ふたりなのだった。
面白いのは、マキシマの方は叶のことなどまるで意識していないと言う点だ。恐らく眼中にも入っていない。名前すら覚えていないだろう。
桐島は二人の売り上げ冊数を確認した。
確かに、マキシマの方が売り上げは1000部ほど上だ。
だが、二人ともよく売れてはいる。
「確かにマキシマさんの方が売れてはいますけど、叶さんの作品もよく売れてますよ」
「はあ……そーゆーことじゃないのっ」
「?」
桐島が怪訝な顔で押し黙っていると、叶は苛立ちながら言った。
「桐島さんは、私とマキシマさん……どっちが大事なのよ!?」
桐島は驚きに目を丸くした。